面白い探偵小説には、結末が近づくにつれ、「真相を早く知りたい」という気持ちと「まだ結末にたどりつきたくない」という気持ちがないまぜになったような不思議な高揚感を覚えるものだが、マックス・アフォード『百年祭の殺人』は、久しぶりにあの懐かしいときめきを想い起こさせる探偵小説だ。

 同書は、オーストラリアを代表する密室派といわれるアフォードの1936年に出版された処女長編。邦訳長編には、第2作『魔法人形』があるだけだが、こちらは中世魔術が甦ったような怪事件が続発するオカルト趣味に彩られた本格物。巧緻で骨太の謎解きという点では、こちらの処女作の方が優るものがあると思わせる。

 奇妙な求人に応じるためオーストラリアの荒野を列車で旅する外国人医学生と、脱獄した殺人鬼に関するエピソードが印象的なプロローグに続いて、本題の猟奇的な事件がスタートする。

 メルボルン市の百年祭で街が賑わう中、ベテラン判事が殺害され、死体からは耳が切り落とされていた。しかも、現場は密室状況。髭で顔を覆われた男が現場で目撃されているが、その行方は知れない。

 判事の娘の女流探偵作家、舞台女優、福音伝道キャンプの幹部ら怪しげな登場人物のアリバイが調べられ、判事の秘密が明らかになるものの、捜査は手詰まりに。

 続いて、青果店のオーナーが密室状況で殺害され、こちらは、右手を切断されている。現場付近では、やはり、髭の男が目撃されており——

 時折、ベテラン女記者の視点で事件の進行を綴ったり、章末で予想外の展開を持ち込むなど飽きさせない工夫もされており、この辺はラジオ台本で一時代を築いたという作者ならでは、と思わせる。

 探偵役は、『魔法人形』同様、数学者ジェフリー・ブラックバーン。引用癖が目につく程度で際立った個性に乏しい青年だが、後見役のリード主席警部との関係は、クイーン父子を意識したようなアット・ホームなもの。

 重要な手がかり提供者の登場を契機に、連続猟奇事件の展開は速度を増し、読者にじれったい思いをさせながら、意外な終章になだれ込んでいく。

 二つの密室の謎解きは正直物足りないが、本書の美点は、巧妙なフーダニットにある。 

 謎解きの核にあるのは、ある基本的なプロットの応用なのだが、真相を見抜くのは簡単ではない。密室状況をも取り込んだ作者側の誤導のテクニック、事態の進展に応じて計画を改変していく犯人側の誤導の戦略。二種の誤導の仕掛けを張り巡らしているのが効果を挙げている。一見、事件と無関係なプロローグと結末を呼応させる構成も巧みだし、やや説明不足の点があるとはいえ、ボリューム感溢れる謎解きシーンもうれしい。

「数か月、いやおそらくは数年前からこの悪魔的なゲームのあらゆる指し手を予測し、考え抜いてきただろう天才的頭脳ですよ」と犯人像を言明し、肘掛け椅子に深く身を沈め、紫煙に包まれて、謎解きという「精神の格闘」を続ける探偵ジェフリー。

 探偵小説の読み手の精神を高揚させるのは、名探偵と名犯人の火花を散らす頭脳闘争であることを作者は良く知っており、背景となる百年祭の描写も、探偵の個性の描出もそっちのけで、論理的な謎解きと意外性の追及に没頭する本書のつくりは、いっそ清々しい。

 同時代のマエストロの高みを目指した、衒いのない直球の謎解きミステリであり、クラシック本格好きにとって、今年の収穫といえる一作。

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)

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 ミステリ読者。北海道在住。

 ツイッターアカウントは @stranglenarita

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