11/22/63(イチイチ・ニイニイ・ロクサン)上下

 スティーヴン・キング/白石朗訳

 文藝春秋・単行本 上下各2100円+税

 11/22/63——1963年11月22日。ケネディ大統領暗殺の日。

 あの悲劇を阻止するため、僕は過去への旅に出る。

 壮大な世界観、緊迫のストーリー、そして涙のラストシーン。

 巨匠が、またもや最高傑作を更新した——

 田舎町で高校教師を務めるぼくは、ある日、なじみの食堂の店主アルに呼び出された。ガンに侵されたアルは、ぼくに「ある秘密」を譲りたいという。それは店の奥、倉庫の隅にある「穴」の秘密——「穴」は1958年9月9日に通じていた。アルは言う、自分はもう余命わずかだ、おれの悲願を引き継いでくれないかと。その悲願とはジョン・F・ケネディ大統領暗殺の阻止。1958年の過去に旅をして、1963年11月22日までの5年間を過去の世界ですごし、暗殺を阻止して戻ってくる……。妻に去られ、孤独なぼくになら、それを頼むことができるとアルは言い、ぼくはそれを承諾して「穴」をくぐった——

 そこにあったのは1958年、古き良きアメリカ。携帯電話もインターネットもなく、誰もが煙草を吸っていて、食べ物は素朴で美味な古き良き世界。ぼくの最初のミッションは一か月後のハロウィンの夜にデリーの町で起こるはずの一家惨殺事件の阻止だ。これに成功すれば、過去の改変が可能だと証明することができる……。

 名作『IT』での過去の事件が終結したばかりのデリーから、JFK暗殺の街ダラスへ。ぼくは過去の世界に暮らしながら、暗殺阻止の準備を進めてゆく。しかし改変を拒む時空は、さまざまな妨害を僕に繰り出してくる——

「ぼくは世にいう泣き虫だったためしはない。」という一文ではじまる本書。泣きます。久しぶりに会社でゲラを読んでいて泣きました。訳者の白石朗さんも、涙目になりながら訳した、とおっしゃっていました。

「号泣!」とか「全米が泣いた!」みたいな本や映画の惹句は世にあふれていますから、ぼくも「泣いた!」を本の売りにするのには抵抗があります。いまや意味のない文字列になってしまったんじゃないか、とか、あるいは、「泣く」と言うことで切り落とされてしまう作品の美点もあると思うからです。

 でも本書の前では、本を売ることについて「泣き虫だったためしはない」ぼくも、「これは必泣です!」と叫ばざるをえません。冒頭の一行に「泣き虫だったためしはない。」とキングが記したのは、感動の涙が最後に(いや、あちこちに)襲い来る作品を書こうという宣言だったのでは、と思います。

 もちろん、そんなふうに涙を湧きあがらせるのは、ここにすばらしい物語があるからこそ。この長大な物語を読み終えた瞬間、涙目になったぼくの頭に天から降ってきた一文はこういうものでした——

 こんな気持ちになれるから、ぼくたちは小説を読むのだ。

 最終的には、上巻の帯の下のほうに小さく刷り込むだけにとどめましたが、でもぼくにとって『11/22/63』という小説を端的に形容する言葉はこれです。こんな感動を味わえるからこそ、ぼくたちは「物語」というものを愛しているのだ、信じているのだ、そんなふうな大いなる感動を呼び起こしてくれる。『11/22/63』は、そういう作品だと思っています。

 ぜひ、グレン・ミラーの「In the Mood」の音源を手元に用意して、お読みください。

 読み終えたが最後、あなたは「In the Mood」を聴いただけで涙ぐんでしまう身体になっていることでしょう。

 Dancing is life.

(文藝春秋・N)