今年の夏休み

 皆さま、お盆休みはいかがお過ごしでしたでしょうか。今年の日本は猛暑が続いていると聞きますが、スウェーデンは美しくも短い夏が終わってしまい、すっかり秋模様です。

 さて、前回は私の行き当たりばったりO型人生をダラダラと語ってしまいましたが、何人もの方が記事のリンクをツイートしてくださったのを発見し、感謝感激です。ええ、はい、気になってツイッターでの反応をこっそりチェックしておりました。スマホを駆使して、『長くつ下のピッピ』家の前で。

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 ちょうどその日は、家族でスモーランド地方にあるアストリッド・リンドグレーン・ワールドというテーマパークを訪れていました。ご存じのとおり、『長くつ下のピッピ』で知られるアストリッド・リンドグレーンはスウェーデンを代表する児童文学作家です。このテーマパークには、ピッピ以外にも『ロッタちゃん』『エミールくん』『山賊のむすめローニャ』『やかまし村』『やねの上のカールソン』『さすらいの孤児ラスムス』『はるかな国の兄弟』『おもしろ荘のマディッケンちゃん』の世界が再現されており、それぞれの場所でほぼ一日中お芝居が繰り広げられています。丸二日ではとても全部は見きれない、充実したテーマパークでした。

 今回の旅行ではさらに、拙訳書『冬の生贄』の舞台となった地方都市リンショーピンや、今年十二月刊行予定の『ノーベルの遺志』(仮題)に出てくるストックホルム市庁舎にも写真を撮りに行ってきました。この市庁舎は、毎年12月に行われるノーベル賞晩餐会の会場です。『ノーベルの遺志』では、冒頭で謎のアメリカ人美女がその晩餐会に潜入し、受賞者らを撃って逃亡します。

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「逃走したのは、おそらくこの搬入口からだな……」とつぶやきながら、普通の観光客は見ないような箇所を激写する怪しい日本人になっていました。この作品については次回じっくりお話させていただきたいと思います。ストックホルムでは『ミレニアム』の舞台だったセーデルマルム地区に宿泊しました。家族旅行なのに、私が企画するとまるっきり取材旅行になってしまい、家族はいい迷惑ですね。各所で撮ってきた写真は、作品の刊行に合わせてどこかでお目にかけたいと思っています。

田舎でもできる仕事を探して

 前回、本の仕事に関わるようになったいきさつを書かせていただきましたが、実はそこにはもうひとつ重要な理由がありました。スウェーデンに来て私が住むことになったのは、人口5万人のスンツヴァル。スウェーデンでは20位以内に入る立派な地方都市なのですが、日本人の感覚ではかなり小さな町です。

 こちらに来た当初は、せっかくスウェーデンなのだし素敵なデザイン家具や雑貨を日本に紹介したり卸したりするビジネスを考えたこともありました。しかし、その場合、田舎に住んでいるというのは決定的なデメリットになります。首都ストックホルムであれば、新ブランドや新進気鋭のデザイナーさんの情報もどんどん入ってくるし、デザイン関係のネットワークも広げやすいでしょう。しかし田舎ではそれは到底無理だということであきらめました。一方で、本というのは発売日になれば首都だろうと田舎だろうと同じように店頭に並びます。田舎に住んでいることがまったくデメリットにはならないのです。むしろ緑の多い場所に住めて、仕事中に目を休ませるには最適かもしれません。実際にこの仕事を始めてみると、商談などでストックホルムに上京する必要は一度もありませんでした。いまどき、取引先とのやりとりはメールと電話ですべて事足りてしまいます。あとは年に一度、北欧最大のブックフェア—のためにヨーテボリに行けば、すべての出版社・エージェントさんと一気にミーティングできます。ミーティングといっても、まあ年に一度くらい顔見て話そうかというくらいのもので、そこで何か重要な商談が行われるわけでもなく、やはり実務的には普段のメールで十分進むのです。

