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 この記事は、エラリー・クイーン著『Yの悲劇』を読了した方を対象に書かれています。読了した方は、伏せ字の部分をカーソルで反転させてお読みください。未読のかたは、なるべく読了後にお読みください。

   4 誰が犯人なの? ○○でしょ!

   

 さあ、あなたはもう、クイーンの『Yの悲劇』を読み終わりましたね。

 それでは、テストに入りましょう。といっても、質問に答えてもらうだけです。——しかも、一つだけ。

 [Q]あなたは『Yの悲劇』の犯人は、誰だと思いますか?

 「そんなの、ジャッキー・ハッター少年に決まっているじゃないか」と答えたならば、あなたは〈江戸川乱歩タイプ〉。

 このタイプは、ミステリ読者の大部分にあてはまります。いわば、“解決篇で明かされる真相”だけを重視するタイプですね。江戸川乱歩氏が、いくつものエッセイや、有名な〈トリック分類〉などで、このタイプに属することは、言うまでもないでしょう。実際、乱歩は『Y』を「犯行不能と思われる年少者が犯人」というトリックを用いた〈意外な犯人もの〉だとみなしています。そして、『Y』以前に発表された、年少者が犯人のミステリを見つけるたびに、「『Yの悲劇』の先駆、ここにあり」と評しているのです。

 もう一人、このタイプを挙げると、瀬戸川猛資氏でしょうか。氏はエッセイ集『夜明けの睡魔』の中で、『Y』の高い評価に疑問を呈しています。そしてその理由は、というと、「自分は『すべすべした頬』の手がかりが出た時点で、犯人がジャッキーだとわかった」から。つまり、瀬戸川氏もまた、「犯人はジャッキーに決まっているじゃないか」という考えなのです。

 では、このタイプの読者におすすめのクイーン作品は、というと——

 まずは、『Xの悲劇』。本作の“解決篇で明かされる真相”は、『Y』に匹敵する面白さを持っています。ただし、これはあなたが「クイーンは初心者だがミステリはベテラン」ではない場合の話。このトリックは、後続の作品で何度も使われているので、ベテランのミステリ読者ならば、すでに知っている可能性が高いのです。まあ、これは『Y』にも、いや、アガサ・クリスティ作品にも、いやいや、他のクラシック作品すべてにつきまとう問題なので、ここではスルーさせてもらいましょう。

   

 『X』の次は、『レーン最後の事件』。ここまでの作に不満がなければ、続いて〈国名シリーズ〉に入り、『エジプト十架の謎(秘密)』、『シャム双子の謎(シャム双生児の秘密)』、『スペイン岬の謎(秘密)』と読み進めていきます。時間に余裕があれば、『オランダ靴の謎(秘密)』、『ギリシア棺の謎(ギリシャ棺の秘密)』、それに『Zの悲劇』あたりもどうぞ。

   5 誰が犯人なの? 誰かなあ……

 次は、〈横溝正史タイプ〉。このタイプは、『Y』の犯人に対して、単純にジャッキーだと思うことに抵抗がある読者です。言い換えると、解決篇で探偵が「○○が犯人です」と指摘しても、あるいは物語の途中で自力で犯人を見つけたと思っても、そこで考えるのをやめない読者に他なりません。

 そして、なぜこのタイプを〈横溝正史タイプ〉と呼ぶのかというと……

 横溝氏の『獄門島』『Yの悲劇』に挑んだ作品だというのは、ファンにはよく知られている話です。しかし、『獄門島』の犯人は年少者ではありません。横溝氏は、『Y』の犯人の別の特徴に注目し、「日本ミステリの最高傑作」と言われる名作を生み出したのです。

 ちなみに、江戸川乱歩氏は『獄門島』『Y』にヒントを得たことに気づいていませんでした。氏が気づいたのは、J・D・カーの長篇に登場する絞殺トリックを流用している点だけだったのです。

