やまねこ翻訳クラブは「月刊児童文学翻訳」というメールマガジンを発行しています。そのなかで、わたしは2000年6月から約4年間、「親ばか絵本日誌」というエッセイを連載し、息子が生後3か月から5歳ころまで、ふたりで絵本を楽しんだ記録を親ばかモード全開で紹介していました。それから月日はながれ、絵本『おやすみなさいおつきさま』のページをめくるたび赤い風船を指さしていた息子も、いまや中学2年生。わたしより身長が5センチ高く、毎日部活をしているせいで腹筋がわれるほどになりました。

 中1のある日、宿題をするために国語の教科書を読んでいた息子が「おかあさんの本棚にあるウルフって人の話が教科書に載ってるで」といってきました。見ると、ウルフ・スタルクの「シェークvs.バナナ・スプリット」。これはうちにある『うそつきの天才』に収められている短篇です。さっそく『うそつきの天才』と『恋のダンスステップ』を読むようにすすめると、一気読みしてニヤリ。おもしろかったようです。このときわたしもせっかくなので再読しました。「シェークvs.バナナ・スプリット」の冒頭、14歳の〈ぼく〉が鏡を見ながらこう思います。「いままでのぼくは、なかなかかわいい顔をしていた」。それがいまは「金色だった髪は茶色く、ちぢれている」「鼻の頭には、赤いものがぷちっとできた」(菱木晃子さん訳)。うちの息子とそっくり同じではないですか。10年くらい前に読んだときはスルーしていたのに、このときは冒頭だけで涙腺がゆるみました。うちのかわいかった息子もいつのまにか思春期をむかえ、なぜだかくせっ毛になり、顔にはにきびがちらほら。それで気がついたのです。大きくなって手がかからなくなり、やれやれよかったとほっとしている場合ではない。中学生のいまこそ、うまく誘導して本を読ませなくては!

 小学生のときは、まあそこそこ本を読んでいました。ざっと振り返りますと、2、3年生のころは「ジュディ・モードとなかまたち」シリーズが好きでした。女の子が主人公ですがガーリーすぎず、男の子の読者も、毎巻ひとつのことに夢中になるジュディに共感できます。とくにテンポのいい文章やダジャレが息子の笑いのツボにぴったりはまったようです。3、4年生のころはなんといっても江戸川乱歩の少年探偵団シリーズ。お菓子やゲームより読書に集中する姿を見たのはこれが最初でした。また、当時人気があった「デルトラ・クエスト」「グースバンプス」「ホラーバス」シリーズはしっかりおさえ、さらに「グレッグのダメ日記」「ドラゴン・スレイヤー・アカデミー」シリーズも楽しく読んでいました。

 そして小6、卒業式のすこし前に読んだのが『ザ・ギバー』です。わたしの大好きなこの本を息子が本棚から出して、ゲームもテレビもそっちのけで夢中になって読んでいたのを、いまもうれしく思い出します。YAの扉を開いたなと感じました。勢いにのって、このままYAの世界へ入ってほしい。そこで、『ザ・ギバー』が好きならきっと好きなはずだと『チョコレート・アンダーグラウンド』をすすめました。身近なチョコを題材にしているし、自分にとって大切なことを守るために、大きく強い力に抵抗し、運動するという選択肢があることを知らせる機会にもなると思ったのです。ところが、運悪く(いや、運良く?)ケーブルテレビでアニメ映画『チョコレート・アンダーグラウンド』の放送があり、先に観てしまいました。案の定、息子にとって胸を熱くするストーリーだったようですが、「観たからもう読まんでもええ」といい、残念ながら読まずに終わりました。いまからでも読んでほしいなあと、わたしはずっと思っているのですけれど。

 さて、子どもが中学生になってはじめてわかりましたが、中学生はとっても忙しいのですね。部活が大好きで、自由参加の朝練に行き、放課後も暗くなるまで部活。おまけに宿題は多いし、塾まであります。読書をする時間はなかなかとれないようです。そうはいっても、ゲームをしたり、テレビを見たり、インターネットをうろうろしたりはできているわけですから、その気になりさえすれば、読書の時間はあるはずなんですよね。そんな正論が通じれば苦労はしないのですが。また、中学生になってから、息子はおそろしく遅読になりました。わたしの大のおすすめ、ルイス・サッカーの『穴』を読み終わるまで2か月くらいかかっていました。そんなに時間がかかったら、せっかくのストンと落ちる良さがわからないでしょと思うのですが、本人はけっこうおもしろかったといっています。とにかくまあ遅読でもいいから、なんとか本を読ませたいと、おせっかいな母はあれこれ作戦をしかけることにしました。

