みなさまこんにちは。梅雨ですね〜。じめじめしてますね〜。なんとなくだるくなってやる気が起きにくい時期ですが、今回の課題本はそんな気持ちをばーんと吹き飛ばしちゃうような、超! 超! 超! おもしろい作品です!

 さてそんな課題は、ハンス・オットー・マイスナーの『アラスカ戦線』です。まずはあらすじを……。

1944年、日本軍は占領地アッツ島に大規模な飛行場を建設し、米本土を爆撃する作戦を進めていた。だが、爆撃機の通るアラスカ上空は天候が不順で、出撃には多大な危険が伴っていた。かくて日高大尉ら11名の精鋭はアラスカの原野に降下し、正確な気象情報を送る任務につく。が、この動きを米軍が察知、ゲリラ戦のプロ14名を送り込んできた。苛酷な大自然の中で知力、体力の限りを尽くして戦う男たちを描く戦争冒険小説の名作(本のあらすじより)

 このあらすじを読んで、なんかちょっと困ったなぁ、と思ったんですよ。やはり日本国民としては、戦争小説で日本人が出てくる(しかも主人公っぽい)作品って、いろいろなことを考えてしまって読みにくいかも、と。おまけに太平洋戦争が舞台、日本軍が爆撃しようとしているし……。でもま、そんな浅慮は読み始めたらふっとびました。理由はいろいろあるのですが、まずは著者がドイツ人で、日本側とアメリカ側、どちらにも肩入れできるような中立な視点で書いています。さらに、戦争責任とか、イデオロギーとか政治的なことではなく、純粋に戦う男たちの姿を描くのをテーマとしていること。戦争というのは愚の骨頂だと思うし、戦争を賛美する作品は好みませんが、この作品は「そこで戦っていたひとたちはただ必死で生きていたのだ」ということを描いているので、すばらしい小説だと感じました。

 なので、あまり構えず爽やかな冒険小説だと思って読むのがいいと思います。そしてこの作品はダブル主人公ものというか、「ライバルもの」として実にいい物語なのです。ライバルものいいですよね〜。第12回『エニグマ奇襲指令』のときも興奮しましたが、本書はそれを上回るおもしろさのような気がします。おまけに日本側とアメリカ側の視点が交互に書かれていて、お互いの戦略とか騙し合いがきっちりわかるのもすごくいいです。日本側の作戦に「おおっ!」と思ったら、次の章でアメリカ側に「こう対処したのか!」と驚く感じです。プロフェッショナル同士の戦いってほんとーに興奮しますね。あと精鋭VS精鋭で、それぞれの部隊のキャラクターがきちんと立っているのもスバラシイ。

 とはいえ登場人物全員を紹介してはいられないので、メインのふたりを。まずは日本側の日高遠三大尉。先祖は武士で、親子代々軍人の家系です。オリンピックの十種競技(十種の競技を行ってその記録を得点に換算し、合計で競う陸上競技のこと)で銀メダルを獲得するほどスポーツ万能。英語も話せて、なにより少年時代から荒野の生活を好み樺太などで生活しており、アラスカの過酷な自然でも任務をやり遂げられる! と判断され、作戦に選ばれました。いやはや、ドイツ人が書いたとは思えないほど“The 武士!”って感じのひとです。彼がリーダーとなり、アラスカの大地で狩りや野営をしながら、気象情報を通信機で伝える、という大事な任務を遂行していきます。

 対するアメリカ側のリーダーは、自然と動物を愛するアラスカの自然保護局の役人、アラン・マックルイア。彼は森林生活と狩りの名手で、運良く兵役を逃れていたのに、その腕と頭脳を見込まれて無理矢理任務にかり出されてしまいます。最初は軍のやり口に嫌がっていたものの、根っからの狩人である彼は、日本軍の精鋭を探し出して捕らえるという、いわば“人間狩り”に興味を抱きます。そしてアラスカを知り尽くしているゲリラ戦のプロを引き連れて、日高大尉率いる日本に挑んでいくわけです。

 いやー、この設定だけでご飯何杯もいけますね! 両サイドがだんだん近づいていって、野営の跡とか動物たちの変化を元に居場所を見抜き、戦闘になっちゃったりするなんて! さらに足跡の隠し方ひとつで相手側の力量を知るとか、敵でありながらお互いにリスペクトしているというプロ同士の戦闘! ほんとにすばらしいです。手に汗握って読めます。

 そして敵は人間だけではない! というのも本書の醍醐味。冒険小説の魅力のひとつである、VS自然ですね。熊とかウォルヴリン(ウルヴァリン、クズリのことと思われます)などの野生動物や、ブリザード。とてつもない自然の驚異が襲い来る! それは日本側アメリカ側両サイドどちらにもなわけで、やっぱり最も恐ろしいのは自然だなぁ、と思いました。そして狩猟生活のやり方が細々と書かれていて、それがすごく新鮮でおもしろいです! 雪に埋もれた草木も生えない土地で、氷を磨いてレンズの代わりにして太陽光で火をおこすとか、なんかもうすごい技術がいっぱい! この作品は著者が6か月間実際にアラスカで狩猟生活を行って、その体験を元に執筆されたそうですが、サバイバルの手引き書としても一級品なんじゃないでしょうか。自然の厳しさを描くと同時に、美しさにも触れているところが印象的でした。ときどき、動物や草木、雪の大地を描写するはっとするように美しい文章があって、著者の愛を感じました。でもアラスカにはぜったいに住めないけど!

 そんでもって最後どうなるのかなーと思っていたら、どんでん返しの連続ですよ、もう。このオチはぜったいに予測不可能! 「ちょっ、嘘、待って、えっまじでほんとに!?」みたいな。男たちの勇敢な戦いと魅力的な風景描写のあとには、さらにぐっとくるラストシーンが待ちかまえていますぜ。

 と、いうわけで非常におもしろい作品だったということがすこしでも伝わるといいのですが。1972年の翻訳とあって差別語のオンパレード(汗)、かつ人物名の表記とかもぶれぶれでいろいろ気になるところはありますが、翻訳自体はたいへん読みやすいです。ぜひご一読くださいませ!

【北上次郎のひとこと】

 この翻訳は1972年に刊行されたが、2000年の読者アンケートで復刊フェアの1冊に選ばれたとあってびっくり。そんなに人気のある冒険小説だとは思ってもいなかった。もっとマイナーな作品だと思っていたのだ。

東京創元社S

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 小柄な編集者。日々ミステリを中心に翻訳書の編集にいそしむ。好きな食べ物は駄菓子のラムネ。2匹のフェレット飼いです。東東京読書会の世話人もしております。TwitterID:@little_hs

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