『スカーペッタ』って、何を今さらって感じのタイトルだよなー。シリーズ16作目にして敢えて主人公の名前を題名にするのって、何か意味あんのかなー。と言いつつこの連載のサブタイトルも「MYこれ!クション 西田ひかるBEST」と、あの人の名前が入っているCDアルバムをチョイスいたしました。だってこの連載、あと3作で終わっちゃうんだもん。少しでもあの人に思いが届くようにアピールせねば。

【あらすじ】

 ケイ・スカーペッタの元に、小人症の青年オスカーから「ぜひ会って話をしたい」という依頼が来る。オスカーは、恋人殺しの嫌疑がかけられているが、自分は無実であり、スカーペッタの力を借りて何とか潔白を証明したい、と言うのだ。スカーペッタはオスカーから事件の詳細を聞いて助けようとするものの、理路整然としない面も多い彼の証言を信じ切ることができない。そのころ、インターネットのゴシップサイト〈ゴッサム・ガッチャ〉には、スカーペッタとマリーノの間に起こったあるスキャンダルを暴露したコラムが掲載され、スカーペッタの周囲の人間は色めき立っていた。

 ああ、俺、第16作目にしてやっとこのシリーズを読めばいいかわかったわ。

 「検屍官」シリーズって、アイドルのお話だったんだ!

 どうした挟名! とうとう本当に頭が沸騰したのか! てかアイドルってなんなんだよ。西田ひかるを呼びたいが為にホラ吹いているんじゃないだろうな、え。……とお怒りの方もいらっしゃるかと思いますが、本当なんだよこれが。

 いや、ここはアイドルというよりセレブリティといった方が正確かな。とにかく『スカーペッタ』がどういう作品かと言うと、ケイ・スカーペッタという“セレブ”が毀誉褒貶に晒されながらも健気に頑張るというお話です。おいおい、それはどの「検屍官」シリーズの作品でも同じじゃん! その通り、全部同じです。ですが、本作ほどスカーペッタがみんなの注目を集める“セレブ”であり、検屍や科学捜査よりも他人の妬み嫉みやスキャンダルへの対応にてんてこ舞いになる女性であることを意識するお話はないんだな。だって、インターネットの2ちゃんねるみたいなサイトの標的にされて、あることないこと書き立てられてハリウッドのスターみたいに私生活さらされちゃうんだもの。

しかもお話の途中まで当のスカーペッタ本人は全然そのことを知らないままで、周りの人間が大騒ぎしているという始末。我らがスカーペッタのスキャンダルを前に、前作でスカーペッタに“あんなこと”しちゃったマリーノも、『黒蠅』で不死鳥のごとく、てかゾンビのごとく復活した「あの方」も、『審問』で大活躍した女性検事ジェイミー・バーガーも、姪のルーシーも、「私の知っているケイ・スカーペッタの人物像と違う!」と憤りを感じるが、案外みんなスカーペッタに対して抱いているイメージが食い違ったりして。とまあこんな具合に、偶像となったスカーペッタに振り回される人間、そして第三者の評価に戸惑い「自分はそんな人間じゃない!」と嘆くスカーペッタ本人が織りなす悲喜こもごもを描いた小説、それが『スカーペッタ』なのだ。タイトルが主人公の名前そのものズバリなのも、何となく納得だね。

『黒蠅』から『スカーペッタ』に至る作品を読んでいると、真面目な話、アイドルに密着したドキュメンタリーを観ている感覚になる。登場人物の誰もがスカーペッタに対する人物評価を喋り、スカーペッタ自身は世間からの非難を受けてひとり苦悶する。他者が自分に対して抱くイメージとの“ズレ”に終始悩むなんて、まさに素顔のアイドルみたいじゃないか。スカーペッタという人物が他人にどう見られているのか、というディスカッションが絶えず繰り返され、作者は「スカーペッタとは何者か?」という問いを突き詰めようとしている印象が『黒蠅』以降の作品には強い。

 おそらく作者コーンウェル自身が、スカーペッタというキャラクターの方向付けをどうすれば良いかわからくなったことが大きいのだと思う。『スカーペッタ』では、科学捜査ドラマ「CSI」の話題を作中人物が小馬鹿にしたような感じで話す場面がある。「検屍官」シリーズ開始当初の売りだった「科学捜査で犯人を追いつめる主人公」が今ではもの珍しいものではなくなってしまったことに対するコーンウェルの「こっちが先なのにパクリやがって……」みたいな忸怩たる思いが伝わってくるようで面白い。そうした自分の生み出したキャラクターが方向性を見失って、どんどん自分の手から離れていく感覚ってのは、やっぱりあったんじゃないんだろうか、と『黒蠅』から始まる様々な迷走の原因だったのではないでしょうか。

 とすると、このような迷走状態に入った「検屍官」シリーズで3Fミステリーの系譜は途絶えてしまったように思えるのですが……といったお話はまた次回。

 挟名紅治(はざな・くれはる)

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ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。

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