※ネタバレは極力避けたつもりですが、物語のテーマに触れています。

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 東西冷戦、寒い国……そういったキーワードから「ソ連」を連想していた人は多いと思われる。しかし本書の舞台は意外にも東ドイツであった。これには驚いた参加者も少なくなかったようだ。リーマスが連れて行かれたのがソ連ではなく東ドイツだったということに実は重要な意味があって……という加賀山卓朗さんの興味深い発言もあったのだが、それはネタバレになるので内緒にするとして。そもそも東ドイツって、そんなに「寒い国」じゃないよね? 緯度もロンドンとそんなに変わらないしさ、などという意見も出た。そこで参加者のひとりが気づく。

「原題は『The Spy Who Came In From The Cold』で、国とは書いてないよ」

「国っていうのは翻訳家が加えたのか」「ということは直訳すれば…『寒いから帰ってきたスパイ』」「うわ、やる気なさすぎ!」「ダメスパイじゃん!」「働けよ!」「そんな理由で帰ってくるなよ!」「確かにリーマスのダメダメぶりは伝わるけどさあ」「監禁されてからは、リズのことばっかり思い出してるしね」「女のことばっかり考えてるスパイってどうなの」「ダメだよね」「ダメだよね」「しかも寒いからもう帰るなんて」「ダメだよね」「ダメだよね」「ダメだよね」

 いやみんな、ちょっと落ち着け。何か大きく間違ってるぞ。

 そして加賀山さんの「作中では『寒いところ』という表現が何カ所か使われてるね」という助言を受け、俄然盛り上がる面々。

「今しばらく寒いところにいなければならない、なんて箇所もあるよ」「国を指してるわけじゃないとすれば、何だろう?」「具体的な場所を指してるわけじゃなくて、何かの比喩なんじゃないかな」「Cold War、冷戦のことかな」「いやそれは今だから言えることであって、この当時は冷戦がどんどん加速してたときだからねえ」「もしかして、スパイっていう仕事そのものでは? 騙し騙されの、人間的な暖かみのない仕事…」「あっ」「あっ」「あっ」「今しばらく寒いところに、ってのは、今しばらくはこの仕事を続けなくちゃいけないっていう意味か」「リズと一緒にカモメに餌をやるような生活を夢想したりするのも、そういうことなら意味が通じる」「冷たいスパイの生活から、リズとの平凡で暖かい生活に帰る、っていうこと?」

「だからリズは、特に魅力のない平凡な女じゃなきゃいけなかったんだ!」

「だからボンドガールじゃダメだったんだよ、地味で平凡で面倒臭くて鬱陶しい普通の女じゃないと」「そこまで言わなくても」「胴も足も長くて不器量で、リーマスが風邪ひいたら子牛足のゼリーとビーフティー買ってきて、私いつまでも待ってますなんて泣きながら言う鬱陶しい女だからこそ平凡で暖かな」「いやだからそこまで言わなくても」「リズがユダヤ人で共産党員っていう設定も、そういうのをぜんぶひっくるめて共存できる暮らしというものへの憧憬が」「おおー!」

「そうか、最終章のタイトルが内容と合ってないと思ったけど、そういうことなら合ってる! 意味が通じる!」

 なんという美しき結論であろうか。これぞ読書会。前半はどうなることかと思ったが、これならル・カレも喜んでくれるに違いない。どうだ、名古屋読書会だって、その気になればこんなに真面目な討論ができるのだ。いつもいつもデッキがどうしたとか浣腸がどうしたとかって話ばかりしてるわけじゃないのだ。名古屋読書会について誤った先入観を持っていた面々は反省して改めるように。

「ねえ、Coldって、風邪って意味もあるよね?」

 ……え?

「風邪から帰ってきたスパイ?」「つまり風邪が治ったスパイ?」「確かにリズに看病されて治ってるよ風邪!」「子牛足のゼリーとビーフティーで」「そういう意味かあ!」「やっぱりビーフティーがポイントだった」「ビーフティーで風邪が治ったスパイ」「風邪から帰ってきたスパイ」「なるほど」「なるほど」「なるほど」

 「なるほど」じゃねえよ!

 さて、そんなこんなの第3回名古屋読書会でしたが、今回も何もしない幹事Aの脇で万全の準備をしてくださった幹事Bの加藤さん、宴会幹事のモップ魔女、受付&会計のエアロ魔女&ネックレスからまり魔女、設営を手伝ってくださった迷子男子Wさん、そしてご参加くださった皆様、どうもありがとうございました。

 第4回の名古屋読書会は夏に開催。課題図書はなんとまだ発売前の、ジェフリー・ディーヴァー『追撃の森』(文春文庫・6月上旬発売予定)だ! 時代先取りにもホドがあるけど、実は私はもう読んでるので迷わずGOサインを出しました。なお、次回はちょっと目先を変えた夏休み納涼イベントを企画中ですので乞うご期待。遠方からの参加も大歓迎、詳細については近日公開予定。

 また、秋に開催の第5回名古屋読書会「あの作品のあの料理を再現! ミステリキッチン&ミステリ酒場」の日程が決定しました。11月3日(土)、文化の日です。『料理で読むミステリー』などの著書がある料理研究家の貝谷郁子氏を招いての実作実食読書会です。こちらも今後、随時告知してまいりますので刮目して待て!

大矢博子(おおや ひろこ)。書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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