第31回 新米女スパイが正義を求めて奮闘する「コバート・アフェア」

 アメリカではこの春、とうとう「チャック」が第5シーズンで終了してしまい、筆者はちょっと寂しい思いをしています。あのゆるーいおたくな感じが好きだったのになあ。

 もっとも、スパイもののテレビドラマは、アメリカではまだまだ健在です。

 クレア・デーンズ主演のHOMELAND」とか、以前にこの連載で紹介したマギー・Q主演の「ニキータ」とか。そして、今回ご紹介するパイパー・ペラーボ主演の「コバート・アフェア」とか。って、3本とも主演は美女なのでありました。女スパイ強し。

 さて、この「コバート・アフェア」のお話は、CIAの訓練生、アニー・ウォーカーが、まだ訓練期間中なのにもかかわらず、突然現場諜報員に任命され、本部勤務となるところから始まります。

 アニーの特技はその語学力。詳しいことは本編でも語られていないのですが、大学で言語学か何かを学んでいたらしく、世界中の言葉をしゃべれるようなのです(実際に何カ国語話せるかは不明なんですが、とにかく、任務でどこの国に行こうと、そこの言葉でしゃべってます)。

 そんなアニーが配属されたのは、DPD(Domestic Protection Division)、すなわち国内防衛部。海外からアメリカに持ち込まれようとする不正な武器や麻薬、不法入国しようとする犯罪者やテロリストなどを、アメリカ入国前に水際で阻止するための部署です。

 かくして、新米諜報員アニーの活躍が始まるのですが、どうやらアニーの上司たちが彼女を採用したのは、その能力のためではなく、数年前に彼女がつきあっていた男性に興味があるようで……。

 というわけで、シリーズを通した謎や伏線も若干散りばめられてはいますが、基本的には一話完結の明快なスパイアクションものとなっているところに、本作の特徴があります。

 あくまでマジメに、勧善懲悪になりすぎず、とはいえ、(たとえばイギリスのスパイドラマ「MI6」みたいには)暗くなりすぎず、毎回、楽しく見られるようにできているところが、アメリカでの人気の秘訣でしょうか。

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 作品全体を明るくしているもう一つの要素として、スパイたちの「ふつうの人」としての私生活も時間を割いて描いているところもあります。

 姉夫婦の家の離れに間借りし、真っ赤な小型車で通勤しているアニーはもちろんのこと、職場結婚した上司夫妻はお互いに仕事と家庭のバランスが取れなくてイライラしっぱなしだったり、アニーの頼れる同僚エンジニアは、盲目ながらイケメンなのはいいけど、女性関係はめちゃくちゃだったり、皆、仕事を離れたところでは実に人間くさくて良いのです。

 彼らのセリフも実に気がきいていて、特に、ときどき発せられる、

「人が考えを変えるのは、金か、愛国心か、愛のためよ」

 とか、

「ジェイムズ・ボンドは孤独なわびしい老人よ」

 といった警句には、思わずにやりとさせられていまいます。

 この、軽妙かつマジメな感じって、一番近い小説は何なんでしょうね?

 一瞬、ドロシー・ギルマン「おばちゃまはスパイ」シリーズこと「ミセス・ポリファックス」シリーズを思い浮かべたりもしたんですけど、こっちはちょっとユーモアが多めかなあ。

 なんせ、このシリーズ、孫が3人いて地元の町でボランティア活動に精を出す、アメリカのどこにでもいるようなおばさんが、退屈のあまりCIAに直接乗り込み、「採用してくれ」と直談判しちゃったら、なぜかほんとに採用されちゃって、そのまま世界を股にかける凄腕スパイになっちゃったという、なんというか、実に夢のあるおはなしなのです。

 1966年の『おばちゃまは飛び入りスパイ』から2000年の『おばちゃまはシリア・スパイ』まで、全14作が翻訳されていますが、やはり第1作を含む最初の数冊が、ストーリーの密度が濃くてお勧めかと。と言いつつも、毎回、主人公のおばちゃまが世界各地に出かけていく旅行小説としては、どの巻もおもしろいですよ。

 ところで、スパイものといえば、先日公開された映画「裏切りのサーカス」は、皆さんもちろんご覧になりましたよね?

 いやあ、あの重厚長大なジョン・ル・カレの原作『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』のエッセンスをぎゅっと凝縮して、余すところなく2時間に詰め込んだ脚本、演出、編集の見事なこと。そして、俳優陣のお芝居の渋いこと。なんとも「見事なお点前でした」と唸らされるばかりの逸品でありました。

 海外でも評論家筋から絶賛されていて、主演のゲイリー・オールドマンは、ぜひ同じスタッフで三部作完結編の『スマイリーと仲間たち』も映画化したいと言っているとか(第2部の『スクールボーイ閣下』は予算的に大変だしスマイリーの出番は少ないからパス、だそうで(笑))。

 そういえば、原作のほうも新訳されて、続編の『スクールボーイ閣下』および『スマイリーと仲間たち』(こちらの2冊は増刷)と一緒に本屋さんに並んでますから、未読の方はぜひ。いや、既読の方も、印象がガラッと変わるそうなので、新訳版『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』をぜひ!

〔挿絵:水玉螢之丞〕  

●「コバート・アフェア」日本公式サイト

http://www.covertaffairs-tv.jp/

●「コバート・アフェア」日本語吹替版予告編

堺三保(さかい みつやす)

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1963年大阪生まれ。関西大学工学部卒(工学修士)。南カリフォルニア大学映画芸術学部卒(M.F.A.)。主に英米のSF/ミステリ/コミックについて原稿を書いたり、翻訳をしたり。もしくは、テレビアニメのシナリオを書いたり、SF設定を担当したり。さらには、たまに小説も書いたり。最近はアマチュア・フィルムメイカーでもあり(プロの映画監督兼プロデューサーを目指して未だ修行中)。最近の仕事はテレビアニメ『エウレカセブンAO』のSF設定。最新刊は『WE3』(小学館集英社プロダクション)。

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