 昨年9月9日、こちらのサイトで紹介された「翻訳ミステリー長屋かわら版・第19号【読書探偵応援団】」を読んでひらめきました。中学生男子の読書にはエッチな要素が必要なんだ! というわけで、『キリエル』と『はみだしインディアンのホントにホントの物語』を、ごく自然に、さりげなく、「ちょっとエッチなことも出てくるかも」みたいな感じですすめてみました。すると「いいわ。読まへん」と無表情でばっさり。作戦失敗です。考えてみれば、母親からそんなすすめかたをされては手にとりにくいですよね。『キリエル』は堕天使が人間の体にはいりこみ、人間にとってはなんでもないような日常をはじめて経験し、驚き、喜ぶお話。読者に自分のまわりのものを、新たな目と感情で見直させてくれます。『はみだしインディアンのホントにホントの物語』は、アメリカ先住民の主人公が自分の希望を見つけるためにインディアン保留地を出て、単身、白人ばかりの学校へ転校する話で、人種差別という難しいテーマをあつかいながら、ユーモアたっぷりの明るいトーンで綴られています。どちらもエッチな部分はさておき、心にひびく、とてもいい本なので、もっと正攻法で息子にすすめればよかったです。

 今年5月の母の日にプレゼントを買うお金がないとぶつぶつ文句をいっているのを聞いて、また作戦を思いつきました。「母の日のプレゼントに、本を読んでよ」「えー、なんやねん、それ」といいつつも交渉成立。『ザ・ギバー』を読んでいたときのように夢中な姿をもう一度見たいと思い、同じ系統の本を考えました。現代の暮らしにとても近いのだけれど、突出して進化した部分があって、それがぞぞっと恐い近未来もの……ということで、『世界でたったひとりの子』をすすめました。表紙を見てもあまり読みたそうにしなかったので(すみません!)、あとがきを先に読んでみるという奥の手を教えました。これが成功。息子は金原瑞人さんのあとがきの冒頭で心をつかまれ、母の日のプレゼントはこの本を読むことに決めました。老化防止薬が発明され、超長寿世界になり、その結果、子どもの誕生がものすごく珍しいという社会を描いた物語です。主人公の少年もそうですが、人数が少なく貴重な子どもは、お金で貸し出されます。成長を止める薬をすすめられる主人公の少年は……。誰得な母の日プレゼントでしたが、息子は1か月くらいかかって読み終えました。

 さて、夏休みに「本2冊の感想文を書いてくる」という宿題が出ました(感想は短めでOKだそうです)。よっしゃーとわたしはひそかに喜び、どの本がいいかなとあれこれ考え、まず1冊、『チ・カ・ラ。』をすすめました。13歳の誕生日に不思議な〈チカラ〉が開花する家系に生まれた主人公の少女。兄たちは電気をつくるチカラや嵐を起こすチカラ、母親はなにごともカンペキというチカラを持っています。どんなチカラを持てるのかは、13歳の誕生日が来るまでわからないのです。読者に、自分にはどんなチカラがあるのだろう、何ができるんだろうと考えさせてくれるすてきな本です。ところが、息子はまず333ページの厚みを見て、夏休みが終わるまでに読み終える自信がないから、2学期になってからゆっくり読むといいました。文字が小さくてぎっしりというわけではないのに……わたしとしてはがっかり。母の気持ちなどおかまいなしで、息子は母の日プレゼントで読んだ『世界でたったひとりの子』の感想をまず書きました。

 宿題の2冊のうち、1冊くらいは読もうよ、夏休みなんだから。毎日部活に行き、感想文以外にも大量に出された宿題に時間をとられながらも、遅読の息子が夏休み中に読み切れる本ということですすめたのは『怪物はささやく』でした。絵が多く、文字は少なめ。でも内容はどう考えても、小学生向けではなく中学生向けです。ホラー好きの息子は、ぐいぐい引き込まれて読みはじめ、1日ちょっとで読了。「晩ごはんだよ」の声かけに「あともうちょっとで読み終わるから」という、ひさびさにうれしい返事を聞きました。読み終わったら、なんとも微妙な表情で「はー」と息をはき、「むずかしい話やったわ」とぽつり。その後、結末について親子で話をしましたが、まっすぐ明るいだけではないこういう感情も知り、おとなになっていくんだなあとしみじみ思いました。『怪物はささやく』の内容についてくわしくは「月刊児童文学翻訳」2012年7月号をご覧ください。

 さて、そろそろ「おれのことをネタにするのはやめてくれ」といわれそうなので、このあたりで終わります。いまに「うざいおかん」と呼ばれそうな気がしますが、おとなになるまであと数年、しつこく本をすすめていくつもりです。

吉井 知代子(よしい ちよこ) 兵庫県在住。大阪市立大学卒業。訳書に『キノコ雲に追われて』(あすなろ書房)、『救助犬ベア』(金の星社)、「ポップ・スクール」シリーズ(アルファポリス)ほか。やまねこ翻訳クラブ会員。

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