 『獄門島』には、『Y』に挑んだアイデアがもう一つ。あの有名な「きちがいじゃが仕方がない」のセリフもまた、横溝氏自身が「『Yの悲劇』のマンドリンをやりたかった」と言っているのです。この“マンドリン”に着目した点も、氏が『Yの悲劇』を単純な〈意外な犯人もの〉と考えていない証拠として挙げられるでしょう。

 ちなみに、江戸川乱歩氏の〈トリック分類〉では、このアイデアは「殴打殺人における意外な凶器」に分類され、「軽気球の錨による殺人」や「振子利用の殺人」や「高所より氷塊を落として殺す」といったトリックと同列に並べられているのです。あなたが〈横溝正史タイプ〉ならば、間違いなく、この分類に違和感を感じたでしょうね。

 では、その〈横溝正史タイプ〉へのおすすめ作品は、というと——

 〈国名シリーズ〉全部です。そして、できる限り発表順に読んでください。『ローマ帽子の謎(秘密)』は処女作だけあって冗長な箇所がないわけではありませんが、自分で考えながら読み進める〈横溝正史タイプ〉の読者ならば、間違いなく楽しめるはずです。

   

 また、発表順に読んでほしい理由は、クイーン作品の推理が、少しずつ変わっているから。つまり、前の作品を読んで「クイーンの手の内がわかった」と思った読者がいても、次の作品ではそれが通用しないように、作者は工夫をこらしているのです。

 例えば、『ローマ帽子』『スペイン岬』は、どちらも「消えた被害者の衣服」を手がかりにした長篇。ただし、“推理”という点からは、犯人と舞台の設定を変えることにより、まったく別のものになっているのです。従って、『ローマ帽子』を読んでいれば、『スペイン岬』の犯人が当たるというわけではありません。『エジプト十字架』『アメリカ銃の謎(秘密)』にも、同じことが言えます。そして、後で書かれた方が手が込んでいるので、刊行順に読んだ方が楽しめる、というわけですね。

 あるいは『ギリシア棺の謎(秘密)』では、探偵エラリーによる鮮やかで巧妙な“間違った推理”が披露されます。そして読者は、これ以前の三作で披露されたものと類似のロジックを用いた——つまり、隙のない——推理がひっくり返る驚きを味わうことができるわけです。

   6 どう読むの? こうでしょ!

 この記事のコンセプトでは、ここで終わりにすべきですが、最後にもう一つだけ(コロンボかよ!)。

 前篇では、クイーン作品は「ある読み方をする人の評価は高くなり、別の読み方をする人の評価は低くなる」と書きました。ここでは、“クイーンの評価が高くなる読み方”について、『Yの悲劇』を例に、語らせてください。あなたがどちらのタイプだとしても、クイーンの仕掛けや趣向を味わって読んだ方が、楽しいはずですから。

 では、『Yの悲劇』を読んでいる人のみ、以下にジャンプしてください。

  『Yの悲劇』を推理しながら読もう!

 以上で、おすすめのクイーン作品と、おすすめの読み方の紹介は終わりです。これから読む人が、あるいは、これから再読する人が、参考にしていただければ光栄です。

 そして、さらなるクイーンのガイドを読みたい人は、拙著『エラリー・クイーン Perfect Guide』(ぶんか社)か、その文庫版『エラリー・クイーン パーフェクトガイド』(ぶんか社文庫)をどうぞ。品切れですが、ネットでは中古で入手可能です。

飯城勇三(いいき ゆうさん)

宮城県出身。エラリー・クイーン研究家にしてエラリー・クイーン・ファンクラブ会長。著書は『「鉄人28号」大研究』(講談社)、『エラリー・クイーン Perfect Guide』(ぶんか社)およびその文庫化『エラリー・クイーン パーフェクトガイド』(ぶんか社文庫)、『エラリー・クイーン論』(論創社)。訳書はクイーンの『エラリー・クイーンの国際事件簿』と『間違いの悲劇』(共に創元推理文庫)。論創社の〈EQ Collection〉では、企画・編集・翻訳などを務めている。他に角川文庫版〈国名シリーズ〉の解説など。

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