えー、最初にお詫びと訂正を。「検屍官」シリーズに度々登場していた殺人鬼ゴールトですが、私、ずっとゴール“ド”と誤記しておりました。申し訳ございませんでした。過去掲載の該当部分はすでに修正済みです。コメントで指摘してくれたnakaさん、ありがとうございました。

 さて、気を取り直してシリーズ第12作『黒蠅』いってみます。

 (あらすじ)

 ヴァージニア州検屍局長を辞任して数年後、ケイ・スカーペッタはフロリダに移住、法病理学のコンサルタントとして新たな人生を歩み始めていた。そんなある日、彼女の元に死刑囚となった殺人鬼「狼男」ことシャンドンからスカーペッタ宛に何故か手紙が送られてくる。一体何の目的で? 一方、刑事を辞めたマリーノは、ボストンで内密に“ある人物”と再会を果たしていた。それはまさに驚くべき人物だった。

 ケイ・スカーペッタが活躍するシリーズを追っかけるのをこの作品で止めてしまったよ、という意見をよく聞く。「IN★ POCKET」の翻訳文庫ベストでは今でも読者投票で2位になるくらいなんだから、一度ファンになったらそうそう離れるもんじゃないシリーズだとてっきり思っていたのだが、どうやら違うらしい。本作で「検屍官」シリーズに何が起こったのか?

 読み始めて、なるほど、確かにこれは全然違う。なぜなら、第1作『検屍官』から前作『審問』まで一貫してスカーペッタの一人称から、三人称視点の語りに変更、ルーシーやマリーノなど、ほかの登場人物側からの物語進行も描かれるようになったのだ。……ってこれはむしろファンにとって喜ばしい事なんじゃないだろうか? だって、このシリーズの愛好家たちはルーシーやマリーノなど、スカーペッタ以外のレギュラーキャラの出番も期待しているわけで、彼らが登場する機会が増えれば一層ファンはシリーズを読み続けるんじゃないだろうか。しかも、マリーノは刑事を退職し、ルーシーは「ラスト・プリンシクト」という私設の捜査機関(どんな組織なんだ? さっぱりわからん!)を運営するなど、それぞれのキャラクターの人生も180度転換しているのだから、その行く末が気になって読者が離れるわけがないと思うんだが。

 いや、違った。読むのを止めた人間が増えた原因はそこではなかった。

 過去に死んだはずの“あの人物”が何故だか突然生き返ったのだ! ケイの人生において重要な部分を占めていたはずの“あの人物”が! 嘘だろ、どんな荒技を使えば生き返らせることができるのだ? 双子か? 実は生き別れた双子の弟がいましたっていう、例のアレか?

 しかし、どうやら本人らしい。おかしい、なぜ生きていた!

 その答えは上巻であっさり説明されてしまうのだが、その説明がまた無茶苦茶で! 誰が、誰が納得するの? こんな説明で!

 すみません、あまりの超絶展開に取り乱してしまいました。

 とにかく、

 読者「○○、あなた死んだんじゃなかったのか?!」 

 P・コーンウェル「いいんだよ、細けえこたぁ!」

 と、漫画「ブラック・エンジェルズ」のザ・松田みたいにとんでもなく強引な方法でコーンウェルは人気キャラクターを復活させてしまったわけである。そりゃ、今まで真面目にシリーズを追っかけてきたファンの中には怒る人もいるだろうな。

 さらにコーンウェルはもう1つ、とんでもない設定変更を行っている。

 本作でスカーペッタの年齢は46歳と書かれている。

 ちょっと待てい! スカーペッタはとっくに50歳を過ぎているはずだぞ! 普通に物語の時間進行を考えればもう60歳になっていてもおかしくないはずだぞ!

 とまあ、いろいろ突っ込んでしまいましたが、これだけの大幅な設定変更があったにも関わらずシリーズは未だに続いているわけで、逆に「ここまでお話がトンでもない方向に流れたのに読者はまだまだ付いてきているんだなあ」と素直に驚いております。なんでなんだろう?

 コーンウェルはもともと、スカーペッタシリーズを10作目で完結させようとしていたらしい。おそらく「スカーペッタの物語をもっと続けて!」というファンの熱い声に応えて何とかシリーズを存続させたのだろう。先ほど「ブラック・エンジェルズ」のザ・松田の復活劇みたいだ!なんて言ってしまったけど、このケイ・スカーペッタの物語はそれこそ平松伸二の漫画作品のように、お話を存続させるがための設定のインフレーションが激しい。さっきも言ったけど、ルーシーが設立した「ラスト・プリンシクト」って何? 私立探偵のような調査仕事をやっていると思ったら、いきなり小悪党を暴力で成敗しているんですけど!(あ、ホントに平松伸二の漫画みたいじゃん)このほかにも何をやってんだかよくわからないフランスの犯罪組織とか、このシリーズを誉める際の常套句であった「著者の実体験を反映させたリアリティ」ってどこいったんだ、と思いたくなるようなストーリーにすっかり変貌してしまっている。

 こうなると、今でもあの人(=西田ひかるさん)がずっと読み続けているか不安になってきた……。

 さて、少し真面目な話に戻ると、この『黒蠅』は最初にも書いた通り、それまでの一人称視点から三人称視点へと語りを変えている。これまで「検屍官」シリーズを「3Fミステリー」、あるいはレディ・ガムシューと呼ばれる小説の系譜に連なるものとして評価していたが、それは主役の女性による一人称語りから物語を眺める、という要素が結節点と機能していたためである。ところが、『黒蠅』では三人称になっただけでなく、主役の女性以外、例えばマリーノのような男性視点からも物語が進むようになる。その意味で女性が主役ではあるものの、厳密に「3Fミステリー」という呼称で呼ぶかどうかギリギリの立場へとこのシリーズは置かれたことになる。

 なんかいろいろ驚いているうちに、前回予告したケイ・スカーペッタシリーズをめぐる当時の言説について紹介し損なってしまった。まあ、いいや、また次回。 えっ、この連載、こんなのばっかだって? いいんだよ! 細けえことは。……ホントは良くないです、ハイ、すみません……

 挟名紅治(はざな・くれはる)

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ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

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