ついに書き下ろし作業が終わりました。来月末に出ますよ、『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100 』(日経文芸文庫)。現在手に入る作品の中から読むべき本100冊を選んだブックガイドです。ただいま絶賛再校作業中ですが、ゴールは間近(自分に言い聞かせるように)。

 そして今月も「杉江松恋のガイブン酒場」を開催いたします。これは、ミステリー・プロパーの読者である杉江が、世界のさまざまな文学を読むことに挑戦してみたいと考えて始めたイベントです。その月以降に出る外国文学を早読みし一足先に内容をご紹介するという趣旨で、河出書房新社、新潮社、白水社、早川書房の各社にご協力いただいて開催をしております。最初は新刊をとりあげて紹介するだけでしたが、現在は作家特集もその中に織り交ぜています。対象となる作家の作品を全部読んで新刊をレビューするというもので、5月はリチャード・パワーズ、6月はドン・デリーロ、7月はコーマック・マッカーシー、8月はジャック・ケルアック、そして今月はウラジーミル・ソローキンです。昨年翻訳されて話題になった怪作『青い脂』に続き、長篇『親衛隊士の日』が出るのです!

 あまりといえばあまりの内容だった『青い脂』と異なる『親衛隊士の日』の特徴は、普通にストーリーがあること。文脈を無視して唐突にフロイト的といってもいいような超自我や文学パロディがぬっと顔を出すという過去の作風に比べればはるかに読みやすい内容。1984年までの作品を集めた短篇集『愛』を手に取って、うっひゃー、とびっくりしてしまった人も今回は大丈夫。こわくないよ。かみつかないよ。舞台は2028年、民主主義を捨てて再び帝政に逆戻りした近未来のロシアが舞台です。主人公はその親衛隊士の一人で、彼の視点から一日の風景が切り取られる。もちろんソローキン的な飛躍やギャグ、パロディや文学上のあてこすりも満載なので、どこまでそれを読みきれるかは心許ないのですが、がんばってご紹介させてもらいます。レジュメも切っていくつもりなので、楽しみにしていてください。

 その他、今回も4冊の新刊を紹介します。

 まず、今年で15周年を迎えた新潮社クレスト・ブックスから2冊。1冊目は、2011年に翻訳されて話題を呼んだジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』の外伝的な連作集『こうしてお前は彼女にフラれる』です。『オスカー・ワオ』に登場した浮気男ユニオールが連作の中心人物となり、彼の軽率だがどこか切ない部分もある恋愛模様や、そもそもなぜ彼がそんなクソ野郎になってしまったのか、という幼少時の背景などが描かれます。とにかく冒頭の「太陽と月と星々」だけでも読んでもらえれば、たちまちその魅力の虜になることは必至。あとがきによれば、ディアスはユニオール・サーガを書くことを企図しているらしいので、いつか書かれるであろう続篇にも期待なのです。

 もう1冊のクレスト・ブックスは松家仁之・編『美しい子ども』です。創刊10周年記念の際にもアンソロジー堀江敏幸・編『記憶に残っていること』が刊行されましたが、本書はそれ以降に刊行された11冊の短篇集の中から12篇を厳選して収めた傑作集です(数が合わないのはミランダ・ジュライだけごく短かい掌篇が2つ入っているから)。珠玉の短篇集の、さらにいいところだけを拠ったショーケースみたいな本なので、当然ながらどの作品もお薦めです。読む人によって好みもあるでしょうが、私はディミトリ・フェルフルストの表題作とか、クレメンス・マイヤー「老人が動物たちを葬る」なんかが好みだな。短篇好きの方にはぜひぜひお薦めしたい1冊です。

 次は白水社エクス・リブリスから『盆栽/木々の生活』です。作者はチリの新世代作家アレハンドロ・サンブラ。二篇を収めた短い作品集で、「盆栽」と「木々の私生活」という題名から禅問答みたいな内容とか、あるいはヘンリー・ソローの『森の生活』みたいな作品を連想した人もいるかと思いますが、ぜんぜん違います。

