書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 急に暑くなりました。窓を開けると涼しい風が入ってきて、開いた本のページを揺り動かしていきます。なんとも気持ちのいい季節になりました。読書の秋もいいですが、読書の初夏もいいものですね。さあ、今月も七福神のお薦め本です。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

北上次郎

『暗殺者の正義』マーク・グリーニー/伏見威蕃訳

ハヤカワ文庫NV

 短いスペースなのでストーリーはいっさい紹介しないが、冒険小説ファンに絶対のおすすめ。2013年のいま、こういう冒険小説を読むことができるとは信じがたい。本年度のベスト1だ!

千街晶之

『赤く微笑む春』ヨハン・テオリン/三角和代訳

ハヤカワ・ミステリ

 テオリンの「エーランド島シリーズ」第三作。これまでの二作でお馴染みの元船長イェルロフと彼の新たな隣人たちが、かつてポルノの出版に関わっていた老人をめぐる連続怪死事件の真相にそれぞれ迫ろうとする。関係者の過去に遡ることで真実が繙かれてゆくという定番の構成ながら、住民たちがエルフやトロールの存在を身近に感じているという設定が、このシリーズならではの幻想味を醸し出していて見事なアクセントとなっている。

吉野仁

『暗殺者の正義』マーク・グリーニー/伏見威蕃訳

ハヤカワ文庫NV

 冒険活劇ファンに支持された『暗殺者グレイマン』の続編。またもや興奮につぐ興奮の展開だ。単なるアクションではなく、そこにアイデアがこれでもかとつめこまれている。すばらしい! あと、キング『ビッグ・ドライバー』の犯罪小説2編が期待を裏切らぬダークな味わいで大満足。

川出正樹

『黄金の街』リチャード・プライス/堀江里美訳

講談社文庫

 ロウアー・イースト・サイドの路上で射殺された若きバーテンダー。一人の青年の死は、水面を伝わる波紋のように静かにされど確実に周囲の人々の生き方に影響を及ぼしていく。作者リチャード・プライスは、華々しい世界と隣接する厳しく陽の当たらない場所に生きる人々の日常をあえて”非”劇的に活写する。その冷徹なれど暖かな眼差しが心地よい。かつてアメリカン・ドリームを胸に抱いた移民たちが初めて住み着いた街の今の喧噪と静寂を、ゆっくりと味わって欲しい。

酒井貞道

『コリーニ事件』フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳

東京創元社

 今月は悩みに悩んだ。純粋な娯楽としての読書体験を望む人には、スティーヴン・キングの中篇集『ビッグ・ドライバー』が鉄板である。収録二作はどちらも出色で、スリリングでサスペンスフルな狂気の心理劇を堪能できる。しかし、娯楽や趣味の範囲を突き抜けて、読者の心の余裕を切り裂き、精神に直接突き刺さり、響きわたり、染み入り、いつまでも残る作品は『コリーニ事件』を措いて他にない。内容について多くは語らない。お願いしたいのは、ぜひ再読してほしいということだ。無駄な文章が一行もないことが、恐ろしいほどはっきりとわかるからである。本書の真価は、それを理解してはじめて実感できるはずだ。本書においては、ありとあらゆる箇所が、いずれかの登場人物の内面や生き方を示唆するために使われている。一見簡素に見える文体の、底知れぬ静かな深さ。それこそが本書の魅力の源泉である。

霜月蒼

『暗殺者の正義』マーク・グリーニー/伏見威蕃訳

ハヤカワ文庫NV

 豊作の4月。おれをもっとも昂奮させたのはこれだった。暗殺のためのスーダン潜入、計画の齟齬と孤立無援の荒野横断、逆境のなかでの実行準備。そしてミッション開始! そこからはじまる長い長い銃撃戦は冒険小説史上でも稀な壮絶さだ。連射で灼けるアサルト・ライフルの銃身のように、読む者の脳神経も真っ白く灼熱するのである。空間把握の甘さはまだ残るが、テクニックなど後から身につければいい。物を言うのは天性の活劇と銃撃のセンスであり、グリーニーのそれは本物だ。ようやくクレイグ・トーマスを継げるやつが現われたのだ、よろこべ諸君。なお文芸派の読者にはロン・カリー・ジュニア『神は死んだ』をおすすめする。酷薄でコミカルで沈鬱でクールなこっちの傑作も、不思議なことにスーダンが舞台となる。

杉江松恋

『神は死んだ』ロン・カリー・ジュニア/藤井光訳

白水社 (エクス・リブリス)

 人間の女性の姿に身をやつした神が死に、その身体を犬が食う、という出来事から物語は始められ、最後は陰鬱で物悲しい終焉の景色とともに幕が閉じられる。連作短篇集から味わえる満足度という意味では、本書には満点を差し上げたいと思う。特にミステリーファンにお薦めするのは中盤に収録されている短篇「小春日和」である。絶望と拳銃だけを持ち寄って集まった若者たちが、互いの眉間に銃口を押し付け、ただ殺しあうだけの物語だ。この一篇を味わうためだけでも本書を読む価値はある。絶対のお薦め作である。

 なお、最後までフェルディナント・フォン・シーラッハ『コリーニ事件』と本書で、どちらを一席にするかを悩んだことを告白する。『コリーニ事件』の簡潔さ、緊密さを心より愛する。過剰な描写、饒舌な語りよりも最近はこうした静謐さに心が強く惹かれるようになった。

 コンベンションでは熱くグリーニー愛を語ってくださった北上さん。ついにはグリーニー以前/以降に冒険小説は分類できるという発言まで飛び出しました。それ以外にも秀作揃い、豊漁の四月だったと思います。さあ、来月はどんな本が読めますことやら。またお会いしましょう。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