◆フランス推理小説大賞

 フランス推理小説大賞(Grand prix de littérature policière)は1948年から授与されている歴史ある賞で、新進のミステリー作家の優れた作品に与えられる。初期の受賞作はミッシェル・ルブラン『殺人四重奏』(1956年受賞)、フレッド・カサック『日曜日は埋葬しない』(1958年受賞)、ユベール・モンテイエ『かまきり』(1960年受賞)など。日本語で読める受賞作は20作品ほどあるが、現在新刊で手に入るものとしては、平岡敦氏による新訳が昨年出たセバスチアン・ジャプリゾ『シンデレラの罠』(1963年受賞)、光文社古典新訳文庫で出ているジャン=パトリック・マンシェット『愚者(あほ)が出てくる、城寨(おしろ)が見える』(1973年受賞/旧訳題は『狼が来た、城へ逃げろ』)、それからドミニック・ファーブル『美しい野獣』(1968年受賞)、ジャン=ジャック・フィシュテル『私家版』(1994年受賞)がある。

 近年はあまり翻訳されておらず、受賞作のうち日本語で読める最新のものは、2001年の受賞作であるミシェル・クレスピの『首切り』である。


 翻訳作品部門を見ると、たとえば1979年には異色のミステリー作品として知られるスタニスワフ・レムの『枯草熱』(こそうねつ)が受賞していたりして面白い。ちなみにこの部門を非英語圏の作家で最初に受賞したのは前回言及した「イタリア国産ミステリーの父」ジョルジョ・シェルバネンコで、受賞作は『裏切者』である(1968年受賞/邦訳が出たのはこの受賞がきっかけだったそうだ)。

 日本の作品が受賞したことはないが、2010年には翻訳作品部門の最終候補13作に島田荘司の『占星術殺人事件』(仏題『Tokyo Zodiac Murders』)が選ばれている。同回ではほかにリチャード・プライス『黄金の街』、トム・ロブ・スミス『グラーグ57』、フォルカー・クッチャー『濡れた魚』、ヨハン・テオリン『黄昏に眠る秋』などが候補になっていたが、受賞したのはウィリアム・ゲイ(William Gay)の『Twilight』(邦訳なし)だった。

◆フランス推理小説大賞を実は受賞していない(!?)作品たち

  • ルイ・C・トーマ『共犯の女』(ハヤカワ・ミステリ、1968年)
  • モニック・マディエ『バカンスは死の匂い』(角川書店、1981年)
  • フランソワ・ジョリ『鮮血の音符』(角川文庫、1996年)
  • セルジュ・ブリュソロ『真夜中の犬』(角川文庫、1998年)

 この4作は日本で翻訳出版された際に帯や内容紹介、訳者あとがき等で「フランス推理小説大賞受賞作」とされていた作品である。ところが、今回の記事を書くにあたってフランスで出版されたミステリー大事典『Dictionnaire des littératures policières』(通称メスプレード事典、2003年初版)の第2版(2007年)をチェックしてみたところ、この4作は同賞の受賞作リストには見当たらなかった。この事典を信頼するのならば、実は受賞作ではなかったということになるが果たして真相は……。

◆ミステリー批評家賞

 ミステリー批評家賞(Prix Mystère de la Critique)は1972年から授与されている賞で、その年の最優秀作に贈られる。批評家数十名がそれぞれ1年間の作品から10作品を選んで投票し、得票数の最も多かった作品が受賞するという方式の賞である。

 日本語で読める受賞作は10作品ほど。そのうち新刊で手に入るのはフレッド・カサック『殺人交叉点』(1973年受賞)、フレッド・ヴァルガス『死者を起こせ』(1996年受賞)および『裏返しの男』(2000年受賞)。ほかの受賞作は、ボアロー&ナルスジャックが正体を隠してアルセーヌ・ルパン名義で発表したルパン物『ウネルヴィル城館の秘密』(1974年受賞)や、ダニエル・ペナック『カービン銃の妖精』(1988年受賞)など。

