全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! いまさらですが、今年もよろしくお願いします。お正月休みには懐かしいお友だちと会った方も多いかと思います。年をとるにつれ、5年、10年ぶりの再会も珍しくなくなってきますが、今回ご紹介するウォルター・モズリイは、最後に邦訳が出たのが20年あまり前。デビュー作であり、探偵イージー・ローリンズを主人公としたシリーズ一作目『ブルー・ドレスの女』(デンゼル・ワシントン主演の映画タイトルは『青いドレスの女』)からはなんと25年も経っていたのですが、いまだに初めて読んだ時の衝撃は忘れられません。2016年にはMWAの巨匠賞を受賞し、大御所としてのんびり過ごしているのかと思いきや、今回取り上げる『流れは、いつか海へと』(田村義進訳/早川ポケミス)は、なんと去年のMWAの最優秀長編賞を受賞! 久しぶりに読んだモズリイは、私立探偵ものの魅力のひとつであるオフビートな要素を盛り込みつつ、一方ではしっかりと時代にアップデートした考え方も取り入れており、それでいて軽やかさすら感じさせるという、非常に高度な技をもった極上の逸品でありました。しかもケイパー要素もあり、おまけに予想外のバディものでもあったのですよ!

 主人公のジョー・キング・オリヴァーは、ニューヨークの黒人私立探偵。かつてはNYPDの一級刑事でしたが、ある日強姦と暴行の罪で逮捕されてしまいます。被害者が白人女性だったことで、刑務所内では暴力を振るわれ、いつ殺されるかわからない日々を送っていたところ、突然釈放されたのです。理由が不明のまま不起訴になったものの、依然として疑惑は残り、警察を追われます。冤罪だったのですが、もともと女癖の悪かった彼は妻にも見放され、戻ってきたジョーの面倒を見てくれたのは、警察学校からの親友でアイルランド系のパーマー刑事。探偵事務所の設立にも手を貸し、立場が違っても常に模範的な助言をあたえてくれる、得難い友人です。ジョーの最大の生きがいは、一人娘のエイジア。成長した今は彼の事務所の手伝いをしています。

 そんなジョーのところに持ち込まれた依頼は、警察官射殺の罪で死刑が確定した黒人活動家の無実を証明すること。かなりの難問となるのは確実で、しかも死刑執行日まであとわずかという状況の中、一通の手紙が届きます。差出人はなんとジョーを強姦で告訴した女性でした。手紙には、事実はある人物から頼まれたハニートラップだったこと、止むに止まれぬ事情で引き受けてしまい、後悔していることが綴られていました。逮捕の裏には何かあるとずっと疑っていたジョーは、彼の人生を壊した首謀者と、その動機をつきとめる決心をします。

 偶然にも、ふたつの冤罪事件を調べることになったジョー。しかし巨大な敵を相手に真相を究明するには、正攻法では到底うまくいくはずもありません。そこで彼が思いついたのは、警官だった頃に捕まえた凶悪犯のメル。多数の犠牲者が出た襲撃事件の一味でしたが、その時にジョーが取った行動で、メルは彼に一生の借りができたのです。

 元警官と犯罪者(しかも殺人も辞さない凶悪犯)。この不思議なコンビが、本書にある種のクライム・コメディ的な味わいをもたらしています。事件解決のための作戦の数々もケイパーものとして非常に楽しめますし、チームの面々も意外性に富んでいて、事件の根本が大変暗い憎悪に満ちているにもかかわらず、最後には爽やかな気持ちで読み終わることができます。

 この連載の趣旨としては、パーマー刑事も捨てがたいですが、やはりジョーとメルの関係が最重要項目です! かつては法を守る側にいたジョーとアウトローのメルとの友情は、どのように事件に関わってくるのでしょうか。一線を越えなくてはならない状況に陥ったら、ジョーはメルの側につくことができるのか、友情と正義感の間で葛藤は起きるのか。もしかしたらちょっとだけメルがうらやましいかもしれないジョーの気持ちを好きなだけおもんぱかってください!
 
最後に、本書でぜひ注目して欲しいのは、メルの究極のおしゃれセンス。

“ゆったりめの洒落たレモン・カラーのスーツに、金糸銀糸が織り込まれた青紫色のシャツ”

 対するジョーはというと――

“フェルトの裏地がついた茶色のトレンチコートに黒いズボン、ラバーソールの黒い革靴”

 尾行をするなら明らかに後者なのですが、前者は別の意味で目くらましになりそうです。これ以外にも強烈なコーディネートが出てきますので、読み逃さないでくださいね!

