前回担当したときは、シンプルライフを実践するミニマリストの主人公がはからずも探偵として事件に関わる小説を取りあげましたが、今回は正統派の職業探偵が主人公が活躍する “GONE TO DUST”(2017)をご紹介します。『となりのサインフェルド』や『私立探偵ダーク・ジェントリー』などのテレビドラマの脚本家だったマット・ゴールドマンのデビュー作です。

 ミネソタ州ミネアポリスの南西にあるイーダイナという町で、女性が自宅で殺害されているのが発見されます。枕で口をふさがれ窒息死させられていたのです。現場にも遺体にも、犯人が持ちこんだとおぼしき掃除機で吸ったちりが大量にばらまかれていました。これは手がかりとなる微細証拠の採取を不可能とするための細工なのか? それともなんらかのメッセージなのか? 警察は難事件と判断し、警察官の経験を持つ私立探偵、ニルス・シャピロ、通称シャップに協力を要請します。
 犠牲者のマギー・サマーヴィルは41歳、離婚してひとり暮らし。わかれた夫のロバートは同じイーダイナの町に子どもたちと一緒に住んでいます。また、隣人への聞き込みから、マギーはアンドルー・ファインというコールセンターの経営など手広く事業を展開している男性と交際していたことがわかります。
 殺人事件の半分以上は身内の犯行であるというということで、ファインを第一容疑者として調べるシャップですが、FBIからファインへの捜査をやめるよう要請されます。ファインのコールセンターを通じ対テロ監視をおこなっているため、それを邪魔してほしくないというのがその理由。シャップはその要請を無視し、ひそかにファインの身辺を探ることに。それと同時に、マギーが頻繁に連絡を取り合っていた謎の女性にも接触をはかるのですが……。

 主人公シャップは38歳。ミネアポリスの警察学校を卒業して警察官になるものの、市長の人員削減政策のあおりで解雇されたのを機に私立探偵となります。エルヴィス・コールにはジョー・パイクが、マイロン・ボライターにはウィンザー・ホーン・ロックウッド三世が、パトリック・ケンジーにはアンジェラ・ジェナーロ(しつこい)がいるように、探偵には相棒がつきものですが、シャップの場合、警察学校時代からの親友でやはり人員削減のために解雇され、いまはイーダイナ警察の刑事アンダーズ・エレガード、通称エルが相棒役です。
 このふたりの厚くて熱い友情が本当にいいんですよ。協力要請を解かれてこっそり調査をつづけているシャップに、エルが休暇を取って応援に駆けつけるところなんかぐっときます。ここぞというときに頼りになる、まさにジョー・パイクであり、ウィンザー・ホーン・ロックウッド三世であり、アンジェラ・ジェナーロ(しつこい)なんですよ。端正な顔立ちで、どこへ行っても女性からの熱い視線を受けるエルですが、妻と3人の子どもをなによりも大事にしているところもすてきです。
 いっぽう、シャップのほうはといえば、離婚歴あり。わかれた妻とはいまも映画を見にいったり、彼女の家で一緒にごはんを作ったり、ときにはお泊まりまでしちゃう間柄ですが、そんな関係をつづけることに苦しんでもいて、なかなか前に進めない自分に嫌気がさしてもいます。最後のほう、ちょっとだけ私生活に光明が射すシーンがあり、つづきが気になります。

 冒頭にも書いたように、本作はマット・ゴールドマンのデビュー作で、2018年のシェイマス賞新人賞にノミネートされました。惜しくも賞は逃しましたが、”BROKEN ICE”(2018)、”THE SHALLOWS”(2019)とシャップのシリーズは順調につづいていて、今年6月には第4作の “DEAD WEST” が刊行予定です。

東野さやか(ひがしの さやか)

翻訳業。最新訳書、ダン・フェスパーマン『隠れ家の女』(集英社文庫)がまもなく出ます。その他、ローラ・チャイルズ『アッサム・ティーと熱気球の悪夢』(コージーブックス)、ジョン・ハート『終わりなき道』、ダーシー・ベル『ささやかな頼み』、ニック・ピゾラット『逃亡のガルヴェストン』など。埼玉読書会および沖縄読書会世話人。ツイッターアカウントは @andrea2121

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