獣医は探偵に向いている?

 犬や猫の飼い主なら、ワクチン注射やちょっとした体調不良のたびにペットを動物病院に連れていくたいへんさを一度ならず感じているはず。狭い待合室で吠え続ける犬やバリケンのなかで怯え続ける猫。そんな場所で長く待たねばならず、飼い主のいらだちはレッドゾーンに到達する。

 今回ご紹介する“Dead Canaries Don’t Sing”は、そんな飼い主が大喜びしそうな移動ペットクリニックを営む獣医ジェシカ・ポッパーが主人公。ヴァンに医療器具を載せてロングアイランド中の患畜のもとを訪ね、犬猫だけではなくときには馬など大型動物の治療もする。動物はどこが痛いとかどんな不調があるとか口に出して言えないから、診る側が察知してやらねばならない。移動クリニックは飼い主と患畜のストレスを極力排除してありのままを診られる、うってつけの環境だ。いっぽう大きな動物病院と違って大がかりな治療ができないぶん、細やかに症状をチェックする観察眼と先を予見し悪化を未然に防ぐ予防医療の腕が必要になる。

 ある日のこと、朝一番に馬を診にいくことになっていたジェシカはうっかり寝坊してしまい、大慌てで約束の農場に向かう。いつものように愛犬のルーとマックスも同伴させて?出勤?だ。ところが、農場近くまで来たときに車が往生し、車から飛び降りた犬たちが木立の茂みに何やら見つけたらしい。近づいてみるとなんとビジネスマンふうの男性の死体だ。そして、茂みになかば埋もれるように横たわる死体のそばには、首の骨を折られたカナリアが……

 通報を受けて駆けつけた警察はひどく高飛車な態度で、ジェシカはまったくもっておもしろくない。それにあのカナリアはどういう意味なの?

 事情聴取のため現場で待たされているあいだ、車の不調をどうにかしてもらおうと元恋人で私立探偵のニックを呼びだす。ニックからは事件にはかかわらないようにと諭されるが、もともと好奇心旺盛なうえに「素人は引っ込んでろ」的な態度があからさまな警察への反抗心から、よせばいいのに被害者の葬儀に出かけていってしまう。

 亡くなったトミー・フラックは20代後半からPR会社を経営し、30歳と業界では若手ながら第一線で活躍していた。大勢のクライアントを抱え、葬儀には州議会議員などの政治家も参列していた。参列者のなかにトミーのフィアンセ、バーバラと前妻メリリーの姿もあった。たまたま会話したトミーの会計士ジョナサンによると、トミーはクライアントから金を搾り取ることに執心しており、必要なアドバイスを充分にできるレベルを超えた数のクライアントがいたらしい。ジョナサンの話を信じるなら、若くして成功したPR業界のやり手経営者という評価には何やら裏がありそうだった。

 前妻メリリーがジェシカをトミーの犬の獣医だと勘違いしたせいで、ジェシカは後日メリリー宅を訪ね、トミーのドーベルマン2頭の診察をすることになった。ふたりがその家で結婚生活を送っているときから飼っていた犬なので、急な訃報を受けてメリリーが引き取ったのだが、主人の死後、犬がほとんど食べものをとらなくなっているという。診察後、トイレを借りるふりをしてのぞいたメリリー宅の二階には、いまなお前夫トミーとの思い出の写真が所狭しと飾られていた。

 別れた夫をいまも愛するメリリー。しかし、前夫には婚約者がいる。昼メロ的な愛憎劇がありそうだが、真実はもうちょっと複雑らしい。メリリー宅を辞するジェシカに話しかけてきた隣人のジョアンによると、結婚していたときのトミーは何かと理屈をつけてはメリリーに罵声を浴びせるような悪夫だったとか。じゃあ、さんざん妻を苦しめておきながら、自分は新しい相手を見つけて再婚する前夫に復讐したのかも? いやいや、離婚して3年も経つのに、メリリーはいまもあんなにトミーを愛している。まさか殺したりなんかしないわ……

 動物関連のコージー・シリーズはいくつも刊行されているが、主人公が移動ペットクリニックの獣医という設定は珍しいのでは? 探偵役は事件に遭遇しなければならないし、そのためにはあちこちに出没し、ときに他人の家に容易に入り込める職業を持っていると都合がいい。そんな素人探偵の条件にぴったりあった主人公の登場だ。

 獣医の観察力は探偵業務に役立つと自認するジェシカの言葉通り、素人だからこその怖いもの知らずの度胸の良さと細かな観察眼を生かして事件の真相に迫る。とはいえ、素人ゆえの危なっかしさがあるのも否めず、そこは元恋人のニックがプロの探偵として折々にフォローしてくれる。

 日本にも往診をする獣医はいるが、車で来てくれる移動ペットクリニックはまだごく少数派だ。そんな動物医療業界のニッチに目をつけてしっかりと自立している女性が主人公で、次から次へといろんな動物が出てきてストーリー上カギになる役目を果たす。頭がよくて頼りになる元恋人ニックとの恋愛復活も気になるところ——と、日本の女性読者にも受けそうなシリーズなんですけどね。どうでしょうか、出版社のみなさま。

 獣医ジェシカ・ポッパー・シリーズは現在9作目までが刊行されており、1作目(本書)のカナリアから犬、馬、ウサギ、ヤモリ、猫、サル、羊、ライオンまで各種動物を取りそろえている。先日、翻訳関係の忘年会で犬派か猫派かという話になったとき、サル派という翻訳者約2名に遭遇したが、サル派のみなさまにもご堪能いただけるシリーズかと(笑)。ちなみに著者シンシア・バクスターは日本未紹介の作家で、本シリーズのほかトラベル・ライターが主人公のマロリー・マーロウ・シリーズなども執筆している。

●獣医ジェシカ・ポッパー・シリーズ

 DEAD CANARIES DON’T SING(本書)

 PUTTING ON THE DOG

 LEAD A HORSE TO MURDER

 HARE TODAY, DEAD TOMORROW

 RIGHT FROM THE GECKO

 WHO’S KITTEN WHO?

 MONKEY SEE, MONKEY DIE

 MURDER HAD A LITTLE LAMB

 CROSSING THE LION

●シンシア・バクスター公式サイト → http://www.cynthiabaxter.com/index.html

片山 奈緒美(かたやま なおみ)

翻訳者。北海道旭川市出身。ミステリーはリンダ・O・ジョンストン著『愛犬をつれた名探偵』ほかペット探偵シリーズを翻訳。ときどき短編翻訳やレビュー執筆なども。家では365日朝夕の愛犬(甲斐犬)の散歩をこなしながら、介助犬を描いた『エンダル』、ペットロスを扱った『スプライト』など犬関係の本の翻訳にも精力的に取り組む。最近、日本最大の血統書団体JKCの愛犬飼育管理士の資格を取得。最新訳書は『ワークアラウンド仕事術』(マグロウヒル・エデュケーション)。

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