20110910144630.jpg 田口俊樹

 ダメ男は生涯ダメ男のままということだろう。四十歳でふらふらしているやつは六十になってもふらふらしている。

 書評七福神九月ベストに載った北上次郎氏のサビッチ評です。あのスコット・トゥローの名作『推定無罪』と新作『無罪』の主人公のね。私、わが眼を疑いました。

 だってサビッチ、いいやつじゃん!

 もちろん、いいやつだからってダメ男でないとはかぎらない。いや、むしろいいやつなんだけどダメ男ってけっこういそうです。でも、ですよ、北上さん、『推定無罪』であんなことになって、その後、奥さんが心を病んだのを知って、サビッチくんはそれまで別居してたのに、そんな奥さんのためにまた同居するんですよ。そのあとは女房ひとすじ、奥さんに文字どおり寄り添い、二十余年もともに過ごすんですよ。こういう男を、北上さん、あなたはダメ男って言うわけ? あっぱれな男じゃないですか。立派じゃないですか。繰り返しますけど、二十余年、女房ひとすじなんですよ。そこんとこわかってます? 仕事を理由に土日しか家に帰ってこないような夫とはちがうんですよ、北上さん。

 そんな石部金吉サビッチが還暦を迎えようという頃になって、ついふらふらとなったからってねえ。しかも、親子ほども歳が離れた実に魅力的で、棒きれをくっつけたみたいないまどきのモデルみたいな手合いじゃなくて、肉感的な(ここ、ワタシ的にはポイントです。誰も訊いてない? あっそう)若い女のほうから言い寄ってくるんですよ。北上さんはふらふらしない? 絶対すると思うけどなあ。いや、もっと言えるな。ここでふらふらしなくてどこでふらふらするんだ、きみは!

 なんの話だったか……

 そうそう、ダメ男とは思わないけれど、サビッチくんはつくづく運の悪い人で、いい歳になって、運が悪いというのは本人にも幾許かの責任はありそうで、そこは認めますがね。それにしてもねえ。三十年以上の結婚生活で、たった二回の浮気でもって、二回とも人生狂わされちまうんですからね。『推定無罪』ではあんなことに、今度の『無罪』ではこんなことになっちまうんですからねえ。いいですか、繰り返しますけど、たったの二回ですよ。たった二回の浮気が二回ともばれちゃうなんてねえ。ほんと、サビッチくん、運、悪すぎ。もう一回繰り返しますけど、たったの二回ですよ、たったの……あれ、北上さん、私、なんか語るに落ちてる?

(たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬とパチンコ)

  20111003173346.jpg  横山啓明

先日、専修大学で開かれた『越境する言葉、幻の東京』

という催しへ行ってきました。話もおもしろかったので

すが、なんといってもデイヴィッド・ピース氏の朗読が

深く印象に残りました。テクストを読んで自分の頭の中

に繰り広げていたのとはまったくちがう世界をつきつけ

られたのです。

文字を目で追っているとき、そこに音の緩急、強弱はあ

りません。音に関しては平板なんです。

ピース氏の文章は、もともと音楽的ですが、朗読によって

それがよりはっきりとわかりました。

文字による意味の世界に音が絡み出し、この音が作品を

別のものに作り替える、世界に厚みを出す。

『トーキョー・イヤー・ゼロ』で執拗に繰り返される

「トントン。トントン。トントン」や「チクタク。チクタク」

という擬声語。そのリズムの心地良さ。メロディーを

支えるリズム楽器です。目で読んでいるときには、

こんな効果があるとは気づきませんでしたね。

欧米では作家による朗読会が盛んに開かれていると

知っていましたが、朗読にこれほどの力があるとは!

こういう企画、これから増やしていきたいな。

(よこやまひろあき:AB型のふたご座。音楽を聴きながらのジョギングが日課。主な訳書:ペレケーノス『夜は終わらない』、ダニング『愛書家の死』ゾウハー『ベルリン・コンスピラシー』アントニィ『ベヴァリー・クラブ』ラフ『バッド・モンキーズ』など。ツイッターアカウント@maddisco

20120301171436.jpg 鈴木恵

悪夢を見るのが好きな人っているでしょうか。ぼくは大好きなんですが。とりわけ、何かに追われてひたすら逃げる夢が。ひところは毎晩のように見てました。どこに隠れても、どんなにうまく追っ手をまいても、かならずバレちゃって、逃げようにも自分の動きがやたらとスローモーだったり、ペダルが異様に重かったり。で、目が覚めるとぐったり疲れてるんですが、すぐにまた続きが見たくなっちゃうという悪夢好き。だからその昔ウォルター・ヒルの《ウォリアーズ》(1979)という映画を見たときは、やられた! と思いました。ストリートギャングの一団がニューヨーク中のギャングに追われながら、ブロンクスから自分たちの地元コニーアイランドまで夜の街をひたすら逃げるだけの映画で、まさにぼくの悪夢がスクリーンに映し出されているような気がしたもんです。そんなわけで、ジェフリー・ディーヴァー『追撃の森』も、ぼくの好みに(いまのところ)ぴったり。寝ようと思いながらもページを繰る手が止まらず、悪夢を見る時間も惜しんで読んでます。

(すずきめぐみ:文芸翻訳者・馬券研究家。最近の主な訳書:サリス『ドライヴ』 ウェイト『生、なお恐るべし』など。 最近の主な馬券:なし orz。ツイッターアカウント@FukigenM

