20110910144630.jpg 田口俊樹

 遅まきながら、アーナルデュル・インドリダソンという著者名がどうしても覚えられない『湿地』(柳沢由美子訳)を読みました。

 面白かったあ!

 いいですねえ、この主人公のエーレンデュル捜査官。頑固おやじで、辛辣すぎて受けないジョークを言ったり、子育てに失敗したりしてるところは、拙訳で恐縮ながら、マイクル・Z・リューインのパウダー警部補を思い出しました。

 きわめてオーソドックスな警察小説で、ことさら新味というものは感じられないのだけれど、新しいものがごろごろしている現代だからこそ、逆に新しさなんて二の次三の次でいいってことがこういうすぐれた作品に接するとよくわかります。

 あと、書評家の川出正樹さんがもうひとつの「本書のクライマックス」とまで解説に書いておられる、このおやじがヤク中の娘に、溜めに溜めた怒りを爆発させるシーン。いいですねえ。この場面を読むだけでも本書一冊を買う価値があるんじゃないかと思えるくらい感動しました。心に残る名場面。電車の中で読んでたんですけど、不覚にも落涙したです、私。もう感情移入しまくりで。共通点なんて何ひとつないのに。私自身は頑固おやじじゃ全然なくてゆるゆるおやじだし、娘もジャンキーじゃないし、心温まる、受けるジョークしか言わないのに(異論もあろうが。)

 でも、大きく出ると、こういうのが文芸の力ですよね。音でもない、形でもない、色でもない、ことばが凡夫の乏しい想像力を心地よく掻き立ててくれて、異化と同化がいっぺんにできちゃうところ。その快感、そのカタルシス。

 傑作です。

(たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬とパチンコ)

  20111003173346.jpg  横山啓明

前回も書きましたが、夏は

窓を開け放して仕事をしています。

仕事部屋の窓辺に風鈴を吊るしているので、

仕事中にときおり、リーンと高く鳴ります。

はい、チリチリチリと鳴る江戸風鈴ではなく

南部風鈴。この高く澄んだ音色が好きです。

仕事に追われて余裕がないときでも、

この音が響くとはっとして心が潤います。

涼を呼びます。

なぜ、風鈴の音がこれほど快感なのか、ちょっと

調べてみたら、「小川のせせらぎや小鳥

のさえずりなど自然界にある音と同じ高周

波であるため」とのこと。なるほど。

音響彫刻のミニチュアを出窓に飾りたいと

思っています。こんなの、売ってないよね?

どなたかご存じの方がいらしたら、教えてください。

そうそう、何度かここで書いたJ・G・バラード

『ヴァーミリオン・サンズ』のなかにも音響彫刻が

出てきますね。

(よこやまひろあき:AB型のふたご座。音楽を聴きながらのジョギングが日課。主な訳書:ペレケーノス『夜は終わらない』、ダニング『愛書家の死』ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』アントニィ『ベヴァリー・クラブ』ラフ『バッド・モンキーズ』など。ツイッターアカウント@maddisco

20120301171436.jpg 鈴木恵

S・J・ボルトン『毒の目覚め』を読んでいるところ。ボルトンの邦訳は『三つの秘文字』に続いて2作目ですが、この作家の特徴が何となくわかってきたような。外連味(けれんみ)たっぷりの謎を冒頭からつるべ打ちにして読者をがっちりつかむタイプですね。今回は蛇のつるべ打ち。コージーミステリーの舞台になりそうなイギリスの静かな村で、家の中に突然何十匹もの蛇が出現したり。熱帯に棲むはずの世界最強の毒蛇が見つかったり。蛇のつるべ打ちのあいだに、死んだはずの男が幽霊のように現れたり。いったいどうしてそんなことが? これから下巻を読んで真相に迫りたいと思います。

(すずきめぐみ:文芸翻訳者・馬券研究家。最近の主な訳書:サリス『ドライヴ』 ウェイト『生、なお恐るべし』など。 最近の主な馬券:なし orz。ツイッターアカウント@FukigenM

  20111003173742.jpg  白石朗

 ミステリマガジン10月号掲載の恩田陸氏インタビュー(インタビュアーは杉江松恋氏)で、恩田氏が「子供のときの読書で、一番印象に残っているのはNVなんですよね」と語っておられる。つづけて愛読したという七冊があげられているが、不肖わたしもかつて熱中したタイトル、作家がずらり。いや、じっさいNVはぼくにとって“海外のおもしろい小説”の宝庫だった。SF好きだったので最初に手にとったのは『世界の小さな終末』『1984年』あたり。ブラッドベリはもう少しあとか。

