4月7日夕刻、仙台市の中心部にある某老舗デパートの上階で、奇しくもニューヨークの老舗デパートを舞台とする翻訳ミステリー小説の読書会が開かれました。

 会の名は「せんだい探偵小説お茶会」。東北で推理小説の読書会を! との思いで立ちあげられた自由参加型のサークルです。書店にポスターを貼ったり、ホームページやツイッターで告知したりして参加者を募り、2013年1月の第0回を皮切りに、月に1度のペースで読書会を開催しています。今回が第4回。とりあげる作品は、国内外や新旧を問わないミステリー小説です。これまでのところ、翻訳ものでは『そして誰もいなくなった』(アガサ・クリスティ)と『毒入りチョコレート事件』(アントニイ・バークリー)が課題書に選ばれています。

 第4回からは「ホスト制」が導入され、参加者が交代で課題書を選んで司会をつとめる試みがはじまりました。ホスト役のトップバッターを名乗り出たTさんが本格ミステリーの熱心なファンで、とりわけエラリー・クイーンを愛してやまないことから、折よく2012年暮れに刊行された角川文庫の新訳版『フランス白粉の秘密』が課題書に選ばれました。百貨店のショーウィンドウの格納ベッドから転がり出た死体の謎に名探偵エラリー・クイーンが挑む、〈国名シリーズ〉第二弾です。この作品の共訳者である下村が一参加者としてお茶会にうかがい、本レポートの筆をとらせていただきました。

 さて、当日。原作刊行の年である1930年から80年余の隔たりはあれど、作品の舞台と同じデパートのなかの会場に集まった参加者は、筆者を含めて7名でした(男性3名、女性4名)。ホストのTさん作成のレジメに従い、さっそく〈第一幕〉が開幕。自己紹介とともに、好きなミステリー作家とクイーン作品をあげていきます。隣県から足を運んだ人、ミステリーは大好きだけど翻訳ものははじめて読んだという人、歴史ものに目がないという人、そして、シンジケートのサイトでもおなじみ、福島読書会の常連さんも複数名いました。好きな作家では、横溝正史と京極夏彦とアガサ・クリスティの人気がダントツ。クイーン作品では、レーン四部作と『エジプト十字架』を推す声が多かったです。

 自己紹介がすむと、早々に〈幕間〉が設けられました。なんと、ホストのTさんから甘座洋菓子店のエクレア(課題書にちなんでフランス菓子)が、幹事のMさんから東北の銘菓「凍天」がふるまわれました。思いがけない粋な計らいに感激する参加者一同。おいしいものを食すと、口も心も軽くなりますね。しばしの雑談のあと、いよいよ本編である〈第二幕〉へ突入。課題書について感想や疑問を順に語っていきます。と、いきなり突っこみが炸裂しました。

「タイトルが微妙。特に?白粉(おしろい)?って?」

 はい、化粧品の白粉は一か所だけの登場で、しかも事件にはまったく関係ありません。原題はThe French Powder Mysteryで、powderが指しているのは、捜査の過程で証拠品として出てくるふたつの白い粉です。フランスのほうは、舞台となるデパートの名前がフレンチ百貨店ですし、登場人物にフランス人がいます。こじつけと言われればそうかもしれませんが、〈国名シリーズ〉のタイトルはどれもそんな感じです。『ローマ帽子』はローマ兵の兜ではなく、『オランダ靴』はオランダの木靴ではありませんので……。

「段階を追った推理が何よりの魅力だし、犯人を明かす趣向もさすが。でも、謎解きが物足りなく思えるところもある」

『フランス白粉』では消去法推理が用いられ、しかも、最後の一文まで決定的事実が明かされないというこだわりようです。おかげで結末の余韻が絶大な反面、説明不足な点もあってわかりづらいという声がちらほら。ただ、ていねいに読み返すと、序盤でけっこう大胆にヒントがちりばめてあるのがわかるという指摘もありました。

 それにしても、そもそも犯人があんなに面倒なことをやってのけたなんて信じられないとか、○○には血がついて××にはつかないのは不自然とか、投げっぱなしの伏線があるよねとか、鋭い突っこみも! また、非常に複雑で手のこんだ暗号が使われるけれど、そもそも電話ですませられなかったのはなぜ? 当時は交換手がいたから? という素朴な疑問も。

「長編二作目だからか、作家がまだ手慣れていない感じを受ける。たとえば、エラリーが珍妙な探偵道具セットを使うところや、J・J・マックによる序文の内容」

 クイーン作品を数多く読んだ人ならではの感想ですね。探偵道具がちまちま詰まった小箱をエラリーが得意げに自慢するくだりはほほえましいですが、お道具箱はこのあと『ギリシャ棺』など数編に登場するのみです。しかし、『フランス白粉』では、箱のなかの何十もの探偵道具のひとつが、謎を解決するうえであまりにも重要なヒントになっているんじゃないかという指摘も。言われてみれば、そうかも……。

