書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 十二月の七福神をお届けします。年末ということで刊行点数は少なかったように思いますが、どのような作品名が挙げられているのでしょうか。今月もさっそくご紹介しましょう。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

北上次郎

『葡萄色の死』マーティン・ウォーカー/山田久美子訳

創元推理文庫

 警察署長ブルーノを主人公とするシリーズの第2作だが、今回はなんといっても村のみんなで葡萄を踏むシーンが白眉。ゾラが描く食事シーンを思い出す。つまり、猥雑で、官能的で、愉しくなるのだ。ここに人間の営みがある。

酒井貞道

『喪失』モー・ヘイダー/北野寿美枝訳

ハヤカワ・ミステリ

 少女の誘拐に隠された驚愕の真相に、被害者家族ばかりか捜査陣もそれぞれ大いに苦悩しながら肉薄する小説だ。シリーズの未訳作品を読まないと、レギュラー陣の抱える事情がはっきりしないという欠点はあるが、胸にずしりと応える「話の重さ」を、とりあえずは本物と判断したい。他には、『World War Z』をゾンビではなくロボットでやった『ロボポカリプス』を面白く読んだが、こちらはSFなのでここで選ぶのは控えました。

霜月蒼

『喪失』モー・ヘイダー/北野寿美枝訳

ハヤカワ・ミステリ

 モー・ヘイダーといえばミステリ史に暗澹たる負の光を放つ名作『悪鬼の檻』の著者。最悪の鬱展開を描かせたら、ケッチャム、ルースルンド&ヘルストレム、平山夢明に並ぶ。その新作がこちら。あの異常なまでの陰惨さは薄れたものの、スピードとサプライズは増量、ミステリとしての風呂敷のたたみかたも見事だ。なのにミステリらしい硬質の美より、居心地の悪い病んだ感じが読後に残る。サブプロットとメインプロットのつながり方や、物語の展開の作法などが、どこか決定的に歪んでいるからだろう。この名状しがたい具合の悪さ、物語の深層にあるsickな感じ、これこそがヘイダー節。後を引くのだ。もっと訳してくださいお願いです。

千街晶之

『喪失』モー・ヘイダー/北野寿美枝訳

ハヤカワ・ミステリ

 子供たちを次々と狙う狡猾な誘拐犯と、痛ましい過去を持つ警部の対決。家族を奪われた人間の悲しみと怒りをさまざまな角度から描いた力作……ではあるのだが、シリーズ第三作と第四作が未訳なので、あるレギュラー・キャラクターの異様な行動の背景を理解するのに時間がかかった。シリーズものの途中を飛ばすとこういう事態に陥りがちなのが、海外ミステリの紹介につきまとう問題点である。

川出正樹

『終わりの感覚』ジュリアン・バーンズ/土屋政雄訳

新潮社

 歴史とは記憶である。それは勝者の嘘の塊であると同時に敗者の自己欺瞞の塊だ。六十歳を過ぎリタイアした男が、青春時代に体験した初恋と友情を思い起こして綴ったエロスとタナトスに満ちた半生記。ウィットに富む端正な文章で描かれた、このほろ苦いスケッチを心地よく読み進めていたら、終盤、思わず息をのんでしまった。ここで読者にそれをつきつけるのか、と。そして訪れる容赦ない結末。ブッカー賞受賞作という箱書きに恐れることなく多くのミステリ・ファンに手にとって欲しい。これは、入念に布石を打ち丁寧に伏線を張りめぐらして構築された油断のならない滋味深き心理サスペンスの傑作だ。

吉野仁

『喪失』モー・ヘイダー/北野寿美枝訳

ハヤカワ・ミステリ

 少女誘拐事件を扱った作品だが、主人公キャフェリー警部の捜査模様のみならず、ウォーキングマンという奇妙なホームレスの登場やもうひとりの主役といってもいい潜水捜索隊のフリーによる迫力あるケイヴィング(洞窟探検)場面が出てくるなど、読みごたえのある一作。また1月刊ながら、スティーヴン・キング『1922』(文春文庫)は、父が息子と共謀して妻を殺す犯罪もの。これ以上ない最悪の状態のあと、もっと怖ろしい事態が待ち構えている。ある意味キング版『シンプル・プラン』これ、すごい。

杉江松恋

『チェットと消えたゾウの謎』スペンサー・クイン/古草秀子訳

東京創元社

 シリーズものの第三作なのだが、ごくごく私的に応援している作品なのでお許しを願いたい。警察犬学校を落第して今は私立探偵に飼われているチェットが語り手をつとめる犬ミステリーの最新邦訳である。今回はサーカスからゾウが消えた謎を追うという趣向で、サーカス好きとしてはまたまた点が甘くなってしまう。そしてなんといってもゾウと犬という取り合わせ。そう、期待通りその二者が一緒に活躍する場面があるのだ。ぱおーんわんわん、てなもんですね。このシリーズも当初の緊張感が若干薄れつつあり、私立探偵小説とコージーの中間をいくような感じが後者のほうに舵を切った観がある。まあ、それはそれでいいんだけど、ルーティンの展開が多くなってくるとこのままの刊行形態ではきついかな、という気もする。そろそろ文庫化すべきタイミングなのかも。しかしなんにしろ、わんわんとぱおーんですからお薦めせざるをえんということですよ!

 はい。というわけでモー・ヘイダーの月でした。ご存じのとおり、『容疑者Xの献身』を破ってMWA最優秀長篇賞を受賞した作品です。東野圭吾を破った作家、ということで人気が出るといいのにな。未読のやつ読みたいんだけど。さて、来月はどのような作品が挙げられてくるのか、お楽しみに(杉)。

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