あら今月は女子ミス連載お休みかしら?と思っていた奥様、こんにちは。べ、べつに待ってなんかないんだからねっ、とツンデレなメッセージを下さったお嬢様、ごきげんよう。遅くなってすみません。5月も終わろうかというこの時期に、ようやく4月度の女子ミス紹介です。

 今月はいきなりロマサスから行くよ。アイリス・ジョハンセン『パンドラの眠り』(高田恵子・ヴィレッジブックス)は複顔彫刻家イヴ・ダンカン・シリーズ最新作。このシリーズ初めて読んだけど面白かった! イヴの娘、ボニーは7歳のときに殺されて死体も見つかってない。ところがそんなイヴのもとに、犯人を名乗る男から電話が。その男キスルには他にも児童殺害の容疑がかけられていて……。

 これね、もうロマサスじゃなくて普通の冒険小説やサスペンスの範疇に入れていい気がするの。ホットな場面もないし(それっぽいのが1ページ半だけよ?)、とにかく追う者と追われる者の頭脳戦肉弾戦が実にエキサイティング! しかも、イヴと知り合ったときにはもう死んでた娘に思い入れのない恋人刑事とか、娘の「死体」を見つけるために生きてる人に負担を強いることの葛藤だとか、武器商人モンタルヴォの部下ミゲルに萌え死に寸前だとか、木から落ちたらワニがいるとか、硬から軟まで読みどころがてんこもり。過去作でのイヴのキャラにちょっと引き気味な読者もいるようだが、本書ではあまり気にならなかったなあ。脇が光ってるからかな。 

 最大のお勧めポイントはこの最新刊から読み始めても背景と人間関係がわかるってこと。遡っていくのも面白そう。

 続いてアラン・ブラッドリー『春にはすべての謎が解ける』(古賀弥生訳・創元推理文庫)。化学オタクにして毒物マニアの11歳、史上最強にコナマイキな少女探偵・フレーヴィアの活躍ももう5冊目です。考古学研究のために教会の聖人の墓が開かれたら、中から新品の死体が出てきた!

 張り切って科学捜査を進めるフレーヴィアがもう、こましゃくれてて可愛いったら。血液検査を自分でするなんて朝飯前。毒物の見落とされがちな側面として「眺めてほくそ笑む楽しみ」を挙げるのも実にフレーヴィアちゃんらしい。謎解きにも満足。ラスト一行、とんでもない終わり方をしてるので、速やかに次巻を出されたし。

 ところで、1巻の『パイは小さな秘密を運ぶ』の訳者あとがきに、作者がこのシリーズを書くきっかけになったエピソードが紹介されてまして。アダムという探偵を主人公に作品を書いていて、アダムが道端でメモをとっている少女と出会うシーンにさしかかったとき、この少女のことが気になって先を続けられなくなった──と。この場面が、本書に出てくるのよ。「ここかあ!」って叫んじゃった。

 今月のコージーはジェシカ・ベック『エクレアと死を呼ぶ噂話』(山本やよい・原書房コージーブックス)。ドーナツ事件簿シリーズ四作目。ラジオでスザンヌのドーナツショップを批判したパーソナリティが、エクレアを喉に詰められ殺された。もちろんスザンヌは事情を聞かれて──

 ああ、実に典型的だ。2000年代以降に流行したコージーの要素が、ばっちり入ってます。つまり、

(1)ヒロインはバツイチもしくは未婚

(2)製造・販売・イートインのショップを経営、

(3)アクティブな母、

(4)頼れる親友/姉妹、

(5)恋人は刑事、

(6)ヒロインが容疑者を順々に聞き込み、

(7)犯人の方が逆切れして名乗り出る、

(8)レシピ付き

 ──というまさにテンプレ設定。これで猫か犬を飼ってれば完璧だったんだが。

 (3)〜(6)までは前世紀のコージーにも当てはまるけど、(1)(2)(7)(8)が21世紀量産型コージーで出てきた部分。お仕事小説の要素が入ると同時に、謎解きがほとんどなくなってるのが特徴ですね。で、この中のどれかをややアレンジして──たとえばジョアン・フルークのお菓子探偵ハンナは(5)の恋人の要素を三角関係にして興味を引いたし、ヴァージニア・ローウェルの「クッキーと名推理」シリーズはクッキーカッターという工芸品を中心に(2)のお仕事小説部分を強化、ローラ・チャイルズの「卵料理のカフェ」シリーズはヒロインをアラフィフ3人組にすることで中年の第二のライフスタイルを描いた──読者を引っ張るのが常。その点、このドーナツ事件簿は、キャラ造形も含め、あまりに典型的すぎはしまいか。舞台設定がお菓子探偵ハンナと近いだけに、もう一声個性が欲しいな。

 アンソロジーもチェック。杉江松恋・編『ミステリマガジン700【海外編】』(ハヤカワ文庫)の何がすごいって、すべて単行本未収録作ってこと。もはやこれでしか読めないわけで、実にありがたい。アンソロジーかくあれかしという選定ですよ。

 女子ミス読者は、ルース・レンデルやパトリシア・ハイスミスのイヤ〜なサスペンス、クリスチアナ・ブランドのトリッキーな作品、シャーロット・アームストロングの余韻を残す物語といったあたりに注目。個人的にはジャック・フィニイ「リノで途中下車」がお気に入りです。旅の途中、妻が休んでいる間にちょこっとカジノへ出かけた夫の顛末。愛をこめて「バカだねぇ〜〜www」と言いたくなるよ。ラストシーンは予想がつくんだけど、男の笑顔の向こうには実はいろんなドラマがあるんだよね、がんばれ夫たち!と思わせてくれるコミカルにして暖かい小品。

