ミステリ試写室 film 12 シャドー・ダンサー

憎しみの連鎖が紛争を深刻なものとした例は世界中に数多あるが、北アイルランド問題もそのひとつだ。1998年に和平協定のベルファスト合意がなされた後も、その火種はくすぶり続けていたが、近年になってエリザベス女王がアイルランドの首都ダブリンを訪問したり、IRA(アイルランド共和軍暫定派。アイルランド民族主義者の私兵組織)の司令官だったマーティン・マクギネス副首相と和解の握手を交わすなど、ようやく平和の到来を実感できるニュースが届くようになってきた。

〈シャドー・ダンサー〉は、そんな北アイルランドをめぐる悲しみの歴史をふり返る作品といっていいだろう。では、まず予告編から。

20代のシングルマザー、コレットは、IRAのシンパとして、二人の兄たちとともに過激なテロ活動に身を投じていた。しかし作戦の失敗からロンドンでMI5(イギリス情報局国内保安部)に拘束され、捜査官のマックから内通者になることを強要される。長期の禁固刑をちらつかされた彼女は、幼い息子がいることから、その屈辱的な提案に屈してしまう。

かくして、IRAとMI5の板ばさみ状態におかれたコレットの綱渡りの日々が始まる。ベルファストに戻った彼女は、警察官の襲撃計画をマックに密告したことから、幹部から疑いをかけられるが、一方マックの周辺にもきな臭い空気が漂い始める。上司に不信感を抱いた彼は、機密情報からコレット以前にも内通者がいて、?シャドー・ダンサー?というコードネームで呼ばれていたことをつきとめる。

原作は、ジャーナリスト出身のイギリス作家トム・ブラッドビーのデビュー作で、扶桑社ミステリー文庫から『哀しみの密告者』という邦題で出ている。なにせ14年前の刊行なので、現在は新刊での入手が難しいが、今回の映画化では、作者のブラッドビーがそのまま脚本家として製作チームに加わっている。

ブラッドビーの脚本は、原作の設定やエピソードの一部を活かしつつも、思い切った改変が加えられている。後半、大胆不敵な襲撃計画が浮上してくる原作に対して、映画では?シャドー・ダンサー?なる内通者の正体に焦点はしぼられていく。

映画のクライマックスは、原作とはネガとポジの関係にあるが、観客に不意打ちをくらわせるとともに、信条を取るか、家庭を守るかという、つらい選択を強いられるヒロインの生きていく姿を観る者に強く印象づける。その衝撃度から、同じくアイルランド紛争を背景にしたニール・ジョーダン監督の傑作〈クライング・ゲーム〉(1992年)を引き合いに出したくなるが、それもあながち見当違いとはいえないだろう。

原作でも魅力的な女性として描かれているヒロインのコレットを演じるのは、一度目をとめたら忘れられない個性派の美女アンドレア・ライズフロー。わたしは、東京映画祭のみで上映されたリメイク版の〈ブライトン・ロック〉と〈わたしを離さないで〉(ともに2010年)で、その個性的な存在感を心に刻みつけられたが、今後の出演作ではトム・クルーズとの共演も控えているという成長株だ

対するMI5の捜査官マックを演じるクライヴ・オーウェンは、ミステリ映画ファンには〈ゴスフォード・パーク〉(2001年)の従者役や〈ボーン・アイデンティティ〉(2002年)の殺し屋でおなじみだろう。そのほか、母親役にトニー賞女優のブリッド・ブレナン、長男役に〈ダークナイト・ライジング〉のエイダン・ギレン、次男役に〈ハリー・ポッター〉シリーズのドーナル・グリーソンなど、物語の中心となるコレットの家族に、アイルランド系の芸達者をずらりと揃えている。

監督のジェームス・マーシュは、フランスの大道芸人フィリップ・プティがワールド・トレード・センターのツインタワーで行った綱渡りを描いたドキュメンタリー映画〈マン・オン・ワイヤー〉(2008年)を撮った人で、1990年代ベルファストの緊迫する時代の空気を巧みに醸し出してみせる。

すでに映画は先週末からロードショー公開中だが、サスペンス映画としての鮮烈な仕上がりに感心して、遅ればせながら取り上げた次第。原作刊行から十年以上の歳月を経て、作者が再構築してみせたこの物語のもうひとつの帰結に、ミステリ映画ファンは間違いなく心を震わせるはずだ。

※3月16日(土)よりロードショー公開中

[公式サイトはこちら]

http://shadow-dancer.com/

三橋 曉(mitsuhashi akira)

書評等のほかに、「日本推理作家協会報」にミステリ映画の月評(日々是映画日和)を連載中。

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