行ってまいりました、第2回福島読書会。

 前回は大雪のため欠席者続出と聞いたので、不測の事態に備え、前夜から安達太良山のふもとの岳温泉で合宿にはいった翻訳者N嬢とわたし。ここで課題本の結末をじっくりと読みこみ、オランダ靴の謎をみごと解明し、入念な下準備をして臨む……はずでした。なのに、おいしい夕餉をいただき、シンデレラ・プランの極楽エステを受け、温泉に浸かり、湯あがりにビールをくーっとやるうちに睡魔が……ふとんにはいりかけたところで、ん?なんか忘れてない?うわ〜、結末をまだ読んでなかった!と気がつき、ふたりしてどたばたと本に飛びつく始末。ほんとにもう、こんな粗忽者のゲストで申しわけもございません>参加者のみなさま。

 一夜明けると、前日の寒さがうそのような、初夏を思わせるぴかぴかの読書会日和。新緑のなかに真っ赤な山ツツジが咲き誇るのどかな山道を、バスに揺られて二本松に向かいます。早めに着いたので、会場の二本松市市民交流センターの3階にある〈大山忠作美術館〉でのんびり絵を見ていたら、『遅日(白猫)』と題する作品を発見。この白猫がなんと今回の読書会ポスターの白猫さんにそっくりなんですよ! もしや読書会のための特別展示? 美術館の粋な計らい? すばらしすぎる!

 この美術館でばったり翻訳者M嬢に出会い、3人そろって会場へ。いやー、女子率が高いとは聞いていましたが、一見コージー部屋?と思うようなほんわかした雰囲気。総勢12名で囲んだテーブルには、すでに“本日のおもてなし”が鎮座しています。おもてなしの目玉、というかあんこ玉、うわさの〈玉嶋屋〉の玉羊羹が気になってしかたがない。幹事S氏の開会の辞が終わるや、地元二本松のT嬢にデモンストレーションをお願いしました。小さいゴム風船にはいったあんこ玉のお尻に爪楊枝をぶすっ。と、一瞬にして羊羹がつややかな色に変わり、楊枝にざっくり刺さっている。おもしろ〜い!「ぼくはこうやって食べますよ」と、やはり地元出身のH氏は、ゴムの口をほどいて羊羹をちゅるちゅる吸っているではありませんか。うーむ、玉羊羹、謎に満ちています。みんなでぷすぷす楊枝を刺していると、ふわりといい香りが漂ってきました。次なるおもてなし、飯舘村のおいしい“あぐりコーヒー”の登場です。ひとりずつちがう素敵なカップで供されるという凝った演出もすばらしすぎる!

 緊張がすっかりほぐれたところで、ゆるゆると自己紹介にはいりました。地元の二本松や郡山、仙台からの参加者もいます。いずれ劣らぬミステリー好き、本格好き。特に男子3名がすごいんです。横溝が大好きでミステリーを4000冊(!)は読んだというH氏、東京でミスコンを開催し、翻訳ミステリーをもっと広めたいと熱く語るA氏、そして1回目の迫真のレポートでおなじみの幹事S氏——という最強の“福島読書会の元少年隊”(勝手に命名)。

 読書会の幕開けは、S氏が用意してくださった本日の資料(すごい力作!)をテキストにした「3分でわかるエラリー・クイーン講座」。

 そもそもエラリー・クイーンは、フレデリック・ダネイ(アイデア・トリック担当)とマンフレッド・リー(執筆担当)といういとこ同士の合作であること、作品は第一期から第四期に分けられること、いずれも名作ぞろいであるが、特に初期の国名シリーズ&D・レーン4部作とX〜Zの悲劇は必読であること、などなど。3分砂時計の最後のひと粒が落ちるころには、本格初心者のわたしもすっかりクイーン通になっておりました。ありがたや。

 それにしても、気になるのは資料の次のページに掲載されたドラえもんやバカボンやサザエさんの絵です。なぜに?——じつはこれ、ミステリーの作家や登場人物をわかりやすく日本の漫画にたとえるとこうなるよ、という一覧でした。たとえば、エラリー・クイーンは藤子不二雄(これはわかりやすい)。では『サイボーグ009』や『天才バカボン』は、さて誰でしょう、してその心は?(ヒント:どちらもCのつく作家)。サザエさん、いじわるばあさん、波平さんはだあれ?(ヒント:1回目の読書会)。「ゴルゴ13」「カムイ」「三つ目がとおる」は?(ヒント:いずれも超大物有名作家)。といった具合に、資料と呼ぶにはおもしろすぎる貴重な読み物。永久保存版にします、これ。

 ここまでの前半だけで、あまりの濃さにもう読書会が終わった気分。

 さて、後半はいよいよ課題本『オランダ靴の謎』へ。最後まで犯人の見当すらつかなかったわたし、推論の経緯を述べよなどと言われる前に、みなさんが犯人の目星をどうやってつけたのか尋ねました。すると「いちばんあやしくなさそうな人」「いちばん善人」「いちばん地味な人」などの答えが……なるほどね〜。ひとつわかったのは、本格好きの読者は「作家の挑戦を受けて立つぜ!」とばかりに本の余白にメモなどとりつつ眉間にしわを寄せて読んでいるイメージがあったのですが、純粋にストーリーを楽しんで読む方も多いということ。謎解きは楽しみの一部で、すべてではない。それ以外の楽しみも多い。ということで、話題は自然と本筋から離れたあれやこれやへ。

「オランダ靴って、てっきりオランダの木靴のことかと思った」(思った思った!)

