みなさまこんにちは。お寒うございます。

 12月11日にマーティン・ウォーカー『黒いダイヤモンド』を創元推理文庫より刊行いたします。それを機に、私の愛するブルーノ署長をより多くの読者の方に知っていただきたいと思い、担当編集者としてシリーズ作品をご紹介いたします。

〈警察署長ブルーノ〉シリーズは、現在最新刊も含めて3冊刊行されております。舞台はすべて、フランス南西にある架空の小村、サンドニ。名物はフォアグラ、トリュフ、胡桃(くるみ)。人口3000人、風光明媚で暮らしやすい、のどかな土地です。

 一巻目の『緋色の十字章』では、このサンドニを揺るがす大事件が発生します。ふたつの戦争で国家のために戦い、戦功十字章を授与された英雄である老人が、腹部を裂かれ、胸にナチスの鉤十字を刻まれて殺害されてしまうのです。村でただひとりの警官にして警察署長のブルーノは、平穏な村を取り戻すべく初めての殺人事件の捜査に挑みます。地元のひとびとのことを一番知っているのは、他でもない彼。そのため、国家警察のエリートたちとも対等に渡りあい、捜査を進めていきます。すぐれた対話力も持っており、初対面の人物からも効率的に情報を引き出していきます。捜査シーンの描写は、見事な私立探偵小説を思わせる魅力を持っています。

 事件の背景にはフランスをはじめ、ヨーロッパのどの地域でも共通している歴史上の出来事——第二次世界大戦の深い爪痕と、アラブからの移民問題があります。小さい村の事件と思いきや、現代社会の諸問題に目を向けた、シリアスな社会派の面をあわせもっており、非常に読み応えがあります。

 と、いう感じの骨太な作風にもかかわらず、“とにかく読んでいて幸せな気分になれる”シリーズでもあります。なぜなら、物語のあちこちに、とにかくおいしそうな食べ物が出てくるから!! 食いしん坊にはたまらない、夜中にうっかり手に取ってしまったら、冷蔵庫を漁りかねない危険な作品(笑)なのです。ブルーノ署長はお料理上手で、トリュフ入りオムレツでテニス仲間をもてなしたり、美しく有能な国家警察の女性刑事官のためにステーキを焼いたり、自家製の胡桃ワインをふるまったりしています。コージー・ミステリもかくや、というほどの美食をたっぷり堪能できるのです。

 「美食!?」と、そこに注目してしまったそこのあなたにおすすめなのが、二巻目の『葡萄色の死』。もうタイトルからわかるとおり、ワインを題材にしたミステリです。一巻目からすこし時間が進んだ夏の終わり、サンドニの遺伝子組み換え作物の試験場が放火されてしまいます。ブルーノは住人への聞き込みを行いますが、そんな折、なんと、村の青年がワイン農場の大きなワイン桶の中で死んでいるのが発見されます。事故か? 殺人か? 放火とのつながりは? 村の平穏を取り戻すため、ブルーノ署長が奮闘します!

 とにかくワインづくしの作品です。ワインの知識はもちろん、その魅力を伝えるシーンがたくさん出てきます。特に、ブルーノと村人たちが葡萄の収穫を行い、大きな桶の中に入って葡萄踏みをするシーンはとても楽しげで、なんともほんわかした気分になります。かといってゆるいだけの作品ではなく、アメリカの大企業によるワイン農場開設の話が持ち込まれ、村の雇用不足と過疎化などの問題点などが浮かび上がる、骨太の作風も健在。きちんと外の世界に目を向けており、サンドニだけでなく、“どこで起こってもおかしくない”と思わされる事件や問題を扱っています。本書の訳者あとがきにあるように、「小さな世界は大きな世界とつながっている」のです。

 ここで作者の経歴をちょびっとご紹介。マーティン・ウォーカーさんは、イギリスの有名な新聞「ガーディアン紙」に25年間勤めたベテランジャーナリストです。東西冷戦に関する歴史書や、「ペリゴールの洞窟」といったノンフィクションも刊行しています。何年も前からモデルであるフランスのドルドーニュ県の村に住み、テニス仲間には地元の警察署長もいるそうです。このシリーズを書くきっかけになったのは、2005年のパリ郊外暴動。これはセーヌ=サン=ドニ県で警察に追われた北アフリカ出身の若者3人が死傷したことが契機となって起きた暴動で、騒動はフランス全土に拡大され、大きな社会問題になりました。そのような事件からはじまったシリーズのため、ゆったりした村の日常だけでなく、陰となる部分もきっちり描いているのでしょう。

 そんなウォーカーさんが持ち前の取材力を存分に活かし、歴史の闇や移民問題など1作目を彷彿とさせるさまざまなテーマを盛り込んでつくりあげたのが、最新刊の『黒いダイヤモンド』です。クリスマスを間近に控え、いっそう華やいでいるサンドニ。そんななか、ブルーノは友人のエルキュールから、ある問題の調査を依頼されます。隣村のトリュフ市に、なんと粗悪な中国産トリュフが紛れ込んでいる! しかしブルーノが聞き込みを始めた矢先、エルキュールが何者かに殺害されてしまいます。彼はかつて、バルブーズと呼ばれる、情報部に所属する伝説の秘密警察官でした。犯人はその過去を知っていたのか? ブルーノは友人の死を悼みつつ、かつてない事件に立ち向かうことに……。

 孤児だったこともあり、自分のまわりのひとびとを家族のように思っているブルーノ。エルキュールは友人であり、狩猟仲間であり、トリュフ捜しの師でもありました。そんな大切なひとが殺されてしまい、大切な日常が犯罪に蹂躙されてしまう……。かなりシリアスな展開なのに、いままでと同様のあたたかな雰囲気も失われていません。ブルーノは子どもたちにテニスやラグビーを教え、愛犬とトリュフを捜し、仲間たちに手料理をふるまい、そして恋愛もする。濃密できっちり描き込まれた物語世界に浸ったままぐいぐい読まされ、最後には意外な真相に驚かれること間違いなしです。

 おまけにこの作品、ミステリ作家の堂場瞬一先生が推薦文を執筆してくださいました! 「美食ミステリの枠を超えた重厚な展開」とのこと。過去の2作の魅力がさらにパワーアップして詰め込まれた、味わい深い傑作です!

 事件はそれぞれ独立しているので、どの巻から読んでも大丈夫です。また、ちょうど『黒いダイヤモンド』の発売を機に、シリーズ全作を電子書籍化しています。『黒いダイヤモンド』も電子書籍ですぐに読めます! さらには12月11日発売の「ミステリーズ! vol.62」に、シリーズ唯一の短編「ブルーノとペール・ノエル」も掲載しています。この冬はブルーノ署長づくし! 3冊とも300ページなかばから後半くらいの、翻訳ミステリとしては(そんなに)長くないページ数ですので、未読の方はぜひお気軽に読んでいただけるとうれしいです。

■アマゾン・キンドル版〈警察署長ブルーノ〉シリーズ