第十六回『踊らされた男たち——大統領候補の系図を追え』の巻

 みなさんこんにちは。毎度おなじみ「冒険小説ラムネ」のお時間がやってまいりました。今回は課題作がものすごくものすごく私好みで、しょっぱなからテンションMAXです。正直、今まで読んできた課題作のなかで一番好きー! な作品です。ということはつまり、筆が走りすぎてしまうかもしれません。私の個人的な趣味嗜好(つまり萌え)まで暴露してしまうかも……。そんなもん読みたくないよ! と思われるかもしれませんが、まぁ暇つぶしにでもなれば幸いです(萌えを暴露するのはいつものことですしね!)。

 さてさてまずは課題作、ダンカン・カイル『踊らされた男たち——大統領候補の系図を追え』のあらすじをご紹介します。

大統領候補の系図は呪われている!? ——潔癖なイメージを売り物にする民主党時期大統領候補・ライデンの家系調査を依頼されたトッドは、図らずもライデンの祖父の忌まわしい過去を知るが、事実の公表を恐れた選挙参謀は彼を追う。調査を続けるトッドはさらに深刻な事実を突きとめ、恋人のロビンと共に候補者に会おうとするが……。大統領選挙の舞台裏に展開する異色の冒険小説。

 この作品の大きな特徴は、「冒険小説でありながらアクション中心ではない」というところでしょう。前回ウィルバー・スミス『虎の眼』とは正反対ですね。派手な銃撃戦などはないですし、主人公が常にピンチに追い込まれるわけでもありません。そもそも、主人公のトッドさんは系図調査員です。ということは、お仕事のメインは家系の調査。公文書館や登記所などに行って、ひたすらある人物の経歴を調べまくるのです。裁判所の記録を読んだり、船の乗客名簿をみたり……。そのような描写がずーっと続くわけです。はぁ、至福……。といいますのも、私はなぜか「誰かがひとりでこつこつ調べものをする」という設定に弱いのです。学者風のイケメン(眼鏡必須)が図書館とかで穏やかに古い本のページをめくっていたりするシーンがあると、とてもしあわせ。いいですよね〜。「調べもの男子」という新しい萌え要素を提唱したいところです。同士求む!

 しかしまぁ、そんな地味な話、本当に面白いの? という疑問は当然あるでしょう。いや、これが地味じゃないんです!! とにかく面白い! いろいろな人物の策略がからみあってるのです! おまけに舞台はアメリカ大統領選挙! いやー、大統領選挙ってとにかく盛り上がりますからねぇ。そこでどれだけの人間が策略をめぐらしているかを考えるだけでいくらでも物語が生まれそうです。

 今回大統領選挙に出馬したライデンさんは、清廉潔白な人物であるというのを売りものにしています。アイルランド系の白人、スポーツ万能のハンサム、若くて有能で、勇敢な上院議員。子猫を助けるために40メートル以上もある木に登ったという心あたたまるエピソードつき。そんな人物のまっしろい経歴には、シミひとつたりともつけてはいけないわけです。そう考えた選挙参謀のジー(ゼルダ)・クィストは、ライデンのおじいさんの調査をハミルトンという青年に依頼します。ライデンのおじいさん、ジョーゼフ・パトリック・コナーはアイルランド人。英国陸軍の軍人でしたが、1900年ごろにアメリカにわたってきて、ライデン家の馬車に路上でひき殺されたという人物です。いやな死にざまだなぁ。彼の妻はそのとき妊娠中で、出産の直後に死亡しました。その赤ん坊がライデン家の養子になったというわけです。事故の責任を取ったんですね。

 このコナーおじいさんがどういう人物だったかよくわからない。それで念のため系図調査を依頼したのです。ジーから依頼されたハミルトン青年は、お金はあるけど暇がない人物だったので、プロであるトッドを雇います。このジー→ハミルトン→トッドという関係性が、のちのち面白いことになってくるのです。むふふ。しかしまぁ、念のため調べてみたら、コナーおじいさんというのがとんでもない人物だったのです。いやもう、本当に、シミどころじゃないですよ。コナーおじいさんのしでかしたことがバレたら、大統領どころか上院議員としてのキャリアまで崩壊です。そのくらい恐ろしいことが明らかになってしまいます。それが何なのかは、ぜひ読んで確かめてくださいね。びっくりしてください!

