書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 5月は再び刊行点数控えめの月でした。こうやって交互に点数の多い月と少ない月があるようになるのかしらん。そして七福神の結果もなかなかおもしろいことに。まずはご覧ください。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

吉野仁

『尋問請負人』マーク・アレン・スミス/山中朝晶訳

ハヤカワ文庫

 固く閉ざした対象者の口を割り、秘密を聞き出す尋問のプロが登場。NYの裏世界を舞台にした犯罪サスペンスだ。しかし主人公ガイガーは記憶喪失者で相棒ハリーの妹は心の病にかかっている。そんなこんなが絡み合い、ひねりのある展開で一気に読ませる快作。地味で単純な題名に騙されるな!

千街晶之

『尋問請負人』マーク・アレン・スミス/山中朝晶訳

ハヤカワ文庫

 ダーティーな仕事で生計を立てていた男が、あるきっかけで依頼人を敵に回してしまい、救った少年とともに逃亡の身となる……というストーリーの骨格自体はありがちだけれども、あらゆる拷問のテクニックを駆使して百パーセントの確率で情報を引き出し、なおかつ相手を死なせたことは一度もない……という主人公のキャラクターが実にユニークだ。中でも、同業者との対決シーンの緊迫感が出色である。

霜月蒼

『大追跡』クライブ・カッスラー/土屋晃訳

扶桑社文庫

 語りの妙と冷たく苛烈な世界観で圧倒する『極北』(中央公論新社)と迷ったが、熱い熱いこっちを。西部劇の終わる頃を舞台に冷血の強盗を追う熱血正義漢の冒険。じつに楽しそうな筆致には「あの頃」のカッスラーの顔が覗ける。『タイタニックを引き揚げろ』あたりに匹敵するとは言わないが、明朗快活にクラシックカーをぶっ飛ばし、とことん「男の子のかんがえるカッコよさ」を追究する姿勢がいい。予定調和? 何それ食えんの?

川出正樹

『追撃の森』ジェフリー・ディーヴァー/土屋晃訳

文春文庫

 ”赤い鰊”をばらまき罠を仕掛けて逃走する二人の女と、ブラフを見抜き着々と迫る二人の殺し屋。人気も人目もない広大な森の中で、追われる者と追う者がともに相手の裏の裏をかくべく繰り広げる命がけの騙しあいは、ノン・シリーズゆえの緊張感も加わって実にスリリングだ。文明の地から野生の地へバトル・フィールドを移し、頭脳戦にアクションを追加したディーヴァー十八番のサスペンスを堪能あれ。

酒井貞道

『尋問請負人』マーク・アレン・スミス/山中朝晶訳

ハヤカワ文庫

 主人公ガイガーは、タイトル通り、尋問請負人である。人間に拷問まがいの苦痛を与え、真実を聞き出すのだ。このガイガー、感情をほとんど表に出さず、仕事ぶりは骨の髄までプロフェッショナル、生き様は極度にストイックと、職業犯罪者として、魅力的なまでに非人間的に描かれている。主人公の印象の強さは、今年一番と言ってもよい。問題は、このガイガーに「仕事の関係で知り合った、犯罪組織に捕まった少年を助けて、巨悪と戦う」という、人物造形の割には常套的なドラマを演じさせていることだ。ストーリーも語り口も悪くはなく、水準以上に楽しめはするのだが、この主人公を受けるには弱い。とても残念である。

北上次郎

『湿地』アーナルデュル・インドリダソン/柳沢由実子訳

東京創元社

 北欧ミステリーが次々に翻訳されているが、「ラーソン以降」の作家ではこの人がベスト。主人公のキャラ(家族をうしなっている50男)がいちばんだが、構成も展開も、なかなかにうまい警察小説だ。

杉江松恋

『森の奥へ』ベンジャミン・パーシー/古屋美登里訳

早川書房

 書店でこの本を手に取ってぱらぱら読み出した瞬間、他の作品のことは頭からすっとんだ。邦題通り、これは森の奥への徒歩行を描いた作品だ。頑固な性格の父親と、内気で「いい子」な息子とともに主人公が森へ入る。親子三代にわたって意志疎通が難しい、というのがおもしろい。森は内的世界のメタファーでもある。森の奥に進むに従って自然は本来の凶暴な姿を露わにしてくる。それが三人の関係にどう変化を与えてくるのか、というのが本書の読みどころだろう。さらに念の入ったことに、作者は家に残った主人公の妻カレンにも別の危機的事態を準備している。日常のゆらぎを描いた傑作。あと熊が出るよ、熊が!

 七人中二人がフライングですよ! 『尋問請負人』が人気を集めた五月でした。果たして次はどんな作品が出てくるのか。来月もお楽しみに。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