「盆栽」は一口で言えばある大学生の男女が恋仲になってから別れ、一方が人生が退場していくまでを描いた小説。もう一方の「木々の私生活」は男性が義理の子供にお話を語りながら妻の帰りを待つ小説。こうして書くとまったくおもしろそうには聞えないと思いますが、二つの小説は作品内時間がシャッフルされていて、現在と未来の時制が自由に入り混じる。その文体によって人々の個人史を俯瞰しながら眺めているような不思議な気分を味わえます。

 そしてもう一つの特徴は、この二篇が「小説を読むことの小説」「小説を書くことの小説」にもなっているということ。特に「盆栽」では、古典名作を「読んだふり」している男女が知り合い、そのことを隠しながらつきあっていくというくだりがあり、そんな二人が『失われた時を求めて』を一緒に読むという秀逸なギャグがあります。「読んだふり」同士の二人だから、「特に記憶に残りそうな数多い断章のどれかにさしかかると、声を上ずらせたり、いかにも勝手知ったる場面であるかのごとく、感情あらわに見つめ合ったり」するという小芝居に走るのですね。君らはド嬢か!(施川ユウキ『バーナード嬢曰く。』参照)そんな風にブッキッシュな面もある小説なので、ぜひぜひご一読を。

 あ、ちなみにこの小説、9月28日に荻窪ベルベットサンで読書会もやります。まだ告知は出ていませんが、ベルベットサンのホームページもチェックしておいてください。

 そして最後の作品は東京創元社の新刊、アンドリュー・カウフマン『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』です。タイトルこそ物騒ですが、内容はごく可愛らしい佳品。ある日カナダの銀行に強盗がやってくるところから話は始まります。強盗は金ではなく、居合わせた人々の「もっとも思い入れのある」所持品を要求するのですが、去り際にそれぞれの「魂の五十一%」も奪っていくのだと宣言する。それゆえに持ち物を奪われた人たちは不可思議な事態に遭遇することになるだろうと。その言葉のとおり、彼らの身の上には変事が出来します。主人公の場合のそれは、妻が日に日に少しずつ縮んでいくという怪異なのでした。影絵のようなイラストも愛らしく、短いですが腰を据えて読みたくなる作品。強盗の犠牲者たちのたどる運命にはなにがしかの寓意が潜んでいるようでもあり、ひとつずつ絵解きをしていきたくなります。もしかすると、クリスマスギフトなんかにもいいんじゃないのかな。その魅力についても当日はお話したいと思います。

 というわけで、5冊とウラジーミル・ソローキンについておしゃべりをお届けします。話の相手役は、いつも通りライターの矢野利裕さんです。おもしろい本を探している方はぜひご来場ください。終了後には懇親会もやりますので、よかったらそこでもお話しませんか?

[日時] 2013年9月13日(金) 開場・19:00 開始・19:30

[会場] Live Wire Biri-Biri酒場 新宿

     東京都新宿区新宿5丁目11-23 八千代ビル2F (Googleマップ

    ・都営新宿線「新宿3丁目」駅 C6〜8出口から徒歩5分

    ・丸ノ内線・副都心線「新宿3丁目」駅 B2出口から徒歩8分

    ・JR線「新宿」駅 東口から徒歩12分

[料金] 1000円 (当日券200円up)

※終演後に出演者を交えてのフリーフード&フリードリンクの懇親会を開催します。参加費は2800円です(当日参加は3000円)。懇親会参加者には、入場時にウェルカムの1ドリンクをプレゼント。参加希望の方はオプションの「懇親会」の項目を「参加する」に変更してお申し込みください。参加費も一緒にお支払いただきます。

※懇親会に参加されない方は、当日別途ドリンクチャージ1000円(2ドリンク)をお買い上げください。

※領収書をご希望の方は、オプションの「領収書」の項目を「発行する」に変更してお申し込みください。当日会場で発行いたします。

 ご予約はこのサイトからお願いします。

過去の「ガイブン酒場」の模様はこちらから!

青山南さんをゲストにお迎えしたジャック・ケルアック特集!※ポッドキャスト

現代文学のミッシング・リンク、ドン・デリーロを語りつくす!※ポッドキャスト