コージーミステリのヒロインといえば、好奇心旺盛で人情に篤く、料理やお菓子作りや裁縫やガーデニングや子育てといった特技を持ち、たいていは品行方正、あまりダークサイドに行っちゃってる人はいない。まあなかには不倫する人やら、証拠を隠匿する人やらもいるにはいるけど、だいたい基本はいい人。だが、M・C・ビートンの〈英国のちいさな村の謎〉シリーズのアガサ・レーズンはちょっとちがう。コージーには珍しい腹黒(?)ヒロインなのだ。

 ま、それはちょっと言いすぎにしても、なかなか異色なんですよ、このヒロイン。

 本国で二十二作目まで刊行されているシリーズの第一作、『アガサ・レーズンの困った料理』は、ロンドンのPR業界でがむしゃらに働いてきたアガサ・レーズンが仕事を引退し、優雅な隠居生活を送るべく、イギリス中部地方コッツウォルズの村カースリーに購入したコテージに移り住むところからはじまる。

 レーズンと言えば干しブドウ(綴りも同じです)。干しブドウ→しわくちゃ→おばあさん、なんてつい想像したくなるけど、アガサは五十三歳、老けこむにはまだ早い。これからひと花もふた花も咲かせてやろうじゃないの、という年齢だ。努力次第ではすてきな美魔女にだってなれるかもよ?

 でもアガサは「ありふれた茶色の髪に、平凡な角張った顔、がっちりした体つき」で「色気ゼロ」。工場労働者出身のたたきあげで、なりふりかまわず働いてきたおかげで仕事が友だち、生身の人間の友だちはひとりもいない状態。女を捨ててるわけじゃないけど、美魔女願望はあまりない様子。

 じゃあコージーの必須項目、料理はどうかというと、これが全然ダメ。なんせ邦題が「困った料理」だ。なのにアガサは、カースリーに引っ越してきた早々、キッシュ・コンテストにエントリーしてしまう。で、どうするのかと思ったら、なんとロンドンのデリカテッセン、その名も〈キッシュリー〉でキッシュを買い、自分の名前を書いて出品。これで優勝はまちがいなし、やっぱり都会から来た人はちがうわね〜と一目置かれ、みんなにちやほやされるにちがいないとほくそ笑むのだ。

 ええっ、マジすか! いや〜ん、作ってみたけど失敗しちゃって、これで勘弁して〜ってわけじゃなくて? なんのためらいもなく、最初からズルするつもりでエントリーしちゃうわけ?

 コージーのヒロインは、ちょっとドジで抜けていても、負けん気が強くても、とりあえず「善良」であってほしい、というのは読者の願いなのか刷りこみなのか。たいていは「天使」のヒロインが、いきなりの「悪魔」カミングアウトとくれば、これはちょっと逆に興味をそそられる。ついにダークなコージーヒロインの登場か!?と予想外の展開を期待してしまうのはわたしだけではあるまい。

 しかし、悪いことをするとしっぺ返しが待っている。優勝を逃したどころか、アガサのキッシュを食べた審査員が急死してしまい、警察にもう一度キッシュを作ってくれと言われたアガサは大ピンチ。警察相手にキッチンで大恥をさらし、なんだ、このおばさん、なんも作れないんじゃん、とバレたおかげで容疑は晴れるのだが。これで村での評判はがた落ち(最初からよくもなかったけど)。超へこむわ〜。

 でも、ここでへこんだままにならないのがアガサのいいところ。PR業界で培ったプレゼン能力と押しの強さで、自分をはめた犯人さがしに乗り出すのだ。ここからはアガサの面目躍如。さすが生き馬の目を抜くロンドンのPR業界でブイブイ言わせてきた(死語?)だけのことはある。

 そもそも、目的のためには手段を選ばないのは、キャリアウーマンだったアガサにとってあたりまえのこと。キッシュのことも悪気はなかったのだろう。村ではひそかにあんなことやこんなことが進行していたわけで、みんなそれなりに腹黒いみたいだし。こっちもちょっとぐらい毒がないと太刀打ちできないもんね。

 田舎というのはなんとなく閉鎖的で、よそ者に冷たいという印象があるが、今後村人たちが“威勢のいいヒロイン(訳者あとがきより)”をどう受け入れていくのか、アガサ自身どう変わっていくのかが、読みどころになっていくのだろう。ときおり腹黒さを見せつつ、田舎の偏見と戦いながら、うまく村になじんでもらいたいものだ。

 英国一美しいと言われるコッツウォルズ地方を舞台にした、ちょっぴり毒があるけど憎めないコージーヒロイン・アガサの、どこかトホホな彼女の隠居生活。こんな「おひとりさまの老後」も悪くない!?

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)

神奈川県生まれ。ジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ・シリーズ〉(ヴィレッジブックス)、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&Bシリーズ〉(武田ランダムハウスジャパン)などを翻訳。趣味は読書とお菓子作り。

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