  20111003173742.jpg  白石朗

 銀行で記帳をすませた通帳を見て「?」となりました。振込人欄に「給与」と印字されている入金があったのです。こちらは給与と無縁になってから、四捨五入で20年。昔の勤務先で未払い給与が見つかって親切に振り込んでくれたのかしら、いやまさか、振込ミスかな、ま、そのうち連絡があるだろうし、問いあわせもしてみるか……と、思いつつも忘れて2〜3週間後。ニュース番組で「勝手に銀行口座に入金し、あとで法外な利息つきの返済を迫る闇金の“押し貸し”の被害が急増中」と知って、もしかしたらアレか? ……と、青ざめました。

 あわてて「押し貸し」をググると、それなりに怖い話がいっぱい。体験談のなかには「キュウヨ」名目での入金が出発点だったという、思いあたるふしがありまくりのものもあったり。金曜夜とあって銀行に問いあわせるわけにもいかず、夜中に怖い電話がかかってきたり、ドアをがんがん叩かれたりしたらどうしようと小心者らしく震えながら、知りあいの弁護士さんの名刺をさがしたり、口座変更の手間を思って沈んだり。

 その後、手もとの書類を改めて調べた結果、あっさり入金者が判明して一件落着。ま、おもしろくもない顛末ですが、世の中にはいろいろな手口の犯罪があり、うかうかしてはいられないと思い知らされたひと幕。ついでにいつの日か闇金ミステリーを訳すかもしれないので参考にと「押し貸し 英語」でググったところ、Googleの翻訳サイトで「Lend Press」と出たのですが……これ、たぶんちがいますよね?(説明的な英訳は「loan forcefully imposed on the borrower」らしいのですが)。

(しらいしろう:1959年の亥年生まれ。進行する老眼に鞭打って、いまなおワープロソフト「松」で翻訳。最新訳書はグリシャム『自白』、ブラッティ『ディミター』、デミル『獅子の血戦』、ヒル『ホーンズ—角—』、キング『アンダー・ザ・ドーム』など。ツイッターアカウント@R_SRIS

 20120102101224.jpg 越前敏弥

 きのう、読書探偵の全応募者宛に参加賞と選考委員コメントを送りました(写真・左が昨年、右が今年の参加賞のクリアファイル)。コメントはひとりひとりに1次選考委員ふたりからひとことずつ書き送っています。来年もぜひご協力をよろしく。20121102081257_120.jpg

 イベントカレンダーにも載せてもらっていますが、11月22日の翻訳百景ミニイベントは、『なんでもわかるキリスト教大事典』の著者・八木谷涼子さんをゲストにお迎えして1時間半余りたっぷりお話をうかがいます。「日本一のキリスト教オタク」とも呼ぶべき八木谷さんならではの、キリスト教関係の調べ物などについてのトークは、翻訳出版関係者だけでなく、海外文化に興味のあるだれにとっても楽しめる時間になるはず。内容やお申しこみの詳細はここをご覧ください。

(えちぜんとしや:1961年生。おもな訳書に『解錠師』『夜の真義を』『Yの悲劇』『ダ・ヴィンチ・コード』など。趣味は映画館めぐり、ラーメン屋めぐり、マッサージ屋めぐり、スカートめくり[冗談、冗談]。ツイッターアカウント@t_echizen。公式ブログ「翻訳百景」 )

20111003174437.jpg 加賀山卓朗

「兵士たちが持つランタンに動きがあり、そのうちのひとつが軍服の腕によって馬車のなかに入れられ、腕とひとつの体でつながっている眼が白髪の紳士を見た」などという表現が頻出する昔の小説を翻訳中。要するに、兵士が馬車にランタンを入れて、なかにいる人間を見たわけですが、このままでは今週の矢口さんの原因(2)だらけ。

 とはいえ、「要するに」ばかりやっているとどんどん作品が薄味になっていくし、作者が草葉の陰で悲しんでる(怒ってる?)気もするし、何より自分がつまらない。美味しいスープであることはわかっているのですが、全体をどのくらいの味つけにするか、じつに加減がむずかしいなと……

(かがやまたくろう:ロバート・B・パーカー、デニス・ルヘイン、ジェイムズ・カルロス・ブレイク、ジョン・ル・カレなどを翻訳。運動は山歩きとテニス)

20111003174611.jpg 上條ひろみ

 時代がかった言い回しが好きなので、「御前さま」とか「契りを交わす」とか「〜したまえ」とか「御意」とか、なんかときめく。だから歴史物を読むのは大好きだけど、訳すのはなかなかたいへん。

 わたしはなぜかスコットランドのハイランドを舞台にした、いわゆるハイランダーものというヒストリカルロマンスにご縁がある。そのため、古めかしくて男臭いことばの収集が欠かせないのだが、日常生活ではまず耳にすることがないので、これがなかなかむずかしい。時代物の小説を読むとか、映画を見るとかしないとね。

 この手のお話には、たくましい上腕二頭筋やお姫さまだっこがもれなくついてくる。メンズはおしなべてワイルドな肉食系だ。草食系男子の多い昨今、女子のみなさまは妄想の世界で肉食系男子を堪能しておられるとみられ、件のハイランダーものや海賊ものには根強いファンがいると聞く。たしかに日常生活で俺様男に翻弄されたりさらわれたりするのは面倒だけど、本の世界でならお姫さま気分だけを満喫できるし……ってことなのかな? すみません、今ハイランダーものを翻訳中なので、頭のなかがロマンスモードで。

(かみじょうひろみ:神奈川県生まれ。ジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ・シリーズ〉(ヴィレッジブックス)、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&Bシリーズ〉(武田ランダムハウスジャパン)などを翻訳。趣味は読書とお菓子作り)

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