本日の読書日記に入る前に、ちょっと宣伝を。すでにサイトで告知されていますが、4月14日(土)に開催される第三回翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンションにて、読書会の進行を私、挟名が務めます。課題図書はニッキ・フレンチ『生還』です。突然の監禁! 脱出! そして独りで捜査、捜査、捜査! と、日常を取り戻すべく奮闘するヒロインの活躍を描いたサスペンスの秀作です。3F読者の心の琴線にも触れるものがあると思うので、お暇があればぜひご参加を。鳳明館森川別館で、挟名と握手!

 では、第14作『神の手』にいってみましょう。

【あらすじ】

 スカーペッタの姪、ルーシーがオーナーを務める全米法医学アカデミーの捜査官となったマリーノに、「ホッグ」と名乗る男から一本の電話がかかってくる。ショットガンを使用したある殺人事件に関与していることを匂わせ、スカーペッタを挑発するかのような言葉を残して電話は切れたという。やがて老女がショットガンで頭を吹き飛ばされる事件が発生。「ホッグ」を捕えるべくスカーペッタは動き出すが、ルーシーから驚くべき告白をされる。

 事件の真相? ああ、それはもうどうでもいいや。今回は「ホッグ」を名乗る殺人者が登場するのだけれど、ここで同名の犯人が暗躍するウィリアム・L・デアンドリアの『ホッグ連続殺人』のような本格ミステリを期待してはいけない。「ホッグ」の意味は何だとか、そういった「細けえこと」を気にしない女、それがパトリシア・コーンウェルなのだ。

 この「ホッグ」、「神の言葉」だの言いながらショットガンを振り回し殺人を犯すのだけれど、「神の言葉」を連発する殺人鬼って、2000年代半ばに入っても、あんたどんだけ陳腐なサイコキラーしか書けないんだよ! 特殊翻訳家・映画評論家の柳下毅一郎氏がダメ邦画のパターンとして「さあゲームの始まりだ、で始まる映画」をよく挙げているけど、ミステリー小説における「神の言葉」はそれに匹敵する陳腐さを醸し出すことを私はこの作品で再認識した。

 また、「ホッグ」の正体、というか人を殺す理由って前作『痕跡』に登場したエドガー・アラン・ポーグとまったく同じで、某有名ミステリー映画の手法、および犯人像をそのままパクっている。コーンウェルって、ここまで引出しの少ない作家だったのか……。ともかく、「デアンドリアに謝れ!」と言いたくなるような「検屍官」シリーズのミステリーとしてのお粗末感は作品を重ねるごとに増すのであった。

 さて、『黒蠅』に始まる「検屍官」シリーズの強引展開は、本作においても健在だ。

 まず、ケイ・スカーペッタがフリーの医学コンサルタントから、全米医学アカデミーの検屍官へと身分を変えている。って、“全米医学アカデミー”て何? 読み進んでいくと、ルーシーが莫大なお金で設立した捜査機関ということが判明。作中の言葉を借りればルーシーはビル・ゲイツ並みの大金持ちらしい。いつそんな機関作ったんだよ! 前作まで運営していた「ラストプリンシクト」とかいう、「必殺仕事人」の集まりみたいな組織はどうしたの? ていうかルーシー、なんでそんな金持ち? 株でもやって儲けたのか? ちなみにスカーペッタもマリーノも、ルーシーに雇われているという形で働いている。こうしてみると、ケイって結局、一介の私立探偵と変わらない立場になったのだなあと思う。

 つまり、何度も繰り返すけど「検屍官」シリーズの売りって、3Fの世界に私立探偵ではなく公的立場の人間が主人公の物語を持ち込んだことでしょう? それが私的捜査機関の雇われ捜査員って、私立探偵と同じだよね。ある意味で、『検屍官』以前の3F小説の主人公に立ち戻ったといえるのだろうけど、うーん……

 で、ケイの雇い主となったルーシーだが、彼女がとんでもないことになっているのが本作で発覚。ここまで読んで、私はパトリシア・コーンウェルファンの知人の「ケイ・スカーペッタシリーズって、韓流ドラマだよ〜」という言葉を思い出した。そう、このお話では、韓国ドラマ、そして日本でも幾多の若手女優やアイドルを使って2000代年に大量生産された「○○もの」へと「検屍官」シリーズは進化(?)を遂げるのだ。

 出た!「○○もの」! シリーズを存続させるためにはなりふり構っていられないのよと言わんばかりの強引展開がここでも炸裂した。遭った人に「コーンウェルの検屍官シリーズって、どんなお話になるの?」と聞かれて、「途中から○○ものになるんだよ」と答えても多分信じてもらえないだろう。そりゃそうだ。誰も「検屍官」シリーズが「○○もの」になるなんて思ってなかっただろうから!

 というわけで、『黒蠅』から離れてしまった読者のみなさんの中に再びシリーズを読み始めようとする方がもしいるのであれば、先に言っておきます。「○○もの」の正体が気になる方だけ、『神の手』を読んでください。「検屍官」シリーズよ、どっちの方向へ進みたいんだ……。

 挟名紅治(はざな・くれはる)

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ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

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