「初期のころのエラリーってキザでなんか嫌味ですよね」(ですよね!)

「意味ありげなエピソード投げておいて、投げっぱなしなんだよね」(そ、そうなんだ!)

……といった感想が次々にわいてきて、みんなで同調したり突っこんだり。また旧版と新版の訳文のちがいを確認したり、本の奥付を見比べたりするのも一興でした。わたしのは2009年新版の初版。“77版”の文字に気が遠くなります。

 課題本の話題が一段落したところで、参加者による“my book”の紹介。さすがに濃いです。そそられる作品ばかりです。未読のもの全部読みたくなりました。最後に余興として“福島読書会のパフューム”と(命名してくださったそうで、きょ、恐縮です)によるミニ・サイン会があり、一次会は無事に終了。

 二次会は同じ建物の一階にある「杉乃家」さんで、幹事助手でもある二本松図書館のH嬢の乾杯の音頭とともに、なごやかにはじまりました。うわさの浪江焼そば、ほんっとにうまいです。うどんみたいなぶっとい麺に、これでもかというほど大量のもやしとお肉、こってり濃厚なソース。ビールと相性抜群なのは言うまでもなし。

 ジョッキをくいくい傾けながら、みなさんの半端でない読書量にあきれ……じゃなくてひたすら感動していると、気になる言葉が耳に飛びこんできました。

「あのふたり、なんかアヤしくないですか?」——それ、わたしも気になってた! あのふたりとは、エラリーとジューナ少年です。「ですよね!」「やっぱり!」「絶対そうだ!」とあちこちから賛同の声があがり、話題は一気にそっち方面へ。だってね、「ぼくは声がききたいんだ。きみの声が」とか言ってるし、“(エラリーは)長い腕をのばすと、少年をひきよせて、窓ぎわの席にすわらせた”り、“エラリーの指は、少年のやせて骨ばった肋骨を探っていた”り、“エラリーは少年の毛髪をかきまわした”り……って、これはどう見てもやっぱりあれでしょう、ねえ? あげくに「そもそもエラリーとおとうさんの関係もちょっと微妙じゃないですか?」との意見まで飛びだし、またしても同調の声が。そういえば、資料で配られた『越前敏弥氏Q&A』にも、“クイーン父子の関係について少々新解釈を打ち出した”という意味深な言葉があったような……こ、これはもしや? ああ新訳の刊行が待ち遠しい。N嬢から聞いた話では、もうひとつのテーブルでもまったく同じ話題が出て、たいそう盛り上がったとか。

 そんなこんなで楽しい時はまたたくまに過ぎ、最後はA氏の力強い一本締め……あ、その前に、せっかく靴ひもに絆創膏を巻いてきたのに誰にも気づいてもらえなかったS氏がみずから靴を見せてまわるとうオチもつき、爆笑のうちに読書会は幕を閉じたのでした。

 前回のゲストは、業界一ノリの軽い重鎮にして巧みな噺家でもある田口師匠で、今回は本格とは縁遠いただのパフューム(笑)。申しわけないような気もしますが、その分、参加者のひとりひとりが好みの作家や作品への思いを存分に語ってくださって、翻訳者としては心強くうれしいかぎりでした。今後のさらなる発展を予感させるすばらしい読書会であったと思います。

 幹事のお二方のご尽力、そして福島の美しい自然と温かいおもてなしに、あらためて感謝を。

【おまけの予告】

 終了後、駅のホームで“ミズ・提灯”K嬢の楽しい観光案内を聞くうちに、次回読書会の企画が固まりました。シンジケートが後援する読書会初の、お祭りとのコラボだっ!——そうなんです、由緒正しき城下町である二本松市には300年以上の歴史を誇る「二本松提灯祭り」というのがありまして(なんと日本三大提灯祭りのひとつ)、毎年10月4日〜6日に開催されるそうです。おお、最終日は土曜日じゃないの!ということで、話はとんとん進み……。

 一方そのころ、三次会に繰り出した元少年隊も、お酒を酌み交わしながら次回に向けて作戦会議を開いていたもよう。ABC、DEときたので、次の課題はF。しかも、Fではじまる作家の、Fものとか。なんとF×F! お好きな方はもうおわかりでしょう。10月6日(土)、提灯祭りの最終日ですよ、お忘れなく。

 さらに、小耳にはさんだ極秘情報がもうひとつ。8月中旬の土曜日、二本松でひそかに「読書会特別編」なる催しが計画されているとか。課題は横溝正史『獄門島』。なんでも二本松には“病院坂”や“三つ首塔”があるらしい。蒸し暑い真夏の夜、金田一探偵や磯川警部がお出迎えしてくれるかも?! こちらもお好きな方はぜひに。

高橋恭美子(たかはしくみこ)ミステリー翻訳者。おもな訳書は、フェイ・ケラーマン〈ピーター・デッカー&リナ・ラザラス〉シリーズ(創元推理文庫)、チェルシー・ケイン〈ビューティ・キラー〉シリーズ(ヴィレッジ・ブックス)、ロノ・ウェイウェイオール(ワイリー&レオン〉シリーズ(文春文庫)、ジェイムズ・パタースンのラブ・ストーリー系作品(ヴィレッジ・ブックス)など。