本国スペインにて初版発行部数100万部、国外に目を転じれば世界50国語以上に翻訳され、前作『風の影』とあわせて2000万部を超える売りあげをたたきだしているという、スペイン語圏エンターテインメントとしてまさに破格の成功を収めているカルロス・ルイス・サフォンの第2作『天使のゲーム』がついに日本にも上陸した。本国で原作が発刊されたのが2008年、『風の影』の日本での出版が2006年だったことを思うと、待ちに待ったよ……という感じである。

 じつは前作の『風の影』はまだ本国で出版されて間もないころ、原書で読んだ。たしかにおもしろい、プロットは巧妙だし、ストーリーは上質、しかも本を巡る物語と来てる。でもさ、おもしろいけどすごく分厚い。それにこれってメロドラマじゃ? 日本でウケるかね……というわけで、疑問符をつけました。いまさらですが、すみません、伏してお詫びいたします(だれにともなく……)。“よい物語を読みたい”素地というのはつねにあるものなのだと痛感したと同時に、自分の目の節穴さ加減に忸怩たる思いです。

 そして今回の『天使のゲーム』である。ただでさえなかなか翻訳されないスペイン語エンターテインメントがすこしでも日本に根づくきっかけになればと、不肖宮崎、勝手に応援団長を務めさせていただきます。

 物語は『風の影』をさかのぼることおよそ30年、内戦の影もまだ遠い1917年のバルセロナに始まる。歴史あるカタルーニャの都であり、交易と産業で栄えたこの街は、だからこそ古き時代と新しき時代、富める者と貧しき者が共存する矛盾と魅力を持つ。まさに、バルセロナという都市そのものが物語の第二の主人公といえる。訪れたことがある方ならご存じかもしれないが、とりわけ物語の中心となるゴシック地区(バリオ・ゴティコ)は、暗鬱な色合いの高い石壁と無骨な石畳の路地が迷路のように入り組み、いまにも鎧兜の騎士がぬっと現われそうな場所で、無数の本が埋もれる「忘れられた本の墓場」が実際にどこにあったとしても不思議ではない。

 作家志望の17歳の若者ダビッドが、謎のパトロンから、高額の報酬と引き換えに?宗教を生みだす?小説を執筆してほしいという依頼を受けたことに端を発し、次々に不可解な事件に巻きこまれていくのだが、前作とおなじく過去と現在が交錯し、ロマンスと文学とミステリが絡んでくるあたり、サフォン節全開である。

 しかし、前作を読んでちょっと甘めかなと思った向き、上巻を読んだところで、やっぱりと思わないでいただきたい。下巻にはいり、もうまるで違う展開が待ち受けているのだ。ダビッドが移り住んだ〈塔の館〉という奇妙な屋敷と、いまは亡き謎の家主がダビッドの人生に影を落としはじめるや、夢ともうつつとも狂気ともつかぬ、一種幻想小説の体を成していき、しだいに読者を恐怖の鎖でがんじがらめにする。ゴシック・ミステリ、いやゴシック・ホラーとも呼ぶべき怪作です。また静謐で茫洋としたラストがいいのだ!

 著者は『風の影』の前にヤングアダルト向けのホラーを何作か書いていたので、それほど意外ではないのかもしれないけれど、個人的にはおおいに驚かされた(そしてどちらかというとこちらのほうが好み)。もちろんストーリーテリングのうまさは健在で、前作のファンもけっして期待を裏切られないはずなのでご安心のほどを。

 本作は1作目の『風の影』へとつながっていくのだが、さらに、すでに本国では出版されている第3作目 El prisionero del cielo(天の虜囚)では(「忘れられた本の墓場」シリーズは全4部作となります)、舞台を1957年のフランコ独裁時代に移して、『風の影』のダニエル少年(大人になりすでに所帯も持っている)を主人公に、あの愛嬌たっぷりの相棒フェルミンの過去が事件の発端になるようだ。本書の主人公ダビッドも絡んでくるらしく、「4部作のどこから読んでもらってもかまわない」と著者サフォンはインタビューで語っているが、ここはやはり1作目2作目を読んでから臨みたいところだろう。今度はどんなサフォンが見られるか、楽しみである。

宮崎 真紀(みやざき まき)

スペイン語・英語翻訳者。おもな訳書はフェリクス・J・パルマ『時の地図』(ハヤカワ文庫NV)など。趣味は積読。ときどき芝居小屋に出没(出るほうではありません)。

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