春といえばイースター。イースターといえばウサギ。ということで、今回はウサギの話を。

 ちなみにイースターとは、キリストの復活を祝うキリスト教のお祭りのことで、それが春の訪れを祝う古来のお祭りと結びつき、英語圏やドイツ語圏などではこの時期にウサギが子どもたちに卵を運んできてくれると考えられている。西方教会では今年のイースターは4月8日。詳しくは、やまねこ翻訳クラブのメールマガジン「月刊児童文学翻訳」に掲載された下記記事をご参照いただきたい。

1999年3月号 西洋のホリディ イースター

2010年4月号 世界のお祭り 北欧のイースター

 ものごころついたときから、ウサギが好きだった。といっても、本物のウサギを飼いたいと思ったことはない。どうやらウサギそのものよりも、そのイメージに惹かれるらしい。

 初めてもらったぬいぐるみがウサギだった。淡い水色でやわらかく、長くてふっくらした耳が立っていて、胴体の両側には小さな手(前足?)が、下には太めの足がついていて、表情がなさそうなのに表情を感じとれるような顔つきをしていた。それは絵本の「うさこちゃん」に少し似ていた。『ちいさなうさこちゃん』は初めて出会ったウサギの本だと思う。何度も読み聞かせてもらっていたから、母などは文章をすっかり覚えてしまって、「ふわふわさんに ふわおくさん」と、よく口ずさんでいた。自分が口ずさんだ覚えはないから、もしかしたら当時はまだしゃべれなかったのかもしれない。字が読めなくても絵は繰り返しながめていた。うさこちゃんは、わたしにとっての、ウサギの原型になっている。(今は「ミッフィー」ともいうけれど、わたしの心の中にあるのはやっぱり「うさこちゃん」。)

 しゃべれるようになってからの時期に印象に残っているウサギの絵本は『しろいうさぎとくろいうさぎ』だ。ウサギが結婚する話だが、そこはあまりよくわかっていなかった。ただ、楽しそうだったウサギがしょんぼりして、びっくりして、最後は幸せそうになったのをはっきり覚えている。耳に黄色い花を飾って、月明かりのもとでみんなで踊る場面はとてもすてきだった。母の好きな絵本だったのか、リクエストしなくてもしょっちゅう読んでもらえた。大人になってから見たとき、昔のほうが絵の中の空間を広く感じていたらしいことに気づいた。文章を読んでもらっているあいだ、絵の中にひたりこんでいたのだろう。

 幼稚園の頃に父がよく読み聞かせてくれたのは『クマのプーさん』で、これも昔から今までずっと好きな本だ。昔はどうしてモモンガーの足跡が増えるのかなどといった謎を解明できていなかった気もするけれど、そんなことがわからなくてもおもしろかった。いい本というのはそういうものだ。父も実に楽しそうに読んでくれた。しかし残念ながら、ここに登場するウサギは好みではなかった。子どものわたしは、どうもこの実務派のウサギを、ウサギとして認めたくなかったのだと思う。ウサギ好きといっても、なんでもいいわけではなく、自分なりの恣意的な基準があったのだろう。たとえば、かの有名なピーターラビットに関しては、幼稚園のときに読んでトラウマになってしまった。『ピーターラビットのおはなし』の冒頭で、ピーターのおとうさんが「にくのパイ」にされていたことがわかり、怖くなってしまったのだ。もっとも今ではトラウマは克服され、かわいい絵も意外とシビアなストーリーも楽しんでいる。

 小学生になってしばらくすると、人間が出てくる本をよく読むようになり、ウサギからは少し遠ざかった。

 ところが中学生のとき、『ウォーターシップ・ダウンのウサギたち』に出会い、ウサギ熱が一気に再燃した。当時はアメリカに住んでいて、たまたま友人に誘われ、実は本より先にアニメ映画を観た。英語だったから意味がよくわからないうえ、ウサギが襲われたり戦ったりして怖い。それでも緑の野原と青空を背景に冒険するウサギの姿には心惹かれた。アニメの絵はリアルだが、冒頭部分は茶色い様式化された絵柄で、ウサギの創世神話が語られる。「Long ago, Frith made the world.」これだけで、「かっこいい!」と思ってしまった。この世界では、フリス様というのは太陽であり、神様なのだ。その後、学校の図書館で映画のアニメ画像を使った絵本を見つけ、うれしくなってながめていた。やがて原作の存在を知り、手に入れた。文章で引きこまれ、物語にどっぷり入りこんだ。英語のわからない部分は飛ばしながら、どんどん読んだ。「これはすごい!」と思った。