 それにしても……スタインベックやリチャード・ライトやシュールバーグやJ・ヘラーやパゾリーニやヴィアンやG・グリーンが、ル・カレやマクリーンやヒギンズやクライトンやR・コンドンやゴールドマンやギャリコやI・ショーやJ・ヒルトンやL・サンダーズやD・シモンズと肩をならべ、〈ボライソー〉が〈オズ〉や〈モダンホラー・セレクション〉(NV文庫のレーベル内レーベルだ)と同居している文庫というのは相当に“変”だ。まあ、そのおかげで、B・リード『評決』、P・フリードマン『合理的な疑い』等リーガル・サスペンスの傑作もみんなこの叢書に教わったし、ロビン・クックをはじめメディカル・サスペンスの良作にも触れられたわけだ(例:R・ドゥーリング『集中治療室』)。B・マーティン『ブロードウェイの彼方』のような紹介が早すぎたベストセラー・ロマンスものも浅倉久志さんのユーモア・スケッチ傑作選も忘れがたいが、ひっそりと偏愛しているのはひところ立てつづけに出たC・クロッツの妙ちきりんな作品群と、こちらはこの一作だけのF・ピカーノ『透きとおった部屋』だったりする。

 ぼくが「翻訳ミステリ」という言葉のなかみを漠然と考えるとき、そのかなりの部分を占めているのがNV文庫(的な作品群)であることを、前記インタビューは思い起こさせてくれました。

(しらいしろう:1959年の亥年生まれ。進行する老眼に鞭打って、いまなおワープロソフト「松」でキング、グリシャム、デミル等の作品を翻訳。最新訳書はブラッティ『ディミター』、デミル『獅子の血戦』、ヒル『ホーンズ—角—』、キング『アンダー・ザ・ドーム』など。ツイッターアカウント@R_SRIS

 20120102101224.jpg 越前敏弥

 10月7日に金沢で講演会をやるんだが、実はこの日のメインイベントは、そのあとの読書会。金沢ミステリ倶楽部というところがレーン4部作の読書会を企画してくださったので、それに参加してきます。金沢ミステリ倶楽部は、非常に熱心なミステリファンのみなさんが5年ほど前にはじめて、ほぼ毎月例会を開催してきたというすばらしいサークル。参加者は老若男女、高校生も含めていろいろとのこと。これまでの活動記録はここにあります。翻訳物限定ではないものの、わがシンジケート後援の読書会の大先輩にあたるので、あれこれお話をうかがって、今後の参考にさせていただくつもり。お近くのかたはぜひごいっしょにどうぞ。 

(えちぜんとしや:1961年生。おもな訳書に『解錠師』『夜の真義を』『Yの悲劇』『ダ・ヴィンチ・コード』など。趣味は映画館めぐり、ラーメン屋めぐり、マッサージ屋めぐり、スカートめくり[冗談、冗談]。ツイッターアカウント@t_echizen。公式ブログ「翻訳百景」 )

20111003174437.jpg 加賀山卓朗

 来月早々、デニス・ルヘインの新作Live By Nightが本国で発売になる。一応『運命の日』の続篇ですが、ほとんど独立した作品で、時代は禁酒法下の20年代から30年代。禁酒法といえば、そう、ギャングですね。もぐり酒場、フェドーラ帽、トミーガン。ボストンのコグリン家の三兄弟のなかでいちばんおとなしかった末っ子のジョーが、なんとフロリダ州タンパでギャングに……飛躍しすぎでね?

 翻訳もひととおり終わりました。発売はまだ先ですが、この作家ならではのギャング小説があまりに愉しかったので、ここでフライングいたしました。

(かがやまたくろう:ロバート・B・パーカー、デニス・ルヘイン、ジェイムズ・カルロス・ブレイク、ジョン・ル・カレなどを翻訳。運動は山歩きとテニス)

20111003174611.jpg 上條ひろみ

 前回の長屋にも書いたネレ・ノイハウスの『深い疵』がおもしろかったので、同じドイツミステリということで、セバスチャン・フィツェックの『アイ・コレクター』を読みはじめたところ。ノンブルが逆になっていて、エピローグからはじまり、一ページで終わるというたくらみに満ちた作り。ん? でも単純に時間がさかのぼっていくわけではないようだ。しかも冒頭でいきなり「わたしは今ただちに忠告したい。このあとを読んではいけない」。ええ〜どうすればいいの〜! 一ページ目から、じゃなくて四百五ページ目から、思いっきり翻弄されています。もちろん読むなと言われても読むよ!

(かみじょうひろみ:神奈川県生まれ。ジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ・シリーズ〉(ヴィレッジブックス)、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&Bシリーズ〉(武田ランダムハウスジャパン)などを翻訳。趣味は読書とお菓子作り)