スウェーデンの本屋さん事情

 さてその田舎町スンツヴァルの本屋さん事情ですが、スウェーデンの北半分では一番大きな都市であるにも関わらず、本屋は二軒しかありません。どの町にもある大手チェーンのAkademibokhandelnとBokiaです。今年の初めにこの二社が全国的に合併することが決まったので、間もなく一軒になってしまいます。スウェーデンの本屋の数というのはそんなものです。雑誌は本屋には置いていなくてガソリンスタンドやスーパーで買うものですし、Pocketと呼ばれるペーパーバックも売れ筋のものはガソリンスタンドやスーパーで手に入ります。日本と違って定価が決まっていないので、値段は店によってバラバラ。スーパーなんかだと、段ボール箱に入って「どれでも一冊十クローネ!」(一クローネ=13〜16円)と最終処分されてしまったり、2011年に大ベストセラーになったサッカー選手イブラヒモビッチの自伝などは、売れるものは何でも売れとばかりにスーパーのフルーツ売り場でバナナの横に積み上げられていたことが今でも忘れられません。こんな状況なので、売れ筋からそうでないものまできちんと取り揃えて、新作だと三百クローネ近くで販売する“普通の”本屋さんの経営が決して楽ではないだろうことは容易に想像がつきます。

 そんな中、わが町スンツヴァルの本屋Bokiaは昨年、全国の人気本屋投票でベスト5に名を連ねたのです。この小さな町のいち本屋がです。なぜか、というとそれはひとえに店長さんの本への情熱によるものでした。(全国チェーンとはいえ、雇われ店長ではなく、フランチャイズのようです)

 店長のレナートおじいちゃんは、毎週のように“本の夕べ”というイベントを開催し、有名作家さんをお招きして自分の本屋で講演会を開いています。この“本の夕べ”のおかげで、私は田舎在住ながらスウェーデンの有名なミステリ作家さんには軒並みお会いして、サインをもらって、言葉を交わしました。スティーグ・ラーソンはすでに亡くなられているのでお会いしたことはありませんが、彼が長年連れ添ったパートナーのエヴァさんは講演しにいらっしゃいました。

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 “本の夕べ”では毎回1〜2名の作家さんが講演されるのですが、毎年秋には「ミステリ・フェスティバル」と銘打った大がかりな講演会も行われます。去年はアーネ・ダール、ロスルンド&ヘルストレム、ヴィヴェーカ・スティエンと、一晩のうちにそうそうたる作家さんたちのお話を伺うことができました。特別ゲストでなんとマイ・シューヴァルさんまで! ほぼ伝説級のお方ですよね。マイ・シューヴァルさんは歯に衣着せぬ物言いで“可愛い不良おばあちゃん”という感じでした。ほんの少しですがお話できたのは、一生の自慢です。

 これほど盛んに作家さんの講演会が開催されるというのは、首都ストックホルムでもあり得ないことだそうです。たまたまこんな町に住んでいるなんて、私は本当に幸せ者です。今年も十月に三日間にわたる「ミステリー・フェスティバル」が開催されるので、企画実行委員に名乗りを上げてしまいました。どんな作家さんが来て下さるか、今から楽しみです。ただ、趣味で参加しているオーケストラの本番直前の練習と重なりそうなので、残念ながら三日間すべては聴きに行けそうにはありません。

 こんな素晴らしいイベントを企画してくれる店長のレナートおじいちゃんは、当初から私の仕事を応援してくれていた恩人でもあります。まだ私が何の実績もない頃から、講演にきた有名ミステリ作家さんに私のことを紹介してくれていました。アンナ・ヤンソン女史(スウェーデンでは知らない人はいない有名女流ミステリ作家)に紹介してもらったときには「日本に売らせてください!」と直談判したものです。1年越しにやっとそれが現実になった時には店長さんも女史ご自身もとても喜んでくださいました。こういった周囲の温かい支援によって、今の私があります。

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感謝してもしきれない恩人、店長のレナートおじいちゃん

スウェーデンミステリの二本柱は“社会批判”と“個人の人生の模索”

 こうやって講演会を聴いたり、リーディングをしているうちに、スウェーデンミステリとはなんぞや、というようなことを考えるようになりました。現在のスウェーデンミステリの起源は、今から五十年近く前に先述のマイ・シューヴァルが夫のペール・ヴァールーとともに執筆した『マルティン・ベック・シリーズ』だと言われています。ミステリという大衆小説を通じてスウェーデン社会を批判するという手法を取り、個人の人生の葛藤にも焦点を当てたというのも当時としては斬新でした。その二本柱は、ヘニング・マンケルやホーカン・ネッセルなどの大御所たちに受け継がれ、今の人気作家たちの作品にも確実に影響を与えています。(このあたりの詳しいことは雑誌『エクセレントスウェーデン・ケアリング』vol.15に寄稿したので、ご興味のある方は紀伊国屋書店ウェブストアよりどうぞ)

