サムエル・ビョルク『オスロ警察殺人捜査課特別班 アイム・トラベリング・アローン』(中谷友紀子訳 ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、2016年末に突然現れた警察小説の佳作でした。「突然」というのはけっして大げさではありません。ビジネス書や自己啓発書を多く出版している会社から、たとえ北欧ミステリー隆盛の昨今とはいえ、日本初紹介の作家のしかもデビュー作が刊行されるとは思いもよらなかったのですから。期待というよりもむしろ興味本位で手に取ってみてびっくり。6歳の女児に人形の服を着せて殺すという猟奇性、カルト教団などの道具立てと、主人公ミアの過去と彼女が関わった昔の事件が絡み合いながら、解決に向かって一気に収束していく終盤への書きぶりがすばらしかったからです。北欧ミステリーの底深さを改めて思い知らされました。

 そして今年の3月に刊行されたのが、シリーズ第2作目となる『フクロウの囁き』(中谷友紀子訳)です。今回も前作を踏襲するかのような、奇妙な死体の発見で物語の幕が開きます。なお、前作は単行本での刊行でしたが、本作は文庫で出ています(前作も同時に文庫化しました)。

 鳥の羽根が敷きつめられた上に横たわる全裸の死体。口には花、周りには五芒星に見立てて配置された蝋燭と、まるで何かの儀式を彷彿とさせるような現場の様子に、特別班の面々は戦きと怒りを隠し切れません。一方、前作の事件以降停職の身にあるミア・クリューゲルは、自身の過去と向き合うことで苦しみ、それを酒と薬で紛らす日々を送っていました。班長のムンクはそんな彼女を上層部には知らせず非公式に復職させるべく、事件のファイルを携えてミアを訪ね、事件の真っ只中へと誘います。

 印象的な道具立てを複雑に絡ませながら、終盤に向けぐんとギアを上げていく感のあった前作と比べ、本作はやや疾走感に欠ける印象はあります。しかし、ミスリードを誘う仕掛けやいくつも張られた伏線など、ミステリーとしての結構はきっちりとしていて、読み応えは前作以上です。強調しておきたいのは、特別班のメンバーそれぞれの内面描写に力を入れているということ。ミアムンクといったメインのキャラクターはもとより、キム、カリー、ガーブリエルといったレギュラーメンバー個々の事情も少しずつ明かされており、こういったサイドストーリーが疾走感をスポイルする結果にはなっているものの、その分物語に厚みを加えているとも言えるでしょう。

 この、「メンバーそれぞれの内面描写」というのは物語に厚みを加えるというだけではなく、シリーズ全体を通じてのイメージを決定づける重要な要素ではないかと思います。同じ北欧ミステリーで、脇を固めるキャラクターをもきっちり描き上げたシリーズとして思い浮かぶものがあります。マルティン・ベックシリーズです。この全10作からなるシリーズは、1作1作のクオリティが高いのは言うまでもありませんが、マルティン・ベックを始めとする警官たちの日常を10作かけて描きあげた、ひとつの大きな物語という側面もあります。サムエル・ビョルクの描く「オスロ警察殺人捜査課特別班」シリーズが目指すのもそこではないか。ミアというキャラクターは、とても優秀な警官として描かれていますが、同時に、薬とアルコールにどっぷりと浸かりながらも過去と対峙し苦しみあえぐ姿をも描き、ミア自身の人生を読者の目の前に突きつけます。他のキャラクターも同様で、そうすることでシリーズ全体を通じてひとつの大きな群像劇を作り上げようとしているのではないかと思うのです。

 ゆえに私としては、このシリーズは第1作から読むべきだと言いたいわけですが、どうしてもという人はこちらから読み始めても構いません。前作のネタバレはありませんので、こちらを先に読んでから1作目に戻るのもオーケーです。2作とも文庫で600~700ページという長さですが、ページを開いたらもうそんな長さは気にならないでしょう。長さに躊躇せず、手にとっていただきたいシリーズです。第3作もすでに本国では刊行されているようですので、こちらもそう間を置かず日本語で読めることを期待しています。

 さて、2019年も残すところあと数日となりました。翻訳ミステリー大賞の予備投票はもうお済みでしょうか。これまで翻訳者に限られていた予備投票が今回から一般に開放されましたので、どなたでも投票が可能です。ぜひみなさんの「2019年この1作」を投票してください! 私もこれから投票します!

 読者賞については、今回(第8回)までこれまでどおり3月に投票をおこなうという方向で準備を進めています。そもそもは「(翻訳者だけじゃなくて)俺たちも投票したい!」という思いから始まった読者賞ですし、予備投票という形であれ、読者が大賞への投票に参加できるようになった今、読者賞もそのあり方を考える時期なのだと思っています。投票についての詳細は近日中に発表する予定です。

 今年も拙い文章をお読みいただきありがとうございました。みなさま、よいお年をお迎えくださいますよう。また来年もわくわくするような作品と出会えることを願いつつ……。

 

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
福岡市在住。福岡読書会の世話人と読者賞運営を兼任する医療従事者。読者賞のサイトもぼちぼち更新していくのでよろしくお願いします。