はじめまして、あるいはお久しぶりです。三門優祐です。

 今回は、ギリアン・フリン『冥闇』について書かせていただきます。

 昨年10月(つまり三か月前)に刊行された作品を、「新刊書評」の枠で今さら取り上げるのか……という感じは若干漂いますけれど、そこは平にご容赦。残念ながら、読書系のSNSでもほとんど登録している人のいない本作ですが、このレビューをきっかけに多少とも興味を持つ人が増えれば幸いです。

 さて、作品について書く前に、まず作者ギリアン・フリンについて簡単に紹介したいと思います。彼女はミズーリ州カンザスシティ出身で、現在はシカゴ在住。生年は未公開ではあるものの公式サイトの写真を見る限り30代後半といったところでしょうか。2006年に発表した『KIZU—傷—』で、CWA(英国推理作家協会)のダンカン・ローリー・ダガー賞とMWA(米国推理作家協会)のエドガー賞にノミネート、CWAのジョン・クリーシー・ダガー賞とイアン・フレミング・スチール・ダガー賞を同時受賞するという極めて高い評価を得ました。

 『KIZU—傷—』では、「ミズーリ出身シカゴ在住のジャーナリスト」という作者によく似た経歴を与えられた主人公カミルが、かつて捨てた故郷で起こった猟奇殺人事件をリポートするために送り込まれます。彼女は、犯人の心の闇に迫っていくと同時に自分が封印した過去とも向かい合うことになり、その結果、これまで見ないふりをしてきた数多の「傷」を目の当たりにするのでした。

 さて、今回紹介する『冥闇』(2009)は、上述の『KIZU—傷—』と同様にこれまで封印してきた自分の過去と相対する女性の姿を描いていますが、その処理の仕方はだいぶ異なります。

 主人公のリビー・デイは、七歳の時に母親と二人の姉を猟奇殺人によって失いました。彼女たちは、首を絞められ、斧で叩き切られ、ショットガンで惨殺されたのです。生き残ったリビーの証言によって、十五歳の兄ベンは殺人者として逮捕され、刑務所に収容されました。そのリビーも現在三十一歳。彼女の自堕落で荒んだ生活を二十四年間支えてきた寄付金が底を尽き始めたそんな時、彼女は有名な殺人事件の真相を推理する「殺人クラブ」の集会に招待されました。兄の起こした猟奇殺人について話をしてくれれば報酬を払うと言われた彼女は、ただ目の前の金のために、平和な家族に突如襲いかかった事件について振り返っていきます。

 現在(リビー)と過去(母パティ、兄ベン)の三つのパートを交互に描くことで、「二十四年前のその日に一体何が起こったか」が徐々に明らかになっていきます。「悪魔崇拝者で小児性愛者の殺人鬼」「猟銃で撃たれ、斧でズタズタにされた死体」という「衆目の一致する事実」が「偶然」作りだされていく事実の積み重ねを、淡々と捌いていくテクニックはルース・レンデルのそれを彷彿とさせる巧みなもの。これしかないという最悪の事態に向かって転がり堕ちていく物語はあまりにも残酷です。

 しかし、真犯人が明らかになり、二十四年に渡る謎が解決し、小さな町に蔓延する「歪んだ正義」によって隠された真実が暴露された後も、リビーの問題は何一つ解決していません。好奇心丸出しの「殺人クラブ」の面々から金をせびり取るために、目をそむけ続けてきた自らの過去と向かい合う「可哀そうな孤児リビー」は、事件当時から成長を止めてしまったかのよう。「自分のため」「今この瞬間ただ生きるため」に、忌まわしい過去を切り売り出来る彼女の醜悪さは目を覆うばかりです。

 『KIZU—傷—』のカミルが自分の過去とあくまでも戦い、猟奇殺人犯の心の闇に飲まれそうになりながらも一抹の希望をつかみ取ったのに対して、本書の結末でリビーは「何ひとつ変わっていない自分」に気づかざるをえないのです。ここに本書のもうひとつの残酷さがあります。魂は「仄暗い闇の中(=本書の原題:Dark Places)」で既に朽ち果てて、救済などどこにもありえないのです。

 かつて作家マーガレット・ミラーは、この「安らぎの国を失い、二度と帰れなくなってしまった人びと」を執拗に作品に登場させています。ギリアン・フリンが作品を書く姿勢はミラーのそれに近いように、私には感じられました。そのフリンは2012年、最新作 Gone Girl を発表しました。「行ってしまった少女」。彼女の描く世界をズバリ言い表したタイトルではありませんか。果たしてフリンは、その少女を、そして読者をどこに連れて行くのでしょうか。そこに救いはあるのでしょうか。『冥闇』の訳者解説によれば、本年中にも訳書が刊行される予定とのこと。期待して待ちましょう。

三門 優祐(みかど ゆうすけ)

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 1986年生まれ。フリーの兼業読者。愉悦部の一員目指して、不幸の蜜滴るメシウマ小説を日々愛読。ブログ「深海通信」にて、「エドガー賞攻略作戦」を不定期更新中。( http://d.hatena.ne.jp/deep_place/

 ツイッターアカウントは @m_youyou

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