 拙訳書『冬の生贄』(モーリン・フォシュシリーズ1作目)も、まさにこの王道を踏襲した作品でした。社会問題も個人の生き方も、スウェーデン社会と深く結びついたテーマですから、現地在住翻訳者としては腕が鳴る、とでも申しましょうか。スウェーデン語ができても、日本に住んでいた頃はこういう作品を訳すのは無理だったと思います。読んでいて、スウェーデンに住む前は作者の意図がわからなかっただろうなと思うことが多々ありました。そういった点に関しては、存分日本の読者の皆様向けにあとがきで思う説明させてもらいました。『冬の生贄』のあとがきでは“移民出身の警察署長というのがスウェーデンでどういう立ち位置にいるのか”“スウェーデンでは着ているものよりも住まいがその人を表す”ということを力説。可能であれば写真も載せたいくらいでした。翻訳者のくせにあとがきや写真に頼るなと怒られそうですが、スウェーデンのミステリというのは元々はスウェーデン人によるスウェーデン人のための小説。肝心なところは補足説明をしないと日本の読者はなんだかよくわからないまま読み終えてしまうことになります。

 いずれにしましても、スウェーデンというのは日本とは全く違った社会で、住んでいる人たちの価値観も日本人からはなかなか想像もつかないようなものです。日本から見ると例えばアメリカとスウェーデンはどちらも“白人が住む先進国”と一括りにされているかもしれませんが、それは大きな間違いです。スウェーデンのように人口が少ない上に福祉と平等を追求した社会というのは、端的に言えばむしろ社会主義に近いほど。弱肉強食社会である日本とアメリカのほうがよっぽどよく似ています。スウェーデンというのはそれほど日本の方にはなじみのない社会なのです。これからも、ただ文章を訳すだけでなく、その後ろにある社会のつくりや人の価値観をお伝えしていければと思っています。

 なぜ私がここまでスウェーデンの紹介にこだわるかと言うと、スウェーデンというのは精神的に日本の数十年先を行く社会だと思うのです。スウェーデンも過去には今の日本と同じ問題に向かい合ってきました。少子化、保育園不足、老人介護、年金、原発……。そこをどうやって打開し、今に至ったのか。成功した事例ばかりではありません。それでも多くの社会問題が存在するのは、スウェーデンミステリを読んでくださってる方なら、よーくご存知かと思います。福祉社会を追求した結果として新しく生まれてくる問題もあります。日本のマスコミはスウェーデンを理想の福祉社会として取り上げがちですが、現実を直視することも必要だと思います。日本には、スウェーデンのいいところは真似して、失敗した部分は改善し、より良い社会を目指してほしい。だから少しでもスウェーデンの現実をお伝えしたいという気持ちがあります。小説というのは、なじみのない社会を理解するのにはうってつけの手段ですよね。

 さて、それでは、最近目につくトレンドを取り上げてみたいと思います。そういえばそのテーマで書いたもののボツにした記事があったので、ここでそれを引っ張り出して陽の目を見せてあげたいと思います。そこだけ文調が違いますが、どうかご了承ください。

夏休みにぴったり。読むだけでリゾート気分なシリーズ。

 6月に入ると、スウェーデンは社会全体が夏休みモードになる。5週間という長いスウェーデンの夏休み。日本人の感覚だと、うらやましいを通りこして、そんなに長い期間何をしたらいいか途方にくれてしまいそうだ。スウェーデン人は一体、その5週間をどのように過ごしているのだろうか。田舎に別荘を所有している人は夏じゅうそこに滞在するし、自宅の庭をオアシスにしてウッドデッキで日光浴、という人も多い。旅行に出かける場合は、せわしなく観光地をいくつも回る旅ではなく、滞在型リゾートを好む傾向がある。ひとつのホテルに長期滞在し、毎日ビーチでのんびりするのだ。どの過ごし方をするにしても欠かせない存在が、本である。夏休みにのんびり読みたいのは、ビジネス書や難解な文学ではなく、おのずと娯楽度の高いミステリになる。