 では今月の銀の女子ミスです。ミステリじゃないんだけど、どうしてもお勧めしたい作品。ってことで銀の女子ミスはジョー・ウォルトン『図書室の魔法』(茂木健訳・創元SF文庫)に決定! そうなんですSFなんです。すべての本好き少女と、すべての本好き少女だった大人の女性に、これはどーしても読んでいただきたい。

 主人公は15歳の少女、モリ。双子の姉妹を亡くし、精神的に病んだ母親から逃れて、モリは一度も会ったことのない父親の元へいく。しかし親族の意向で寄宿舎学校に入ることに。モリの支えは大好きなSF小説と、彼女だけに見える妖精たちの存在だった──。日記形式で綴られたモリの日常。

 もうね、これがすっごくいいの! 妖精とかSFとかってあまり意識しないで、普通に少女文学として楽しめる。時代は1978年〜79年あたりで、その日記の内容ってのがあんた、ル・グインすげーとか、図書館にない本でも取り寄せてもらえるんだってわーい、とか、ハインライン実は嫌いじゃないんですえへへとか、ちょ、あたし読書クラブで舞い上がって喋り過ぎじゃね? まわりドン引きじゃね?とか、期待してたのにこの新刊イマイチじゃないですかやだーとか、うっそ、ティプトリーって女なの?とか──そんな感じなわけで(いや表現は違うけども)、その合間合間に家族の話や女子寮の話や魔法の話やほのかのラブなんかも混じって、楽しい楽しい! あたしは『あしながおじさん』感覚で読んだよ。

 「SFを読んでいると、今まで想像すらしていなかったような視点を提示されることで、新たな考えが広がってゆく。そしてわたしは、それをとても嬉しく思う」なんて記述、なんかもう嬉しくて仕方ない。ざくざく出て来るSFの名作たち。この本、もしも十代で読んでたらあたしゃミステリじゃなくてSFの方に行ってたんじゃないかとすら思った、それほどピュアな読書の愉しみがいっぱい詰まってるのよ!

 あ、もちろん魔法とか妖精とか、そういうのも出てくるんだけども、まあそのヘンはさておくとして(え、そこをさておいていいのか?)(いろいろ解釈するのも楽しいんだけど、長くなるんでね)、本を通して人とつながって、本に触れることで思春期の自我をコントロールして、そして本が示してくれる広大な海を渡る力を少しずつ身につける。体が不自由だとか、家族に問題があるとか、そういうことを乗り越える力を本がくれる。とてもステキな読書小説。下巻の最後の2ページは、本を愛する者として何度も何度も読みたくなります。お薦め!

 そして今月の金の女子ミス。これって新刊じゃなくて復刊だから、ここに入れるのに迷いはあったんだけども、いやでもやっぱりはずせない。金の女子ミスは、テリー・ホワイト『真夜中の相棒』(小菅正夫訳・文春文庫)をおいて他になし!

 ベトナム戦争で心に傷を負ったジョニーと、彼を護り養うマック。しかし生活に窮した彼らは、思わぬ経緯で「殺し屋」となる。ジョニーが殺した中には刑事がいて、その刑事の相棒は執拗に犯人を追い続けていた──。

 30年前、「これって、ヒースとイーヴだ…」と思いながらずっと読んでたことを思い出した。あ、吉田秋生のコミック『カリフォルニア物語』のことね。もちろん設定もストーリーもぜんぜん違うんだけど、イーヴがヒースに対して、ジョニーがマックに対して、卵から孵った雛が最初に動くものを見たときみたいに「この人についていけば」と無条件で感じる、あの感覚が似てたのかな。でもって依存と庇護の関係だったのが次第に相互依存になっていく様子がもう、心の薄皮を一枚一枚はがされるみたいなヒリヒリがたまらん。何この関係。何この二人。殺し屋なのに、ダメダメのギャンブル野郎なのに、不安定であるがゆえに美しい結晶を見るような気持ちになる。腐成分ゼロのあたしが!

 なんで男同士って友達のために無条件でリスク背負えるの? ってのはこないだの名古屋読書会(『長いお別れ』)でも出た話だけど、本書はそこに疑問を感じず、かといって敢えて腐った目線で読む必要もなく、すんなり受け入れられる。むしろこれが自然とすら思える。著者は少しずつ、丁寧に、細やかに、彼らの関係の変化をにおわせる言葉やエピソードを重ねてくる。恋人でも友情でもなく、魂の深いところで「依存し合ってしまった」感じが、こんなに繊細に綴られるなんて。

 さらにすごいのは第二部。パートナーをジョニーに殺された刑事サイモンが、ジョニーを追う過程で見せる変化は圧巻。そして最後まで読むと……結局、マックにとってもサイモンにとっても、美しき殺し屋ジョニーがファム・ファタルだったという残酷な真実だけが残るのだ。ふぅ……。当時「キャンディ・キャンディ」のせいでテリーってのは男の名前という刷り込みがあったんだけど、途中まで読んで「これ書いたの絶対女だろ!」って確信したもんですわ。傑作です。傑作ですよ。腐女子もそうでない女子もこれは必読です。

 ところで、マックとジョニーを殺し屋にした裏社会の実力者テデスコの名前を見るたび、脳内で楽しんご「テデスコスコスコ、テデスコスコスコ、ラブ注入20130520120625.gifと踊るのを止める方法、誰か教えて下さい。

大矢 博子(おおや ひろこ)

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  書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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