 これは新しい生息地を求めて旅するウサギたちの冒険物語だ。まだ若い一年子だがウサギとしての身の処し方は心得ているヘイズルは、小柄でひ弱だけど予知能力のある弟ファイバーの悪い予感を信じ、ウサギ村を出ていくことに決める。旅の仲間は、俊足の語り部や理系的頭脳の持ち主、村の幹部階級だが現状に不満を抱く大柄で力の強いウサギなど10匹あまり。一度も村から出たことのない若いウサギたちが、見知らぬ土地で、キツネやイタチや人間など「千の敵」から身を守りながら、慣れない長距離移動を集団で行うのは並大抵のことではない。つぎつぎと困難が立ちはだかる。その中でヘイズルは、自分より弱いウサギをつれだした責任感から、みんなを安全な場所に導こうとつとめ、やがてリーダーとして認められる。ヘイズルは見栄えがするわけでも、特別な能力があるわけでもない。だが自分よりも能力のある者の意見をきいて判断する聡明さと、自ら勇気をもって決断し行動する才覚がある。これこそリーダーだ、と十代のわたしは感激し、ヘイズルの大ファンになった。

 それぞれのウサギの性格がしっかり描きこまれている一方で、自然科学的な野生のウサギの生態描写も実に正確だ。言葉を話したり考えたりしているとはいえ、その思考や行動のパターンは明らかにウサギの体感覚や習性に基づいている。餌の食べ方、走り方、視線の高さ、皮膚感覚までありありと伝わってきて、とてもリアリティがある。そこにさらに奥行きをあたえているのが、ウサギの英雄エル=アライラーが活躍する神話や伝説だ。神話がウサギたちの冒険とリンクして、物語の時空が広がる。そのうえ固有のウサギ語があり、異なる思想に基づく複数の社会体制が描きこまれている。狭い範囲を移動する小さなウサギたちを描きながら、ものすごく壮大な世界が表現されているのだ。

 大人になってから神宮輝夫訳の日本語版を読んだとき、十代の頃に夢中になったあの世界がまた生き生きと立ちのぼってきた。ウサギ好きにも冒険物語好きにもおすすめしたい古典的名作である。

 そして偶然にもこの原稿を書いている間に、この作品の魅力を熱く伝えるすばらしい文章に出会った。荻原規子著『グリフィンとお茶を ファンタジーに見る動物たち』の「ウサギ」の章をぜひともお読みいただきたい。

 最後に大人も楽しめるウサギの絵本を2冊ご紹介する。いずれも子どもの本の専門店「ことり文庫」(現在冬眠中で、分室のネット書店のみ営業)で出会ったものだ。『にんじんケーキ』は、めでたく結婚したあとのウサギ夫婦の話。ハッピーエンドの続きははたしてどうなるのか、新婚夫婦のやりとりに思わずふきだしながらも、どきどきする。『ふわふわしっぽと小さな金のくつ』は、子どもの世話に追われていたおかあさんウサギが、イースター・バニーの大役をはたそうとがんばる話。自分の夢を持つおかあさんへの応援歌のようにも読める。今年のイースターにも、ふわふわしっぽは、きっと幸せをよぶ卵をみんなのもとに届けてくれるにちがいない。

「ことり文庫」日誌

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武富博子(たけとみ ひろこ)。東京都生まれ。上智大学卒業。訳書に、クーニー『闇のダイヤモンド』、グラフ『アニーのかさ』、アッシャー『13の理由』、ジェイコブソン『バレエなんて、きらい』など。やまねこ翻訳クラブのスタッフ。