 トッドの活躍でコナーおじいさんの悪行がわかってしまった! しかもそれは、調べようと思えば誰でもわかるところに記録されていた! マスコミにバレるとまずい。さてどうするか? というところで、きちんと冒険小説らしくなってくるわけです。ここで「ジー→ハミルトン→トッド」の公式を思い出してください! トッドはおおもとの依頼人を知らず、ハミルトン宛に調査結果を送ります。しかしなんと、ハミルトンは陰謀によって亡き者にされていたのです……! ジーは、トッドが誰なのか、本名も居場所もわかりません。それなのにコナーの調査はどんどん進展している!! 選挙参謀ピンチです。おまけに、トッドを探して調査をやめてもらおうとするジーの前に、ウィリアム・クロンビーという人物が立ちはだかります。彼はライデンの異父弟で、ジーとともに選挙参謀をつとめています。そして穏便な方法を取ろうとするジーに苛立ち、トッドに向けて刺客を放ちます。さまざまな人物の思惑がからまりあって、とにかくもう先が読めない展開になるのです。そしてトッドも暴力ざたに巻き込まれることになります。アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダをめぐる、スペクタクル・ヴァイオレンス!!(私は何を言っているんだろう)

 ふう、ここまで書くだけでだいぶ疲れてしまったぜ。大統領選の描写も、ものすごくリアリティがあって面白いです。例えば……。ライデンは生放送中にアメリカの極東政策について熱弁をふるい、腕を大きく振り上げた瞬間に水の入ったコップを倒して、同席していた映画女優のドレスを濡らしてしまったのです! そこでライデンの陣営は大騒ぎ、というシーンがあって驚きました。大統領選挙にはイメージ戦略みたいなものがものすごく大事なんだなぁ、と感心することしきりです。おまけにですね、最後まで読んで、このシーンが大どんでん返しの伏線だったと気づきました。いやもう、これ計算して書いてたんだ!!! と思って、ダンカン・カイルさんの手腕のすごさに震えましたよ。この結末はまったく予想していなかった! ミステリ的に、ものすごくよくできていると思います。

 あとは、キャラクターの良さにも触れずにはいられません。主人公のトッドくんも学者風のイケメンで好感がもてるんですが、この作品は何より女性がいい!! 選挙参謀のジーも、有能な女性弁護士ですし、トッドに味方するオーストラリアのロビンさんも美人で活動的ですばらしく魅力的な人物です。こういう人たち好きだなーと、のほほんとした気持ちで読めるところもいいですね。強い女性たちが好きな方はぜひお手に取ってみてください! ……こういうあっさりした感想にとどめておかないと、ひたすらキャラクターの良さを語ってしまいそうです(笑)。

 というわけで、まだまだ語りたいことはたくさんあるのですが、このへんでやめておきたいと思います。調査の面白さ、系図にかかわる大どんでん返し、魅力的なキャラクターたち、ユーモアの効いたおしゃれな科白と、すばらしい要素がたっぷり詰まった物語でした! とにかく楽しく読めますので、暴力描写はちょっと……という方にもオススメです。ダンカン・カイル氏の作品は現在はほとんど中古でしか読めない状況のようですが、この作品はいますぐポチって欲しいですね! 

 あと、物語の面白さとともに、翻訳のすばらしさも触れておきたいです。東江一紀先生の翻訳がぴったりあっていたと思います。そして訳者解説もすばらしかった! 冒頭の一文が……

 待てばカイルの日和あり。

 これが日本語力っていうものなの……? という気がしました。ハイ。若干遠い眼になってしまいましたが、とにかく面白い作品ですので、未読の方はぜひ!

【北上次郎のひとこと】

 ダンカン・カイルはイギリスの冒険小説作家で、1970年の『氷原の檻』でデビュー。当初は大空や海の冒険を描いて手堅く読ませたが、逆にいえば、オーソドックスであり、日本でブレイクしなかったのもやむを得ない。

 カイルが変わるのは1980年代に入ってからで、1983年の異色作『革命の夜に来た男』はそれまでの作風をがらりと変えた傑作だった。本書はその1980年代のカイルの代表作といっていい。

 したがって、これが面白かったからといって、1970年代の作品を古本屋で探して読むと、おやおやこんなはずではなかったとなるかもしれないので要注意。

東京創元社S

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入社4年目の小柄な編集者。日々ミステリを中心に翻訳書の編集にいそしむ。好きな食べ物は駄菓子のラムネ。2匹のフェレット飼いです。5月に福岡読書会にお邪魔して、自分で編集した本が課題になった幸せをしみじみ味わいました。TwitterID: @little_hs

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