 その中でもとりわけ愛されているのが憧れのリゾート地を舞台にしたミステリだ。読むだけで人気のリゾート地を訪れた気分になるミステリシリーズが、今スウェーデンでは大人気。夏休みが取れないと嘆いているあなたも、夏の通勤中に読めばスウェーデンでのリゾート気分を味わえるかもしれない。

イングリッド・バーグマンにも愛されたフィエルバッカ

 スウェーデンミステリの女王として、日本でも知名度の高いカミラ・レックベリ。2009年にエリカ&パトリック事件簿シリーズの一作目『氷姫』(集英社)が発売され、その後も『説教師』『悪童』『死を哭く鳥』と続編が出ている。スウェーデンでは現在8作目まで発売されているこのシリーズ、舞台となるのはヨーテボリから約100キロ北に位置する海岸町フィエルバッカ。ここはレックベリ自身の故郷で、人口千人にも満たない小さな町だが、その美しさでスウェーデン出身の大女優イングリッド・バーグマンにも愛されという。バーグマンは毎夏のようにこの町に滞在し、没後はその遺灰がこの海に撒かれたほどだ。平和なはずの美しい海岸町で起きる殺人事件を、作家のエリカと幼馴染の刑事パトリックが解決していく。このシリーズはなんと1200万部を売り上げ、世界50カ国に翻訳出版されている。日本のAXNミステリーチャンネルで放映されたドラマ版のほうは、スウェーデンで2012年のスウェーデン製ドラマ視聴率で一位を記録したという人気ぶりだ。

 そんなレックベリはスウェーデンで最も稼いだ作家であり、ヨーロッパ全体でも7位にランクインしている。大学ではマーケティングを専攻し、テリアやフォータムというった大企業のプロダクトマネージャを歴任してきた過去を持つ。ただ小説を書くだけの作家にとどまらず「自分はビジネス・ウーマンであり、カミラ・レックベリというブランド価値を高めていく」と公言している。2011年からは絵本のシリーズも手がけているし、その美貌を活かしてテレビ番組の司会者やアクセサリーブランドのイメージモデルも務めている。リアリティー番組に出演した警察官と結婚したと思ったら、このたび離婚して世間を騒がせたりと、そのブランド価値は文句なしに高まる一方だ。

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 レックベリ姫が発信する絵本はわが家にもあります。超能力を持つ赤ちゃんが活躍する話なのですが、これが……面白い面白くないという以前に、私が読んだなかで一番難しい文章の絵本です。絵本なのに、難易度でいうと小学校高学年くらいでしょうか。五歳の娘に読み聞かせたところ「???」となっていました。姫自身(連れ子も含め)五人も子供いるんだから、もうちょっと子供向けの文章を書こうよ!

セレブの集うストックホルム群島のサンドハム島

 首都ストックホルムの人々が気軽に訪れることができる人気のリゾート地といえば、フェリーで1〜2時間で訪れることのできるストックホルム群島。数ある小島の中でも、サンドハムン島は古くから王室メンバーが参加するレガッタ競技が行われる場所でもあり、とりわけセレブに愛されている。この島を舞台にしたミステリ・シリーズを書いているのが女流作家のヴィヴェーカ・スティエン。スティエンは人気作家になる以前は、弁護士であり民営化された郵便局の副社長というスーパーキャリアウーマン。三人の子供の母親でもあり、キャリアも家庭も手に入れたスウェーデン人女性というイメージだ。彼女のシリーズの主人公は二人の息子を育てながら金融系の弁護士をしているノーラ。平和なはずの島で起きる事件を、幼馴染の警官トーマスと一緒に解決してゆく。一般的なスウェーデン人女性のイメージよりおっとりした主人公ノーラ、一方でかなり亭主関白な夫やセレブ気取りで高慢な姑が登場し、日本人の感覚でもかなり受け入れやすいファミリードラマにも仕上がっている。

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 こちらのヴィヴェーカ・スティエンさんには講演会でお会いしたことがあるのですが、極めて優秀なキャリアウーマンであるにも関わらず、すごくキュートな方でした。スピーチもチャーミングで、人を惹きつける魅力がありますね。神がこの女性に二物以上与えたのは間違いありません。版権は売れているので、日本でもそのうち刊行されると思います。みなさんもぜひ、「この夫、なんでそんなに自分中心なの!」「姑むかつくー!」と主人公に共感してみてくださいね。