 この賞にも翻訳作品部門がある。昨年日本で話題になったアイスランドのアーナルデュル・インドリダソン『湿地』は2006年の受賞作。ほかにロシアのボリス・アクーニン『堕ちた天使 アザゼル』などもこの部門の受賞作である。

◆813協会賞

 この賞(Trophée 813)は日本ではフランス語をそのまま使って「トロフェ813」と呼ばれたり、あるいは「トロフェ813賞」と呼ばれたり、「813杯」、「813協会××賞」、「813賞」などとされたりと定訳がない。813協会の会員によって選ばれる賞なので、ここでは分かりやすく813協会賞と呼んでおく。

 813協会(Association 813)は、ミッシェル・ルブランやアラン・ドムーゾンが中心になって1979年に設立したフランスの推理小説普及団体。もちろんその名はモーリス・ルブランのルパン物の長編小説『813』から来ている。

 813協会賞は1981年から授与されており、現在はフランス語長編部門、翻訳長編部門、研究部門、漫画部門(2012年に復活)の4つの部門がある。長編部門が2つに分かれたのは1994年からで、それ以前はフランス語作品と翻訳作品を同等に扱っていた。最初の年の受賞作は、パリ居住のアメリカ人作家マーク・ベイムの『氷の接吻』。以降、邦訳のあるフランス語作品ではディディエ・デナンクス『未完の巨人人形』(1984年受賞)、ダニエル・ペナック『カービン銃の妖精』(1987年受賞)、ジャン=クロード・イゾ『失われた夜の夜』(1995年受賞)、フレッド・ヴァルガス『裏返しの男』(1999年受賞)などが受賞。ちなみにフレッド・ヴァルガスは2002年、2004年、2006年にもこの賞を受賞している。

 またほかに、『バビロン・ベイビーズ』が訳されているモーリス・G・ダンテックが1994年に、アルジェリア出身の作家のヤスミナ・カドラが1997年に受賞している。

◆冒険小説大賞

 冒険小説大賞(Prix du Roman d’Aventures)は1930年創設のフランスで最も歴史の長いミステリー賞。こういう名称だが、冒険小説が受賞する賞というわけではない。松村喜雄氏によれば、当時フランスで「探偵小説」(ロマン・ポリシエ)という言葉には煽情的でご都合主義な読み物というマイナスイメージがあり、それを払拭するために「冒険小説」という名称が選ばれたのだという(『大密室 幻の探偵小説コレクション』解説)。

 これは今までに紹介したどの賞とも違うタイプの賞で、マスク叢書で出版されるミステリーを対象とする販売促進のための賞である。受賞作のなかではS・A・ステーマン『六死人』(1931年受賞)やシャルル・エクスブライヤ『パコを憶えているか』(1958年受賞)、カトリーヌ・アルレー『理想的な容疑者』(1981年受賞)、ポール・アルテ『赤い霧』(1988年受賞)などが有名だろうか。ちなみにこの賞は翻訳作品も対象としており、アルテの翌年の受賞作は夏樹静子の『第三の女』だった。ここでやや脱線すると——『第三の女』を英語版からの重訳で仏訳したのはエレーヌ・ナルボンヌという女性だったが、この人物は2年後、コニャック・ミステリー大賞を受賞してアンドレア・H・ジャップという名でミステリー作家デビューする(邦訳に『殺人者の放物線』がある)。

◆パリ警視庁賞

 パリ警視庁賞(Prix du Quai des Orfèvres)は1946年から授与されている公募の長編ミステリー賞で、審査は警察・司法関係者が行い、受賞作はファイヤール社から出版される。邦訳されているのは12作ほどで、最近では2005年から2008年の受賞作が4年連続でポケミスで刊行された(ジュール・グラッセ『悪魔のヴァイオリン』、クリステル・モーラン『ヴェルサイユの影』、フレデリック・モレイ『第七の女』、P・J・ランベール『カタコンベの復讐者』)。

