最新作『キング・オブ・クール』が発売されたドン・ウィンズロウ。今日はそのウィンズロウをこれから読もうと思う皆さんのために、訳者の東江一紀さんが以前に書いてくださった記事を再掲載します。

その前にまず、この間も精力的に作品を発表しつづけているウィンズロウの、その後(10作目以降)の著作リストを原書刊行年順に掲載しておきましょう。下の本文で「未訳の作品」として紹介されているものです。本文中のリストとつなげて見てください。

 10.『フランキー・マシーンの冬』東江一紀訳(角川文庫)2006 ※ノン・シリーズ

 11.『夜明けのパトロール』中山宥訳(角川文庫)2008 ※私立探偵ブーン・ダニエルズ・シリーズ1

 12.『紳士の黙約』中山宥訳(角川文庫)2009 ※私立探偵ブーン・ダニエルズ・シリーズ2

 13.『野蛮なやつら』東江一紀訳(角川文庫)2010 ※最新作『キング・オブ・クール』の後日譚

 14.『サトリ』黒原敏行訳(ハヤカワ文庫)2011 ※トレヴェニアン『シブミ』の前日譚

 15.『キング・オブ・クール』東江一紀訳(角川文庫)2013 ※『野蛮なやつら』の前日譚

『フランキー・マシーンの冬』については本文参照。ノン・シリーズです。

『夜明けのパトロール』『紳士の黙約』についても本文に紹介があります。私立探偵ブーン・ダニエルズ・シリーズの1作目と2作目。

『サトリ』はトレヴェニアン作『シブミ』の前日譚。レオナルド・ディカプリオ主演で映画化の予定。訳者の黒原敏行さんのこんな記事(→こちら)も参考にしてみてください。

『野蛮なやつら』も下の記事で簡単に紹介されていますが、南カリフォルニアの若いマリファナ栽培業者とメキシコの麻薬カルテルの戦いをスピーディーな筆致で描いた作品。オリヴァー・ストーン監督で映画化されて、さきごろ日本でも公開されました。(予告編は→こちら

『キング・オブ・クール』はその前日譚。「訳者あとがき」によれば、「過去のウィンズロウ作品の主人公、ボビーZ、フランキー・マシーンの客演といったうれしいサービス付き」とのこと。

 以下の記事は2010年3月に当サイトに掲載されたものの再掲載です。それではどうぞ(編集部)

 邦訳されたドン・ウィンズロウの作品は、2010年3月現在、9点(10冊)あります。全部、文庫ですね。版元は東京創元社と角川書店。創元推理文庫の5点がニール・ケアリー・シリーズで、角川文庫の4点(5冊)がノンシリーズ、とすっぱりふたつのグループに分かれます。アメリカでの版元も、前者が St.Martin’s 、後者が Knopf で、大ざっぱに言えば、ミステリー(特に私立探偵小説)専門のレーベルとポピュラー・フィクションの老舗という感じでしょうか。※『歓喜の島』だけは、マクドナルド・ロイドという別名義で Dutton 社から出ていて、これはちょっと別枠。

 アメリカでの刊行年の順に並べてみます。

 1.『ストリート・キッズ』(創元推理文庫) 1991       508(39)

 2.『仏陀の鏡への道』(創元推理文庫) 1992         550(22)

 3.『高く孤独な道を行け』(創元推理文庫) 1993       445(15)

 4.『ウォータースライドをのぼれ』(創元推理文庫) 1994   382(29)

 5.『砂漠で溺れるわけにはいかない』(創元推理文庫) 1996  253(32)

 6.*『歓喜の島』(角川文庫) 1997 *            464(8)

 7.『ボビーZの気怠く優雅な人生』(角川文庫) 1997     321(79)

 8.『カリフォルニアの炎』(角川文庫) 1999         562(138)

 9.『犬の力』上下(角川文庫) 2005             1041(17)

 この9作が、まあ、よくもこれだけバリエーションがあるものだと思えるくらい、一作ごとに違うスタイルで書かれています。5作で完結したニール・ケアリー・シリーズの中でさえ、まるで5人の作家のリレー競作みたいに、長さも章立てもモチーフもトーンもまちまちの作品が雑然と並んでいる。

 ちなみに、上記リストの右側の数字が本文のページ数、括弧内は章の数です。みごとに不揃いだなあ。

 ノヴェル(小説)という単語には、「新奇な」という意味もありますが、ウィンズロウにとっては、毎度新しい趣向で奇抜なお話をこしらえていくことこそが、小説を書くという営みなのでしょう。

 それでいて、どの作品も、文体にはっきりとわかるウィンズロウの指紋、いや声紋がついています。ウィンズロウ節というやつです。語り口の妙。

 原文を読んでいると、声が聞こえてきます。ほかでは聞いたことのない節回しで……。訳しながら、わくわくどきどきさせられるんですよね。散文じゃないよなあ、これ、と思います。韻律があって、官能と諧謔の響きがある。Knopf に移籍してからの3作品は現在形で書かれていて、語りに疾走感と臨場感が加わったような気がします。

 人物造形も、ウィンズロウの大きな魅力のひとつですね。現実にいそうな人物、というのとはちょっと違った、フィクションの中でこそ精彩を放つキャラクターを、ウィンズロウはたくさん生み出してきました。ニール・ケアリー、ジョー・グレアム、エド・レヴァインらのシリーズ・キャラクターから、『犬の力』の死者の群れ、生き残り組まで。そのストックは、まだまだ尽きないようです。

 要するに、天性のノヴェリストなのだと思います。この作家の手にかかると、実在の人物や歴史的事実までが、“こしらえごと”の香気を帯びてきます。物語への昇華、とでも言えばいいでしょうか。

 未訳の作品にも簡単に触れておきましょう。現在翻訳中なのが、The Winter of Frankie Machine『フランキー・マシーンの冬』。62歳のサーファー(元マフィア)を主人公とするワンマン・アーミーもので、かなりかっこいいです。

 Dawn Patrol『夜明けのパトロール』という作品は、もう少し若いサーファーとその取り巻きグループが活躍する私立探偵小説で、これはシリーズもの。Gentlmen’s Hour『紳士の黙約』が、その2作目です。

 トレヴェニアン名義で書いているSatori『サトリ』は、もうすぐ脱稿の予定。

 そして、今年の7月、またまた新しい版元から刊行されるSavages『野蛮なやつら』のプルーフ(校正刷り)がつい先日届きましたが、どうやら『犬の力』をうんと軽くスピーディーにしたクライム・ノヴェルのようで、原書300ページちょっとなのに、290章(!)あります。何か、またすごいことをやらかしていそうだなあ。乞うご期待。

 東江一紀

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