第41回「虚栄の都を舞台に、男と男の意地がぶつかりあう『ベガス』

 去年、通訳の仕事で初めてラスベガスに行ってきました(そうなんですよ、最近、とうとう「通訳」なんて仕事にまで手を出して、いよいよ何屋かわからなくなってきておる私であります)。

 計2回、十日間ほどの滞在だったのですが、そのあまりにも人工的でゴテゴテとしたキッチュな箱庭のような空間に、頭がクラクラする思いでした。高級さと安っぽさが常に隣り合わせに並んでる統一感のなさとか、もう目を覆わんばかりと言いますか……。

 ま、私は賭け事はまったくやらないので、余計にあまりおもしろく感じなかったのかもしれないのですが(なんせ、人生そのものがギャンブルと化してるもんで、他に賭け事してる余裕もないのです。とほほ)。

 さて、そんなラスベガスも、元々はもっと簡素な町だったといいます。映画『バグジー』で映画ファンにもお馴染みのギャング、バグジー・シーゲルが1946年にフラミンゴホテルを建設、そこからラスベガスはカジノの町となったわけですが、それでも、最初の頃は現在ほどの規模にはなっていなかったのです。

 そんな、まだラスベガスが今よりも小規模だった、1960年代を舞台にしたドラマ『ベガス』が昨年から始まりました。

 片や、カジノとホテルを改革してよりきらびやかな町を作ろうという野心に燃え、シカゴから乗り込んできた大物ギャング。

 片や、偶然が重なって町の保安官になってしまった、元MPで昔気質の正義感溢れるカウボーイ。

 この作品は、そんなクセも馬力もある中年のオヤジ二人が、男の意地をぶつけ合う熱い戦いのドラマなのです。

 物語は、ラスベガスの空港に、シカゴのマフィアのボス、ヴィンセント・サヴィーノが降り立つところから始まります。

 彼は、マフィアの大ボスたちから、カジノ経営の手腕を買われ、ラスベガスにあるマフィア経営のカジノ経営を任されたのです。

 サヴィーノは、旧態依然とした賭博場であるラスベガスを、もっと華やかで人々を惹きつける一大歓楽街に変え、大いに儲けようという野心に燃えていました。

 つまり、カジノを運営するだけでなく、ホテルの内装やサービスを豪華にし、質の高いレストランを招き、華麗なショーを展開して、ギャンブルをしない人々も招き入れようと考えていたのです。

 しかし、彼の考え方は急進的すぎ、なかなか誰にも理解されません。彼がめざわりだと言い出すボスたちまで現れてしまいます。しかも、彼が派手に動き出したために、町にいる他の派閥のギャングたちも、彼を叩こうとし始めるのです。

 一方、ちょうど同じ頃、ラスベガス郊外で牧場を営むラルフ・ラムのところに、市長が保安官助手になってくれと頼みに来ます。

 殺人事件が起こったのに、保安官が病気を理由にずっと職場に来ないので、代わりに捜査を指揮して欲しいというのです。

 実は、ラムはかつて陸軍でMP(憲兵)をしていた捜査活動のプロであり、昔から彼とは友人だった市長も、そのことを知っていたのでした。

 ところが、市長に頼まれ、渋々保安官助手になったラムが事件を解決した頃、今度は、休んでいたはずの保安官が死体になって発見されてしまうのです。実は、ギャングのボスたちからずっと賄賂をもらっていた保安官は、秘密を漏らしそうになって、ついにギャングの一人に消されてしまっていたのでした。

 その結果、空席になった保安官の椅子に、そのまま座る羽目になってしまったラムは、ギャングたちに牛耳られたラスベガスの町から犯罪者を一掃すべく、断固たる態度で職務を遂行し始めたのです。

 そして、こうなってしまったからには、サヴィーノとラム、二人の男の対決は、不可避のものとなっていったのです。

 時には強引かつ違法な手段を使ってでも己の夢のために邁進するサヴィーノにとって、ラムは目の上のたんこぶであり、町からギャングたちを一掃して健全化を図りたいラムにとっては、サヴィーノは最大の標的だからです。

 かくして、ラスベガスの町を巡って、その発展に命を賭ける男と、その治安維持に命を賭ける男との、熱い戦いの日々が始まったのでした。

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 ギャングのボス、ヴィンセント・サヴィーノを演じるのは、テレビドラマ『ザ・コミッシュ』『ザ・シールド ルール無用の警察バッジ』、映画『ファンタスティック・フォー』などでお馴染みのハゲ頭のいかついオヤジ、マイケル・チクリス。

 対するラルフ・ラム保安官は、これまた頑固オヤジ役がすっかり良く似合うようになったオッサン、デニス・クエイド。最近じゃリメイク版『フットルース』で頭の固い牧師役を演じてたりしましたね。

