「序」はこちら

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 写真は開始前の会場の様子です。

 ここでご参加のみなさんのプロフィールを少々。

 会社員。学生。レビューサイトの寄稿者。翻訳者。クリスティーからセイヤーズに入った人。クリスティーは好きだけど、セイヤーズは敬遠していた人。反対に、セイヤーズが好きでそこからクリスティーに入った人。ホームズ、ブラウン神父が好きな人。ふだんあまりミステリは読まないけれど、会場が千葉だったから参加した人。会場古書店の常連さん。

 ううーむ。この全員が楽しく過ごせる会って、可能なんだろうか。などという幹事の心配をよそに、口火が切られれば話し合いはどんどん進むわけです。

「これ、本格といわれること多いみたいですけど、じつはキャラで引っぱる話じゃないでしょうか」

「そうそう、意外に人間味があるのを再読で発見しました」

「あ、173ページのあたりですよね?」

「わたしも、最初はピーター卿のこと、事件を喜んでるイヤなやつって思ったんですけど、その悩んでるシーンを読んで、そうでもないかもと思い直しました」

「そういう傷つきやすい人間性というか、ピーター卿の内面はシリーズを通して変わってないかも」

「ピーター卿は、最初の印象づけが少女漫画っぽくてうまいと思いました」

「次男坊ってところもいいですよね、この、貴族なんだけど跡取りじゃないっていう気楽さが」

「会話が多いのが読みづらかった……」

「ああ、決め台詞が芝居っぽいから?」

「芝居っぽさがちょっと露骨っていうか」

「そう、芝居というのはあると思いますね。状況説明を一気呵成にしゃべらせる長台詞とか。セイヤーズは芝居の世界に没頭していた時期があって、それが作風に生きてるんだと思います」

「言葉の使いかたというか、慣用句がおもしろかったです」

「比喩が印象的なんだけど、もっとこう、かっこいい言いまわしがあるだろう、という気も……だって、例えば10ページとか、主人公の顔を描写するのに“ゴルゴンゾーラから白い蛆虫がわくように”って、すごくないですか?」

「古本買いするピーター卿はいい人だ! 以上です」

「それだけですかっ?」

「まあ、古書の蒐集っていうのは当時の貴族のたしなみですよね」

「15ページの原注に出てくる『神曲』の二折本なんて、国宝級ですよ」

「なんだか、刑事の扱いがあんまりだと思います。スコットランドヤードの刑事ふたりが、まるでピーター卿の部下のように……」

「当時の刑事は、岡っ引きのような存在ですからねえ。かたやピーター卿はお貴族様ですから」

「ホームズのころから、刑事は探偵の引き立て役ですし」

「バンターの口調って、つい真似したくなりませんか?」

「なるかも」

「“さようでございます、御前”とか」

「他家の使用人と話すときなんかに、バンターが自分のことを“あたし”っていうのがすごくリアル。近所のクリーニング屋のおじいさんみたいで」

「相手がピーター卿のときは自分のこと“手前”っていってますよね。そういう訳語の選択って、さすがです」

 訳の話が出たついでに。今回、翻訳者が企画した読書会ということで、翻訳自体にも少し興味を持っていただければと、おなじテキストに対し3種類の翻訳のある『ナイン・テイラーズ』(ピーター卿シリーズ第九長篇)の冒頭をそれぞれ少しずつご紹介しました(質素なレジュメですみません)。

 それから、参加者のおひとりでセイヤーズの大好きなSさんが、ピーター卿のつづきの話の原書を持ってきて見せてくださいました。

 ご存知のとおり、セイヤーズによるピーター卿シリーズの長篇は全部で11。『誰の死体?』からはじまって、『雲なす証言』『不自然な死』『ベローナ・クラブの不愉快な事件』『毒を食らわば』『五匹の赤い鰊』『死体をどうぞ』『殺人は広告する』『ナイン・テイラーズ』『学寮祭の夜』とつづき、『忙しい蜜月旅行』が最後です。セイヤーズは1957年に亡くなっていますから、これ以上シリーズの長篇が増えることはない……と思いきや、ジル・ペイトン・ウォルシュという作家が書き継いでいるのですね。

『忙しい蜜月旅行』の次の作品は、じつはセイヤーズによって途中まで書かれていたのですが、ウォルシュはその未完の遺作を完成させました。それが Thrones, Dominations

 ウォルシュはその後もシリーズを書き継いでいます。Sさんが見せてくださったのはこれ(続編第2作)と、これ(続編第3作)。

 さて、触れてよさそうなところは以上でしょうか。ネタばれを気にすると、やっぱりストーリーに関する話題が書きづらいですね。まあ、全貌を知ることができるのは参加者の特権ということで。

 会の最後には、ご参加のみなさんから貴重なご意見をいただきました。

「こういう読書会って、どうして昔の作品ばかり取りあげるんですか? もっと新しいものもやってほしい」

「千葉は攻撃的にいきましょう!」

 はい、ご参加者からのそういうお声を待っておりましたとも。千葉読書会では、古典とか、新刊とか、どういうジャンルかといったことにこだわらず、いろいろな翻訳ミステリーを取りあげていきたいと思っています。次回の開催は夏ごろを予定しています。

 千葉、というと、「健作王国?」「文化不毛の地?」なんていわれることもありますけれど、なんのなんの。千葉も掘れば深いんですよ?

 末筆ながら——。今回の会場は Moonlight Bookstore でした。ご店主Mさんのご厚意で、いろいろとわがままも聞いていただき、たいへんお世話になりました。どうもありがとうございました。kashibaさんの「古書肆だぶる・だぶる」はお店を入って右手のスペースで、今月24日まで。お近くのかたはぜひ覗いてみてください。

高山真由美(たかやま まゆみ)

東京生まれ、千葉県在住。訳書に、ジェラルディン・ブルックス『マーチ家の父——もうひとつの若草物語』『灰色の季節をこえて』(近刊)、アッティカ・ロック『黒き水のうねり』、ヨリス・ライエンダイク『こうして世界は誤解する』(共訳)など。ツイッターアカウント@mayu_tak

【連載エッセイ】五代ゆうの ピーター卿のできるまで #1『誰の死体?』