 さて、練りに練られた計画を遂行するケイパーものがお好きな方は、2月7日(金)公開の『プロジェクト・グーテンベルク 贋札王』は超オススメですよ!




 タイの刑務所で独房に入っていたレイ(アーロン・クォック)は、生まれ故郷の香港の警察へと引き渡されます。尋問を行うホー警部補(キャサリン・チャウ)が、レイにかけられた殺人を含む数々の犯罪容疑を追求しようとしたそのとき、レイの友人と名乗る著名画家ユン(チャン・ジンチュー)が弁護士をひきつれて訪れ、保釈を要求しますが、ホーはある人物について洗いざらい語るようレイに迫ります。その人物とは、レイが加わっていたとされる贋100ドル札製造チームの首領、通称“画家”。彼の大がかりな贋札づくりの手口とその精巧さは、香港のみならず世界的な裏ネットワークで一目置かれるほど。彼についてしゃべったことが知られたら必ず殺される、と抵抗するレイをホーはなんとか説得。やっと開いた彼の口から、その大胆で恐るべき犯罪の手口が次々と明らかにされていくのでした。



 正体不明の贋札づくりの天才“画家”を演じるのはあのチョウ・ユンファ。『リプレイスメント・キラー』でハリウッドに進出して以来、ファンとしてはその出演作群にいささか物足りなさを感じていたのですが、今回のキャラクターはまさに、こんな發仔を待っていた!と歓声をあげたいほどのハマり役。紳士的な笑顔から一転して冷酷非情な犯罪者に変わる瞬間は鳥肌もの。それもそのはず、監督と脚本は『インファナル・アフェア』シリーズで脚本を担当し、今や香港映画界を代表するヒットメイカー、フェリックス・チョン。1968年生まれの彼は、当然のことながらジョン・ウー監督作『男たちの挽歌』シリーズに心酔し、チョウ・ユンファを憧れの兄貴としていた一人。本作でも随所にそのオマージュが見られますが、とりわけ筆者がおお!となったのは、どこにも痕跡を残さない“画家”の唯一の証拠という、後ろ姿の写真。『ゴッド・ギャンブラー』好きにはたまらない一瞬でございました。



 じゃあ香港映画に馴染みがなければ面白くないのかというと、全くそんなことはありません! 大胆な犯罪計画に、切ないほどの動機、信頼と裏切り、贋札づくりの詳細な工程などなど、レイの告白には犯罪ミステリーに欠かせない要素が惜しげもなく詰まっています。映像ならではの騙しのテクニックと、ラストに待ちうける驚くべき真相。観客はエンドクレジットまで気が抜けません。



 最後に、監督から日本のファンに送られたメッセージの一部をご紹介しましょう。

「私は若い頃から、横溝正史や松本清張といった日本の推理小説が好きで、本作ではその影響を強く受けています」
「この映画を観て、“何が本当で、何がウソかを見抜くことができるのか?”――自身の感覚を試していただければと思います」

 緻密で巧みな物語を、監督の愛する80年代アクションで彩った、見事なエンターテインメント・クライム映画です。ぜひ真っ暗な映画館で謎解きに集中し、隠された秘密を暴いてください。


■『プロジェクト・グーテンベルク 贋札王』予告編 ■

『プロジェクト・グーテンベルク 贋札王』

監督:フェリックス・チョン(『インファナル・アフェア』シリーズ脚本)
出演:チョウ・ユンファ(『男たちの挽歌』『アンナと王様』『グリーン・デスティニー』)
  アーロン・クォック(『風雲 ストームライダーズ』『アンナ・マデリーナ』『コールド・ウォー』)
  チャン・ジンチュー(『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』)
〔130分 カラー 広東語/北京語 日本語字幕 2018年 香港/中国 PG-12〕
製作:Bona Film Group、Alibaba、Emperor Motion Pictures ほか
配給:東映ビデオ
© 2018 Bona Entertainment Company Limited

2020年2月7日(金)新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開

公式HPwww.gansatsuou.com

 

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。サンドラ・ブラウン『赤い衝動』(林啓恵訳/集英社文庫)で、初の文庫解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho










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