◆コニャック・ミステリー映画祭(1982年〜2007年)の賞

 ポール・アルテが『第四の扉』で受賞したコニャック・ミステリー大賞(Prix du Roman Policier du Festival de Cognac、1984年〜2007年)は、フランス西部のコニャック市で開催されていたコニャック・ミステリー映画祭(Festival du film policier de Cognac、1982年〜2007年)で授与されていた賞。パリ警視庁賞と同じく公募の新人賞で、受賞作はマスク叢書で刊行された。ポール・アルテは1987年に『第四の扉』でこの賞を受賞してデビュー。その前年にはフレッド・ヴァルガスがやはりこの賞を受賞してデビューしている。

 アルテの『第四の扉』以外で邦訳されている受賞作は、ジャン・フランソワ・ルメール『恐怖病棟』(1996年受賞)、ジャック・バルダン『グリシーヌ病院の惨劇』(1997年受賞)、ダニエル・ジュフュレ『スイス銀行の陰謀』(1998年受賞)、ベルトラン・ピュアール『夜の音楽』(2001年受賞)の4作。

 ほかに『死のドレスを花婿に』が訳されているピエール・ルメートルや、先ほど述べたようにアンドレア・H・ジャップもこの賞の出身である。

 コニャック・ミステリー映画祭は2007年をもって終了となってしまったが、2009年からはフランス東部のボーヌ市でボーヌ国際ミステリー映画祭(Festival international du film policier de Beaune)が開催されていて、この公募新人賞もボーヌ・ミステリー新人賞(Prix du Premier Roman Policier du Festival de Beaune)として再開されている。コニャック・ミステリー大賞と同様に受賞作はマスク叢書で刊行される。

 コニャック・ミステリー映画祭では公募新人賞のコニャック・ミステリー大賞のほかに、既刊作品を対象とするコニャック・ロマンノワール大賞(Grand Prix du roman noir de Cognac、1999年〜2007年)も授与されていた。フレッド・ヴァルガス『裏返しの男』は2000年のフランス語作品部門受賞作である。こちらもやはり、ボーヌ国際ミステリー映画祭でボーヌ・ロマンノワール大賞として続いている。

 ところで、コニャック・ミステリー映画祭ではその名の通り、毎年ミステリー映画のコンペが実施され、グランプリや各種の受賞作が選出されていた。日本の作品では、1995年に北野武の『ソナチネ』が批評家賞、1999年にサブの『ポストマン・ブルース』が新人監督賞を受賞。開催地がボーヌに移ってからは、2009年に映画『容疑者Xの献身』が批評家賞を受賞している。

◆コニャック・ポラール・フェスティヴァル(1996年〜)の賞

 コニャック市では1996年に先ほどの映画祭とは別にコニャック・ポラール・フェスティヴァル(Festival Polar de Cognac)が始まっていて、こちらは今でも続いている(ポラールは「ミステリー」の意味)。こちらのミステリー祭では年間最優秀作に対して「Prix Polar de Cognac」を授与している。訳すと「コニャック・ミステリー賞」のようになってしまうが、それでは紛らわしいのでここでは仮に「コニャック・ポラール・フェスティヴァル賞」としておく。

 コニャック・ポラール・フェスティヴァル賞は当初はフランス語の小説だけが対象だったが、その後翻訳作品部門や漫画部門、映画部門なども創設された。2006年に始まった翻訳作品部門では、2010年に東野圭吾の『むかし僕が死んだ家』が受賞しているのだが、日本ではこのことはほとんど知られていないようだ。翻訳作品部門のほかの受賞作は、ピーター・ジェイムズ『1/2の埋葬』(2006年受賞)、カミラ・レックバリ『氷姫』(2008年受賞)、ジェフリー・アーチャー『誇りと復讐』(2009年受賞)など。

松川 良宏(まつかわ よしひろ)

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 アジアミステリ研究家。『ハヤカワ ミステリマガジン』2012年2月号(アジアミステリ特集号)に「東アジア推理小説の日本における受容史」寄稿。「××(国・地域名)に推理小説はない」、という類の迷信を一つずつ消していくのが当面の目標。

 Webサイト: http://www36.atwiki.jp/asianmystery/

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Dictionnaire des littératures policières : Tome 1, A-I

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Dictionnaire des littératures policières : Tome 2, L-Z

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