手つかずの自然と遺跡が残るエーランド島 

 レックベリと並んで日本でも知名度が高いのが、ヨハン・テオリンだろう。日本では2011年から『黄昏に眠る秋』『冬の灯台が語るとき』『赤く微笑む春』(いずれも早川書房)とエーランド島の四季を舞台にしたミステリのシリーズが発売になっている。バルト海に浮かぶエーランド島はスウェーデン本土とは異なった自然体系と遺跡が魅力で、夏には多くの観光客で賑わう。島に別荘を購入し、夏じゅう滞在する富裕層も少なくない。テオリンは物心ついたときから毎夏のように、代々母方の親戚が住んでいたエーランド島を訪れていた。祖父はエーランド産の石灰石をストックホルムに運ぶ小さな船の船長で、幼いテオリン少年に島に語り継がれる伝説や幽霊譚を話して聞かせた。それがテオリンの各作品のモチーフとなり、ミステリアスな世界を作り出している。スウェーデンでは2012年にエーランド島の物語を集めた短編集も出版され、そのほとんどがシリーズと同じイェルロフ老人を主人公にしている。

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 こちらのテオリンさんにも講演会でお会いしました。写真はアンナ・ヤンソンさんとともに“本の夕べ”に登場されたときの様子。あのベレー帽とタートルネックは彼のトレードマークなんでしょうか。いつもそのスタイルのような気がします。小説のイメージだと怖そうな感じですが、実際には素朴で内気そうな風貌で、恥ずかしそうに微笑む笑顔が超好みです。あ、私の好みなんてどうでもいいですね。でも話を始めると、すごく面白いんですよ。子供の頃にエーランド島でほらふきな祖父や叔父たちから聞いた話を面白可笑しく話してくれました。私が会った中ではこのテオリンさんとアーネ・ダールさんがスウェーデンミステリ作家の最もイケメンですね。会ったことない方だとイェンス・ラピドゥスさんがハンサムそうです。今度、イケメン作家ばかり紹介した記事を書いてみようか。でもきっとボツになるだろうな・・・。

あなたは誰がお好み?

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 話がそれましたが、リゾート特集の続きです。

中世の面影残る世界遺産ゴットランド島 

 エーランド島のすぐ下に位置するのが、スウェーデン最大の島ゴットランド。こちらもエーランド島に引けをとらない人気の観光地だ。中世にはハンザ同盟の交易地として栄えた中心部ヴィースビーは、ドイツの影響の濃い建築物が並び、当時の栄華を現世に伝えている。美しい町並みはユネスコの世界遺産にも指定され、ストックホルムとともに映画『魔女の宅急便』の町の風景の参考にされたという。毎年八月の中世週間祭りには、町の各所で中世のイベントが行われ、スウェーデン中から集まる観光客はみな思い思いに中世の衣装を身につけている。衣装は購入することも出来るが、この日のために一年がかりでデザインして縫い上げるスウェーデン人も少なくない。この週にヴィースビーに滞在すると、まるで映画のセットの中に紛れ込んでしまったのかと思うような体験ができる。一歩ホテルを出れば、恰幅のよい僧侶もいれば裸足の農民、狩人、貴族が道を歩いている。ヴィースビーの町の城壁から外にでると、そこにはゴットランド独特の美しい自然がそのまま残っている。どのビーチも夏中、観光客で込み合っているような人気のリゾート地だ。

 ゴットランドを舞台にしたミステリシリーズはアンナ・ヤンソン、マリ・ユングステッド、ホーカン・エストルンドなど挙げればきりがない。特にアンナ・ヤンソンとマリ・ユングステッドという二人の女流作家は、新作を出せば必ずベストセラー入りする定番中の定番。ヴィースビー市警の女性警官マリア・ヴェーンを主人公にしたアンナ・ヤンソンのシリーズは今年でもう15作目にもなり、同じくヴィースビー市警の初老の刑事とスウェーデン国営テレビの男性レポーターを主人公にしたマリ・ユングステッドのシリーズは10作目になる。

