自訳書読書会ドキドキ☆初体験レポート

 読書会に参加したことは、一度もなし。おまけに、課題書が自分の翻訳した作品(アン・クリーヴス作『大鴉の啼く冬』)で、読書会のゲストとして招かれたとなれば、これはもうプレッシャーを感じないわけにはいきません。けれども、「ご用意いただくようなものはとくにありません。どうぞ手ぶらでお越しください」という幹事さんの甘言に釣られて、いってきました——第3回千葉読書会。

 当日(11月10日)は雲ひとつない快晴で、総武線の車窓から東京スカイツリーを見上げながら千葉の会場へとむかう訳者の気分も晴れ晴れ……といきたいところだったのですが、家を出るまえに翻訳ミステリー大賞シンジケートのウェブサイトをのぞいたのが間違いでした。ちょうど東東京読書会のレポートが掲載されたところで、ゲストの日暮雅通氏が参加者の質問に答えてシャーロック・ホームズの時代の貨幣価値を解説してみせるくだりに「なるほど」と大いに感心したあとで、ふと気がついたのです。おいおい、“読書会のゲスト”って、自分もそうじゃん! 『大鴉の啼く冬』の舞台になってるシェトランド諸島のことでも質問されたら、どうするんだよ!

「シェトランドで有名なものって、なんですか?」

「セーター……ですかね?」

「シェトランドの特産品は?」

「セーター……とか?」

「シェトランドの伝統文化といえば?」

「……セーター?」——ダメだ、こりゃ。

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 こうして、文字どおり頭のなかは真っ白な状態で会場に到着すると、受付で渡された読書会用の小冊子に目をとおす暇もなく(あとでじっくり読むと、これがまた至れり尽せりの素晴らしい内容のアン・クリーヴス特集で、永久保存ものでした)、さっそく読書会の開始です。二十名ほどの参加者はふたつのグループにわけられ、ゲストは片方のディスカッションに参加してから途中でもうひとつのグループに移る、という手順でした。

 まず最初のグループでは、色鮮やかなフェアアイル・セーターの写真の載った本を持参してくださった方がいました(フェアアイル=フェア島はシェトランド諸島のひとつで、『大鴉の啼く冬』の主人公ペレス警部の出身地でもあります)。ここから話はおのずと作品中でセーターの登場する場面のこととなり(登場人物の女性が、のちに夫となる男性からシャンパンとセーターを贈られて、ころりといく場面があります)、女性参加者の目がそろってハート形になったところで、あくまでも冷静な訳者からの質問です。

「でも、セーターで釣られるって、どうなんですかね?(甘言に釣られて読書会に参加しておいて、なんですが)」

「そりゃ、そんじょそこらのセーターじゃダメですよ(きっぱり)。シェトランドのセーターでなきゃ」

「あ、なるほど……」

 ひとつ勉強になりました。ちなみに、セーターの本を持参してくれた方の解説によると——うろ覚えなので、間違っていたらごめんなさい——シェトランドの羊は強い風にさらされつづけているので毛が細かく縮れていて、そのぶん毛糸が密で保温力が(あと、値段も)高いそうです。

 つぎのグループでは、“ドロシー・L・セイヤーズ”のファンという方から「作中の“セイヤーズ”の表記で“L”が抜けているのはなぜですか?」との質問をいただきました。“セイヤーズ”といえば、泣く子も黙るミステリー界の女王。いやしくもミステリーの翻訳家を名乗る以上、ここで薀蓄のひとつやふたつをかたむけられなくてどうする……ですよね、やっぱり。ところがどっこい、“ない袖はふれぬ”状態のゲストは「たぶん、原書がそうなってたんだと思います(実際、そうでした)」と答えるのが精一杯で、逆に苦し紛れに「“L”って、なんの略なんですかね?」と尋ねる始末。そして、「そういわれてみれば、なんの略でしょうね?」という“セイヤーズ”のファンの方からの返事にホッとしたのも束の間、おなじグループにいたふたりの博学の士からほぼ同時に「“リー(Leigh)”です!」という声があがって、年若いほうの博学の士が「本人はその表記にそうとうこだわってたみたいです」という豆知識を披露すれば、あまり年若くないほうの(失礼!)博学の士(受付で配られたりっぱな小冊子を作成してくださった方)は「ミドルネームの“リー”は母方の姓で、セイヤーズは母方の祖父パーシヴァル・リーがパンチ誌の創立者のひとりであることをひじょうに誇りにしていた」という内容の解説をつけくわえるといった具合で……ミステリー翻訳家、撃沈

 とはいえ、ゲストがこんな体たらくでも、読書会のほうは幹事さんたちの手馴れた仕切りで和気あいあいと進んでいき、自分も意見交換にときおり口を挟んだりして、ちゃっかり大いに楽しませてもらったのでした。まあ、結果としては“ゲストがへぼでも読書会は成り立つ”ことが図らずも証明されたわけで、とりあえずその意味では第3回千葉読書会は決して無駄ではなかったと思うのですが、いかがなものでしょうか、幹事さま?

千葉読書会・世話人よりひとこと(高山真由美)

 何をおっしゃいます。お話うかがえてたいへん光栄でした。そして本会、二次会ともに、ガサツでソコツな仕切りをカバーするかのようなお気遣いもいただき、感謝しております。今回、高貴なのはゲストさまでしたね…と思っているのは幹事だけではないはずです。そのうえレポートまでお書きいただきまして。ご参加者のお顔が浮かぶ、臨場感たっぷりの素敵なレポート! 重ねてお礼申しあげます。

 それから、そう、レポートにもありますとおり、千葉読書会、ご参加のみなさまに支えられています。今回もすばらしいお宝小冊子と蔵書を提供してくださった鉄人さまをはじめ、遠方より駆けつけてくださった福岡読書会幹事さま、資料を持参して見せてくださったかた、差しいれをしてくださったかた、席札をつくってきてくださったかた(グループ分けしたため使う機会がなくてごめんなさい)、写真を提供してくださったかた、いつも助け船を出してくれる博学の士……ほんとうにありがとうございます。みなさまに楽しかった、もっと読みたいと思っていただけたなら幸せです。〈シェトランド四重奏〉の「秋」、楽しみですね。

 さて、次回は来年三月の上旬を予定しています。課題書については検討中ですが、ちょっと冒険するかもしれません。会の雰囲気ががらりと変わるかも? 

玉木 亨 (たまき とおる)

“自称”ミステリー翻訳家。次回作は『大鴉の啼く冬』で幕をあけた〈シェトランド四重奏〉の掉尾を飾る『青雷の響く秋(仮題)』で、2013年春に刊行予定。

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