(3)これから

 前回は、ついムキになってしまって、だらだらと書いてしまったので、反省。

 言いたかったのは、世の中、予想もできないようなトラブルがあっちこっちに転がっているので、それにつまずいて転ぶことがある。でも、一度転べば、二度と同じようなトラブルに邪魔されずにすむし、まんいち巻き込まれてもそれを乗り越えることができるので、プラス思考でとらえるように。そして、滅多にないようなトラブルがあった場合、そのほとんどは特異な事情によるものなので、読者はやみくもにケチをつけるべきではない、ということである。

 さて、3回目──最後の回になった。今回は、これからのことについて簡単に書いておきたい。

 バブルがはじけて20年。ぼくはバブルがはじけた直後にデビューしたので、「天国」と「地獄」のうちの「天国」は身をもって体験したことはなかったが、伝え聞いていることから見て、また、90年代の変転を体感したことで、どのくらい凄まじい落差が発生したのかはよくわかっている。

 その逆風は、もちろん翻訳ものにも吹き荒れたのは言うまでもない。

 不況に加えて、この20年で携帯できる娯楽も多様化して、新規参入の媒体にシェアを喰われてもいる。

 さあ、どうする?

 業界全般のことは、現場の編集さんの一層の踏ん張りに期待するしかない。

 では、個人でできることは?

 まずは、売れそうな企画を出し続けることだろう。ぼくはインディな物書きなので、いままで出した本の9割近くは自前の企画ものである。打率は3割いっているので、この時代においては悪くないと思う。

 企画というものは、時代の流れに合わせて考えなければならないのは言うまでもない。参考にはならないだろうが、ぼくが企画を立てるときに心がけているのはというと──

1)たとえばベタな話であるが、これだけ不況が続いている以上「暗い」「渋い」「地味」なものは売りにくい。リアルな暮らしが暗く、渋く、地味にならざるをえないご時世に、そんなものは読みたくないのはあたりまえである。「前向きな方向性のあるもの」を探したほうがいい。

2)幅広い読者層の興味を惹くものを、考えなければならない。そもそも、文庫本をまめに買って読んでくれるのは若年層である。昔もいまも、これは変わらない。十代の頃はある程度、本を読んでいても、就職したり結婚したりといったタイミングで蔵書を処分し、以後、あまり読まなくなる人が多いのはいまさら言うまでもない。

 特に不況のせいで中高年層の可処分所得が減るいっぽうだったので、この傾向は以前よりもさらに強くなっている。バブルの時代は中高年のマニア向けでも「なにかのついでで買って、積ん読本を築く層」によって売り上げは支えられていたようだが、時代は変わってしまった。もういちど原点に戻り、若い読者の取り込みを考えたほうがいいように感じる(ハヤカワSFは、すごくうまく取り込んでいると思う)。

 なお、マニアものでも、各種媒体のおかげで読者層が広がっているクトゥルフ神話などは、狙いどころだろう。『ラヴクラフトの遺産』『暗黒神ダゴン』『クトゥルフ神話への招待』などは売れていて、『クトゥルフ神話への招待2(仮)』を準備中。

3)わかりやすく、華のあるパッケージが作れる内容のものがいい。これも基本的な話だけれど、「題名を考えやすい」「表紙を描きやすい」「あらすじを説明しやすい」本は、比較的売りやすい。ぱっと見で読者に内容が伝わりやすいからである。

4)ほかのメディアとタイインできるものがいい。映画やテレビとのタイアップのことだが、昔は何でもほどほどの部数が売れたけれど、いまでは当たりは1割ぐらいに落ちていると思う。映画やテレビでの最近の流行りはゾンビ・ホラーで、ぼくも『ウォーキング・デッド ガバナーの誕生』(角川文庫)を出させていただいている。

5)キンドルなどの携帯端末を通じたコンテンツ配信の可能性について、新たな可能性はないかどうか考える。

 これが個人的に、もっとも気になっているテーマである。各出版社とも、バックタイトルのデジタル・コンテンツ化を精力的に進めているところだが、昔のものを売りなおすだけでなく、ほかに新たに読者層を獲得できる翻訳コンテンツはないだろうか?

 欧米では携帯端末で読みやすい中短篇のバラ売りが顕著になっていて、これも基本的な戦法のひとつなのは確かだが、ほかにももっと使いようがあるような気がしてならない。

 こういったテーマについては、今後の新刊でかたちにできればと思っている。

 近年、ぼくの新刊点数が増えていることに驚く読者や友人・知人がいる。企画を立てるのがうまくなったとか、コツコツ当たりを出していることももちろんだが、何よりも各社に優秀な担当編集さんが何人もいてくれるおかげなのがいちばん大きい。

 それと並行して、健康状態が良くなったことも大きい。昔からの知人・友人ならご存知だが、ぼくはいくつか持病があって、なかでも90年代に重度の喘息を患っていて(子供時代に罹ったものを再発)、2000年代頭までは、それで執筆&翻訳作業がなかなか進まないことが多かったのだ。

 喘息というやつは発症中には四六時中、酸素欠乏状態が続く。さらに薬はネオフィリンやベネトリンといった興奮剤系で、発作が起きているときはこういったものの影響でラリった状態が続くので、ものを書くことができない。簡単な日本語や英語が思い出せなかったり、綴りが混乱したり、さらに怖いのは自覚なしの文章をいつのまにか書いていたりといったこともあった(汗)。

 幸い、21世紀になったころから良い予防薬がいくつも出まわるようになり、いまでは滅多に喘息を起こさないようになった。やれやれである。

 体調が整ったのをきっかけに、いままでの不義理を穴埋めすべく、また、期待していてくださっていながら、充分に応えられなかった(ごく一部の・笑)読者とファンのためにも、馬力を上げているところなので、期待していただければありがたい。

 では、このくらいで終わりにしよう。長くてつまらない駄文を、最後までお読みくださった方々に感謝!

尾之上 浩司◇(おのうえ・こうじ)東京都大田区出身・神奈川県在住。怪獣小説翻訳家・メディア評論家。主な訳書にリチャード・マシスン作品『ある日どこかで』『奇蹟の輝き』(創元推理文庫)『アイ・アム・レジェンド』『リアル・スティール』(ハヤカワ文庫NV)。さらに、カークマン&ボナンジンガ『ウォーキング・デッド ガバナーの誕生』(角川文庫)、キャンベルほか『クトゥルフ神話への招待』(扶桑社ミステリー)など多数あり。

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