 アンナ・ヤンソンのシリーズでは、ゴットランド島に古くから伝わる呪いや伝説を思わせる怪事件が発生する。男を惑わせ死へ導く人魚の伝説、総督の幽霊、牢獄の遺跡に隠された海賊の宝の地図・・・・・・。ゴットランド島で生まれ育ったアンナ・ヤンソンは祖母が語る島の伝説を聞いて育ったという。42歳という年齢で作家デビューしたアンナ・ヤンソンは看護婦として25年の勤務経験がある。(最初の数年は半分作家、半分看護婦という兼業だった)そんな彼女が描き出す精神不安定な病人たちの描写はあまりにリアルで、読んでいるうちに読者は自分がおかしいのか?と錯覚に陥るほど。スウェーデンの医療や老人介護の問題点も垣間見ることができ、非常に興味深い。スウェーデンではシリーズから8作品がドラマ化されており、美しいゴットランドの風景とヴィスビューの町並みを映像でも堪能することができる。

 そう、こちらが私が“本の夕べ”で直談判した女流作家アンナ・ヤンソンさん。ちょうど今、訳しているところです。刊行は来年になりますでしょうか。訳すからにはと、去年は夏休みにゴットランドに旅行に行きました。世間の評判を裏切らない素敵な場所でした。ストックホルムから飛行機やフェリーでひとっ飛びですので、機会があればぜひ訪れていただきたい観光地です。現地ではこのアンナ・ヤンソンのシリーズを辿るツアーもありますよ。

地方都市に根付いたシリーズ

 リゾート地以外にも、スウェーデンではある特定の地方都市を舞台にした作品が人気です。ヘニング・マンケルのイースタッドや、『冬の生贄』のモンス・カッレントフトのリンショーピン、オーサ・ラーションのキルナ、オーケ・エドヴァルドソンのヨーテボリなどが代表的でしょうか。そこにはファンが観光に訪れ、町おこしにも一役買っているようです。特に、イースタッドには博物館があったり、観光局でヴァランダーの足跡をたどれるマップも配っているとのこと。『エクセレントスウェーデン・ケアリング』のVol.13には編集部がイースタッドに赴いて取材した記事、Vol.14には『ミレニアム』のストックホルムを取材したがありましたよ。

 実は私の住むスンツヴァルを舞台にしたミステリシリーズもあります。地元の病院でインターンをしていたお医者様が本業の片手間に書いてるシリーズで、私が日常的に通りがかる広場や港や駐車場などが次々と話のなかに出てきます。自分の住んでる街のミステリ小説なんてぜひ訳してみたいところですが、それほど評価の高い作品ではないので日本語に訳されることはないでしょうね。残念です。ただ、地元でのその作品の売上は目を見張るものがあります。図書館での貸出件数も常にトップ1〜3位を占めている状態。ある程度人口が多い地方都市を舞台にしたミステリを書けば、それなりに売れるのは間違いないですね。

作者のバックグラウンドという角度で見ていくと

 従来はジャーナリスト出身の作家さんが圧倒的に多かったのですが、最近目につくのがテレビドラマや映画の脚本家出身という方々。こういった作家さんの作品は従来のスウェーデンミステリに見られた“社会批判”や“個人の苦悩”は最小限に抑えて、エンタテーメント性を重視しているように感じます。テンポよく話が展開し、べつに舞台がスウェーデンじゃなくて他のヨーロッパの都市でもいいような内容です。従来のスウェーデンミステリのじめっとしたノリに慣れてらっしゃる方は「洞察に深みが足りない」と感じるかもしれませんが、普段から「登場人物のプライベートとか社会問題とかどうでもいいから、とにかく面白いミステリが読みたい」と思っている方にはお気に召していただけるかと思います。

 その中でぜひ二作品ご紹介しておきたいものがあります。

 まず、来年もしくは再来年に日本でも刊行される、ハンス・ローセンフェルトとミカエル・ヒョットという脚本家二人組による『セバスチャン・ベリマン・シリーズ』。日本でも放映されたデンマークとスウェーデンの合作ドラマ『ブリッジ』を手掛けた脚本家だといえば、ピンと来る方もいらっしゃるでしょうか。脚本家としてテレビ業界で大活躍してきた彼らの作家デビュー作になります。主人公のセバスチャンはスウェーデンでも最も優れたプロファイラーにも関わらず、セックス依存症で出会った女はすべて口説いてしまうという、まるで“冴羽遼”(また例えが古くてすみません・・・年齢がばれますね)のような男で、脇役も個性豊かで面白いんです。コメディータッチのミステリってスウェーデンでは非常に珍しいので、関西出身の私は思わず心を鷲掴みにされました。さっきまで自分は社会問題を扱った作品が好きとアピールしていた私ですが、この作品は社会問題にはほぼまったく触れていません。昨年日本の出版社さんにご紹介させていただき無事版権が取れましたが、その時点で私自身はこれ以上翻訳を引き受けられない状況でしたので、別のもっとすごい翻訳者さんがお届けしてくださる予定です。どうぞお楽しみに。

