占領都市 TOKYO YEAR ZERO IIOccupied City

 デイヴィッド・ピース/酒井武志訳

 発売中/文藝春秋単行本:定価2100円

 帝銀事件。その毒と狂気が東京を汚す。

 忌まわしい事件に関わった12人が語る

 12の物語——《東京三部作》、戦慄の第2作。

 異形の文字が紡ぐ文学の劇物がここにある。

 1948年。雪の夕方。帝国銀行椎名町支店を白衣の男が訪れた。GHQの指示で赤痢の感染を防ぐべく来たという男は、そこにいた従業員らに「予防薬」を飲ませた——劇薬の青酸化合物を。わずかな生存者を残し、12人の行員らが死亡した。日本犯罪史上に悪名高い帝銀事件である。

 生命を奪われて涅槃をさまよう犠牲者たちのうめき。わずかな物証を追う第一の刑事のあえぎ。生き残った若い娘のみる悪夢。帝国陸軍731部隊の暗部に触れた米ソの調査官を見舞う恐怖。事件の背後に邪教の気配を幻視する探偵の狂気。

 せめぎあう嘘と真実の狭間で新聞記者は苦悩し、占領下の街を汚れ仕事で支えるヤクザは哄笑し、無実の罪で死を宣告された男がつぶやく。そして毒殺犯と軍とのつながりを知った第二の刑事は絶望に沈み、禁じられた科学と黒い狂気を抱えた毒殺者が独白する。

 最後に詠われるのは大いなる黒いものに愛する者の生命を奪われた者たちの悲歌。

 『TOKYO YEAR ZERO』につづいて鬼才デイヴィッド・ピースが送り出す《東京三部作》、「帝銀事件編」、ついに登場です。芥川龍之介の「藪の中」にインスパイアされた構造で、帝銀事件の暗い闇が描かれてゆきます。

 駆使される12の異形の文体。東京を覆う禍々しく黒い霧。「ミステリ」という小説が宿痾として抱える「理性による予定調和」を、その内側から破壊するアンチ・ミステリであり、その意味でも文体の魔力という意味でも、現代文学ファンにも是非読んでいただきたい作品です。こんな小説はめったにありません。

(文藝春秋翻訳出版部N)