なんと! 今回を含めて「検屍官」シリーズも残すところ後4作なんですのよ、奥様! 思えば遠くへきたもんでございますねえ……って、おい、このままだと「あの人」から全然リプライ来ないまま終わっちゃうじゃん!どうしよう! まあ、最近テレビでも「あの人」見かけないし、望みは薄いかなあ……。いや、諦めたらそこでふみ〜終了だよ! というわけで、最後までお待ちしております。

 それでは、第15作『異邦人』を。

【あらすじ】

 イタリア政府の要請を受けてローマへと赴いたケイ・スカーペッタ。全米女子テニス界の花形選手であるドリュー・マーティンの惨殺事件の捜査に協力するためだ。

 ドリューの遺体の眼球はくり抜かれ、代わりに砂が詰め込まれていた。一体犯人は何のために砂を詰めたのか? 一方、マリーノは新しく出来た彼女に振り回され、盟友であるはずのスカーペッタを裏切るような行為に出てしまい……。

 下巻のあらすじ紹介では「検屍官イン・ローマ」なんて書いてあるので、スカーペッタファミリー、ローマで大暴れ! みたいな展開を期待していたのだが、実際にイタリアで活動するのは冒頭だけ。トホホ。本作の主な舞台は、サウスカロライナのチャールストンである。『黒蠅』でフロリダに拠点を移したスカーペッタだったが、『異邦人』でさらに住居を変えている。検屍官、すっかり流浪の民になりつつあるのであった。

 お話は天才テニスプレーヤーの死体に埋め込まれた砂の謎を追うケイ、下品な彼女シャンディにどっぷりハマってしまい暴走気味のマリーノ、そして前作にも登場したケイに敵愾心を燃やす精神科医セルフの姿を並行して描きながら進行する。訳者あとがきによれば、作者コーンウェルは本作を「自信作」だと言っていたらしい。

 でも、はっきり言って『異邦人』はシリーズ中、最も疲れる作品だった。マリーノにしてもセルフにしても、スカーペッタへの嫉妬の念を延々とぶちまけるだけで、読んでいてウンザリする気分になってしまうのだ。なんかこう、「人間の行動原理ってすべて他者へのコンプレックスから生まれるのよ」って作者コーンウェルの妙に人を見下したような態度が透けて見えるようで、なんだかイヤーな気持ちになるんだよなあ。ひとって、そんなに他人に対するジェラシーや劣等感だけ抱えながら生きてるの? それだけじゃないでしょ、そんなに単純じゃあないでしょう、人の感情って、コーンウェルさん。

 特に今回、鼻に付くのはマリーノの描き方だ。

 はじめに断っておくが、当方、ミステリにおけるダメ親爺キャラは嫌いではない。むしろ好きな方だといえる。ヘニング・マンケルの「クルト・ヴァランダー」シリーズは大好き(『殺人者の顔』で寂しさのあまり女検事に抱き付くヴァランダーに涙を禁じ得なかった)だし、レジナルド・ヒルのダルジール警視など、ちょっと下品な感じのするオッサン刑事達も良い。

 彼らに共通するのは、普段の生活においてダメっぷりをみせる反面、捜査では卓越した手腕をみせたり、あるいは頼りなさの裏に実は強靭な意志が隠れていたりと、多彩な「顔」を持つ人物として書かれていることだ。

 『異邦人』のマリーノも、恋人に骨抜きにされるわ、スカーペッタを憎むセルフに加担しようとするわ、挙句の果てに酔っぱらってスカーペッタに「あんなこと」をしようとするわ、上記のオヤジ刑事達と肩を並べるくらいダメな感じではある。が、何だか違う。どんなにダメさ加減が同じでも、マリーノに対してはヴァランダーやダルジールに感じるような愛しさをこれっぽっちも持てない。本作のマリーノが劣等感にまみれた、ただの嫉妬深い中年としか書かれていないからだろう。下品で、粗野で、利己的な面だけがこれでもかと描写されると、いかにダメ親爺好きでも辟易してしまうというもの。

 もっとも、登場人物に対する、変な上から目線を感じたのは『異邦人』が初めてではない。ケイの一人称視点から三人称視点からの語りへと変わった『黒蠅』辺りからか、ケイ以外の登場人物のダークな部分が強調され、みな鬱々としたとした口調で喋るようになったのは。「人間って、こんなに醜悪な生き物なのよ!」とひたすら作者が叫んでいるようで、読んでて本当に疲れる気がします。

 と、私も「検屍官」シリーズの負の面をひたすら叫んでおりますが、こんなんであと3回、西田ひかるさんは反応してくれるのでしょうか。嗚呼……。

 挟名紅治(はざな・くれはる)

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ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

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