 また、〈国名シリーズ〉の初期作品には、クイーン親子の友人と称するJ・J・マック氏の序文が添えられています。それによると、父親やジューナや妻子とともにイタリアに隠棲しているエラリー・クイーン(仮名)が、過去の事件を小説に仕立てているという設定になっています。それがのちの作品といろんな点で食いちがうんじゃないか、というわけです。たしかに序文には謎や矛盾があるようで興味深いですし、マック氏自身もかなり謎めいた人物と言えますね。

「各部の冒頭の引用文がどれも凝っていて興味深い」

 実在する書物からの引用文なのかと思い、調べてみた人が何名も! でも、すべて作者の産物なんですね。ほかの作品でも、クイーン警視の著作や名探偵エラリー・クイーンを登場させるなど、作者の遊び心が垣間見える部分です。

「ダッシュ(——)と三点リーダー(……)と傍点がやたら多い」

 クイーン作品の特徴のひとつです。ちなみに、傍点が打ってあるのは、原書の書体がイタリックになっている部分ですが、これでも原書よりはずいぶん少ないのですよ……。

「解説がすばらしい」

〈国名シリーズ〉の角川版新訳の解説は、エラリー・クイーン研究家として名高い飯城勇三さんが書いてくださっています。貴重な資料が盛りだくさんで、読みごたえ抜群です。

「表紙のイラストが……」

 やはり出ました、この話題。たしかに、古典作品にしては斬新なイラストです。これについては、大きく分けて女性と男性で受け止め方が異なるようでした。

 まず、女性陣はおおむね好意的ですが、エラリーがずいぶん若くて神経質そうとか、かっこよすぎるんじゃない? とかいう声も。また、このイラストのタッチは女性に広くアピールするものだし、このつづきや年齢を重ねたエラリーもぜひ見てみたい。でも、シリーズ後半になると美人に弱いひょうきんな面も出てくるから、いまのままでは女性には目をくれなさそうで(!)イメージが合わないかも、という意見もありました。脱線しますが、『オランダ靴』の表紙のエラリーとジューナは、せっかくならこの場面じゃなくて別の場面が見たかったわ〜(ハート)と、女性陣が意気投合。

 男性陣からは、書店で手にとりづらい、という声が。Tさんによると、年配の方が大半のクイーンファンクラブ会員のあいだでは、三対一くらいの割合で拒否反応を示す人が多く、逆に角川文庫のレーン四部作の装丁はとても好評だったとか。ほかには、最初にイラストを見たときは衝撃を受けたものの、エラリーの口調がくだけて現代的になったことも手伝って(角川版新訳での大きな特徴のひとつです)、いまではすっかり新しいエラリーが脳内で動きまわっている、という声も。と、表紙については賛否がわかれました。

 ときおり「この訳語や表記はどうなの?」「ここに注釈がないのはなぜ?」などと突っこみがはいり、読者への挑戦状ならぬ〈訳者への挑戦状〉が差しはさまれつつ(冷や汗)、あらかた感想や疑問が出つくしたところで〈最終幕〉へ。ホストのTさん作成の総括資料が配られました。作品の魅力や、突っこみの嵐でも出された数々の疑問点についてTさんなりの考察がまとめられている、締めにふさわしいすばらしい資料でした。

 予定の二時間があっという間に過ぎ、ひとり一冊ずつ古本のお土産をもらってお開きとなりました。この日は夜にかけて強風の影響で交通機関が乱れ、帰宅が遅れた参加者も多かったようです。筆者も新幹線の運転見合わせにより当地での一泊を余儀なくされましたが、そのぶんゆっくりと懇親会に参加することができました。

「せんだい探偵小説お茶会」では、今後も国内と海外のミステリー小説をバランスよくとりあげて、月に一度のペースで読書会を開催していきます。この日の懇親会でも、次回のホスト役が課題書選びに頭を悩ませていました。なんでも、みなさん、とりあげたい作品が多すぎるのだとか。お隣の福島読書会とのコラボ企画も近々予定されているそうで、東北の読書会がますます活気づいています!

下村純子(しもむらじゅんこ)

岐阜県出身、神奈川県在住。共訳書に『フランス白粉の秘密』(角川文庫)、『ダーク・スター・サファリ』(英治出版)。別名義でのロマンス小説の訳書もあり。

 

 当シンジケートでは、今後、各地の翻訳ミステリー読書会とのこのようにゆるやかな連携も推進していきます。興味のあるかた、お知り合いを紹介したいかたなどは、ぜひ事務局までご連絡ください。(事務局)

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