書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 翻訳ラッシュも一段落し、落ち着いた感のある十月でした。年末に向け、積み残しの本の消化に忙殺されている方も多いことでしょう。そんな中、七福神たちの選択は……?

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

北上次郎

『アンドロイドの夢の羊』ジョン・スコルジー/内田昌之訳

ハヤカワSF文庫

 ジョン・スコルジーが『老人と宇宙』の作者だと知らなくても、このタイトルとこのカバーなら手に取るかもしれないが、『老人と宇宙』の読者ならすぐに手に取る。そして期待は裏切られない。ショッピング・モールで突如始まるアクションシーンの切れをみられたい。物語の背景も、登場人物の造形も、もちろんいいが、ジョン・スコルジーはストーリーの転がし方が実にうまい。ようするに娯楽小説の職人なのだ。だから一気に読まされる。SF文庫の新刊だが、むしろ冒険活劇ファンにおすすめしたい。

酒井貞道

『量子怪盗』ハンヌ・ライアニエミ/酒井昭伸訳

新★ハヤカワSFシリーズ

 手っ取り早く言えば、アルセーヌ・ルパンのガチガチSF版である。そんなこと言われても全くイメージが湧かないかも知れないが、中盤まで読んだらピンと来るはずである。逆にSFファンには、ジョン・C・ライト『ゴールデン・エイジ』の主人公が怪盗と言えばわかりやすいかな。なお作者はフィンランド人である。最近はアイスランド作家すら評判をとり北欧ミステリは百花繚乱だが、不思議とフィンランドの新人は未紹介であった。なるほどフィンランドは警察小説ではなく怪盗小説に舵を切ったのか……(違います。たぶん)。

千街晶之

『バーニング・ワイヤー』ジェフリー・ディーヴァー/池田真紀子訳

文藝春秋

 十月は翻訳ミステリーの冊数が少なかったということもあって、久しぶりに少しも迷わずベストを選べた。お馴染みリンカーン・ライムと、電気を操りニューヨークをパニックに陥れる知能犯とが繰り広げる白熱の頭脳戦は、さながら現代に蘇ったシャーロック・ホームズとモリアーティの対決を見るが如し。先日のハリケーン来襲によるニューヨークの停電や発電所爆発のニュース映像を見ると、まるでこの物語の恐怖が現実を侵蝕したかのようだった。

川出正樹

『バーニング・ワイヤー』ジェフリー・ディーヴァー/池田真紀子訳

文藝春秋

 巧い、巧いなぁジェフリー・ディーヴァー。毎度毎度、名探偵対名犯人の火花散る逆転劇で読者を翻弄し、へとへとになるまで楽しませるサービス精神には頭が下がるばかり。今回、小刻みのツイストを控えめにし、貯めに貯めたパワーで鮮やかに一発逆転をきめてくるのだけれどすっかり騙されてしまった。見えない凶器に見えない犯人、そして見えない目的。見事です。第一作『ボーン・コレクター』を彷彿させる設定にオール・スター総出演、そして宿敵との三度目の対決と、シリーズの節目となる逸品です。

吉野仁

『暗殺者グレイマン』マーク・グリーニー/伏見威蕃訳

ハヤカワ文庫NV

「世界12カ国の殺人チームに立ち向かう一人の男!」という帯の文句に躊躇するも、読んでみれば、練られたアイデア、書き込まれたディテイル、飽きることなく読ませるアクションの連続と、冒険活劇好きの欲求を満たす傑作。ゲテモノ好きなら、ブラッドレー・ボンド+フリップ・N・モーゼズ『ニンジャスレイヤー ネオサイタマ炎上1』(エンターブレイン)がちびりそうなほど衝撃的!

霜月蒼

『濡れた魚』フォルカー・クッチャー/酒寄進一訳

創元推理文庫

 いまさら読んで感動。お恥ずかしいかぎりです。でも推さずはおれぬ。刑事の個人の罪と、ナチ台頭前夜の国家の罪と、それでも刑事たちに宿る正義への意思とが、熱い焦燥のカオスとなって奔る! 『ブラック・ダリア』と『ビッグ・ノーウェア』の狭間にありえた警察小説をおれは夢想した。大きな正義と小さな正義、システムと個人のきしみを描くのも警察小説の得意技でしょう。主人公の不器用な若さもいいし、実在の人物ふくめキャラもガン立ち。この連作の邦訳が中絶したら、それは大いなる罪だ。だから読め、買え。

杉江松恋

『バーニング・ワイヤー』ジェフリー・ディーヴァー/池田真紀子訳

文藝春秋

 機会があってシリーズをすべて再読してみたのだが、リンカーン・ライム・シリーズは数作ごとに環が形成され、それが鎖状に連なっていくという構造を持っている。前作『ソウル・コレクター』は電子の網を舞台にひとびとの暮らしの安全を脅かす者が犯人だったが、今回は「電気(というか電力)」が問題の焦点になる。二作続けてインフラが主題になったのだ。この鎖の次には何が結ばれるのか。成長し続けていくシリーズは「その先」を想像するだけでも充分に楽しい。

 定番作品に人気が集中したかと思えばSFにも二票が入る、変化の多い月になりました。さて次月はどのようになりますことか。お楽しみに。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