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 この二人組が“本の夕べ”にいらしたときの写真です。おじさま二人組なのですが、やたらでかいハンスさんのほうがテレビにも出演するタレントでもあり、とにかく話が面白い。もう一人のミカエルさんはコワもてですが、実際にお会いするとすごく優しい方でした。

 ハンスさんによると、脚本家出身の作家ならではの苦労もあるようです。あらすじを考えるのはどちらの仕事でも同じですが、テレビや映画の場合は、ロケ地、音楽、大道具係やスタイリストさんが一緒にその世界を作り上げてくれます。しかし本となると作家自身がすべての役目を担わなければならない。何が見えて何が聞こえて……。二人は知恵を絞って、今までは考えたことのなかったその部分を言葉にしていきました。でも途中ではたと気づくと、匂いについて全然触れていなかったそうです。「だからこのシリーズは、途中から急に“匂う”ようになるんだよね」と笑うハンスさん。どのあたりから匂い始めるかは読んでのお楽しみということで・・・。

 去年作家デビューして話題になった脚本家さんがもう一組います。チッラ&ロルフ・ボリィンドというご夫婦二人組みなのですが、あの『マルティン・ベックシリーズ』の映画およびテレビドラマの二十六作品の脚本を書き、名誉ある脚本賞を受賞しているというビッグなお二人。最近ではアーネ・ダールのドラマの脚本も手がけているそうです。彼らが三部作を書くということで、原案の時点で三部作とも映画化が決まっていたということですから、映像業界というのは地味な書籍業界に比べてずいぶんと羽振りがよさそうですね。

 どんなあらすじかというと、私がリーディングした際にはこのように書きました。 

 満月の満潮の夜、スウェーデンのノードコステルの海岸で、裸の妊婦が砂浜に埋められ殺害された。儀式殺人か? 事件は被害者の身元すら分からないまま迷宮入りした。20数年後の現在。ストックホルムではホームレスを狙った残虐な暴行事件が連続発生していた。警察学校の3年生のオリビアは夏休みの課題としてノードコステルの事件を選んだ。それが自分や多くの人々の人生を大きく変えるとは思わずに・・・。

 いかがでしょうか。読みたくなりましたでしょうか? こちらも日本で版権は獲得していますので、そのうち刊行されます。ねたバレになるのでこれ以上詳しくは書けませんが、世界中を飛び回るかなりダイナミックなお話です。しかも、大富豪からホームレスまで登場して、刺激的です。そんな中で、主人公の女子がまだ警官の卵という頼りなさが心を和ませます。でもお父さんは伝説の警察官という、いかにも!な設定です。この子、オリビアちゃんはプライベートでもはらはらさせてくれます。かなり年上の既婚者と付き合ってたりとか。(あっ、言っちゃった) 登場人物が多いので、それだけは覚悟してくださいね! どうか普段からスウェーデン人の名前を読みなれる訓練に励んでおいてください。

 というわけで、昨今スウェーデンでは脚本家出身の作家さんのデビューが相次いでいる、というニュースでした。しかし脚本家出身の作家さんというのはなぜいつも二人組みなのでしょうね。きっと、普段にぎやかなテレビ業界で活躍していると、一人で家にこもって執筆なんてできないんでしょうね。根っからの作家さん(引きこもりぎみ?)と脚本化出身の作家さん(華やかなことが好きで目立ちたがり屋?)では、性格も正反対なのでしょうね。そんな背景に思いをはせつつ作品を読んでみるのも面白いかもしれません。

 それでは次回は最終回ということで、スウェーデンミステリ副読本コーナーになります。あと、せっかくなので、今後刊行予定の訳本についてももう少し詳しくお話できればと思います。あと一回、どうぞお付き合いくださいませ。

久山葉子(くやま ようこ)西宮市出身。スウェーデンの田舎町より日本へミステリを紹介中。主な訳書:ランプソス&スヴァンベリ『生き抜いた私 サダム・フセインに蹂躙され続けた30年間の告白』、モンス・カッレントフト『冬の生贄』 ツイッターアカウントは@yokokuyama

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