 脇には、ラルフの弟で助手を務めるジャックを、『Terra Nova 未来創世記』のジェイソン・オマラ、ラルフたちと共にギャングに立ち向かおうとする地方検事補を『マトリックス』三部作のキャリー・アン・モスが配役されています。

 こうして、映画やテレビの主役級俳優を4人もメインキャストに迎えたうえ、野外セットを含む精巧なセット群やCGを駆使して60年代のラスベガスを再現してみせるという、大変に豪華なドラマになっているのが、本作品の特長でしょう。

 もう一つの特長は、サヴィーノを完璧な極悪非道の悪人としては描いていないこと。時に殺人も辞さない非情な悪党ではありますが、人として情にもろいところや自分なりの理想を持っているところもある、魅力ある男として描いているのです。

 そして、一方のラムを、逆に破天荒かつ短気で頑固で掟破りな、見ようによっては実に「めんどくさい」正義漢(もちろん、だからこそかっこいいわけでもありますが)として描いていることによって、両者の対比が実にうまく描けているのでした。

 服装も、東部の金持ちであるサヴィーノがビシッとスーツを着こなしているのに対して、ラムはテンガロンハットにジーンズというラフなカウボーイスタイルなところも、見事に対照的。

 また、二人の直接対決は今のところ起こっておらず、毎回、常に他の事件に二人がかき回されつつ、時折ニアミスを起こしながら、互いに相手を強く意識していく、という描き方がシリーズを通して行われていて、一話完結のミステリとしても連続ドラマとしても機能するように作られているもの、上手いところだと思います。

 そして、このドラマの一番すごいところは、この二人の主人公には実在したモデルがいるというところでしょう。アメリカ、こえー。

 キャストの平均年齢が高い上に、60年代を舞台にしたある種の歴史ものでもあるから、もしかすると日本に入ってくるのは難しいかもしれませんが、個人的にはお勧めの一本です。

 さて、ラスベガスが舞台のミステリ小説を、と思ってみたのですが、これが案外少ないんですよね。

 テレビドラマだとラスベガスを舞台にしたミステリは、私立探偵ものの『ベガス(私立探偵ダン・タナー)』とか、カジノの監視チームを主役にした『ラスベガス』とか、何度も作られてるんですけどねえ。

 五人の若者がカジノ襲撃計画を決行する、ケイパー(泥棒もの)小説の古典(なんせ発表は1954年)、ジャック・フィニイの『五人対賭博場』は、ラスベガスと同じネバダ州でもリノのカジノが舞台ですし、そのものズバリ、ラスベガスのカジノを十二人の男たちが襲撃する映画『オーシャンと十一人の仲間』には原作がありませんしねえ。

 ちなみに、この『オーシャンと十一人の仲間』は、ちょうど『ベガス』で描かれているのと同じ時期のラスベガスで撮影されています(公開が1960年)ので、見比べると『ベガス』が当時の実景をどのくらいまで再現してるかがある程度わかったりするかも。

 さらにちなみに、現在のラスベガスの実景は、テレビでお馴染みの『CSI:科学捜査班』(皆さまご存じのとおり、これは現在のベガスが舞台です。ま、撮影のほとんどはロサンゼルスですが)や、『オーシャンと十一人の仲間』のリメイク版である『オーシャンズ11』とその続々編『オーシャンズ13』で見ることができます。

 おっと、ロバート・B・パーカーのスペンサーものの一作『チャンス』は、スペンサーとホークのコンビが、本拠地であるボストンを離れて、ラスベガスで一暴れしてたような記憶も。

 とここまで書いてから思いだしたんですけど、日本でも6冊ほど翻訳されているキャロル・ネルソン・ダグラスの《黒猫ルーイ》シリーズ(『黒猫ルーイ、名探偵になる』他)が、実はラスベガスが舞台なんですよね。

 でもあれ、アメリカ版『三毛猫ホームズ』と言ってもいい感じの、コージー・ミステリだもんなあ。全然ラスベガスっぽくない、つうか、『ベガス』とはまるで雰囲気が違うというか。

 いや、アメリカじゃ大人気で、90年代にシリーズが始まって以来、すでに20作以上発表されてたりするわけですが。ううむ(笑)。 

〔挿絵:水玉螢之丞〕  

●『ベガス』予告編

堺 三保(さかい みつやす)

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1963年大阪生まれ。関西大学工学部卒(工学修士)。南カリフォルニア大学映画芸術学部卒(M.F.A.)。主に英米のSF/ミステリ/コミックについて原稿を書いたり、翻訳をしたり。もしくは、テレビアニメのシナリオを書いたり、SF設定を担当したり。さらには、たまに小説も書いたり。最近はアマチュア・フィルムメイカーでもあり(プロの映画監督兼プロデューサーを目指して未だ修行中)。最近の仕事はテレビアニメ『エウレカセブンAO』のSF設定。最新刊は『WE3』(小学館集英社プロダクション)。

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