今回取り上げるトム・エイブラハムスはヒューストンのテレビ局で記者やニュース番組のアンカーとして活躍、昨年デビューした新進作家です。

 そのデビュー作 Sedition (2013年) は、新しい副大統領の宣誓式当日に米国大統領、デクスター・フォアマンが執務室で急死する場面から始まります。

 大統領の急逝に加え、副大統領は宣誓を済ませていないという状況では下院議長のフェリシア・ジャクソンが大統領職を継承する筈だったが、副大統領に就任予定だったジョン・ブラックモンは自分が継承するべきだと裁判所に異議申し立てを行う。

 フォアマンの訃報を受け、元司法長官のビル・デイヴィッドソン、デジタル・アーティストのジョージ・エドワーズ、大学教授のアート・シスルウッド、バーを経営するジミー・イングス、そして英国生まれのフィクサー、サー・スペンサー・トーマスがワシントンDCに集まる。米国政府を批判する彼らは、かねてより温めていた政権転覆計画〈ダテュラ・プロジェクト〉を始動させる。

 しかし数年前からメンバーの一人は〈ダテュラ〉に関する情報をNSA(国家安全保障局)に提供していた。計画が動き出したことに危機感を抱いたNSAは女性分析官、マティ・ハロルドに内通者との接触を命じる。無線や電波を傍受して情報収集を行うNSAが直接人間を相手にすることにマティは違和感を覚えるが、〈ダテュラ〉が数日のうちに大量殺戮計画を決行する、と内通者から知らされる。

 急逝した大統領の国葬準備が進められる中、マティは自分が異例の任務に抜擢されたことに対する疑念を拭い去ることができないまま、情報収集に奔走する。エドワーズの新作展示会に〈ダテュラ〉のメンバー全員が顔を出す、と内通者から聞かされたマティは自分も出席することを決めるが……

 映画『エンド・オブ・ホワイトハウス』(監督:アントワーン・フークア、2013年)や『ホワイトハウス・ダウン』(監督:ローランド・エメリッヒ、2013年)では大統領が人質に取られ、副大統領または下院議長が対策にあたる場面が描かれていたが、Sedition を読むとあれは継承順位に従った行動だと思い当った。

 実際にはその二人も執務不能となった場合に備え、四番目に上院議長代行、五番目は国務長官、そして十七番目の国土安全保障長官まで順位が定められている一方で、法律の条文解釈に関しては様々な見解があり、そのためブラックモンとジャクソンのどちらが大統領職を継ぐべきか、裁判で争うことになる。

 着々と計画を進める〈ダテュラ〉のメンバーたち、それを阻止しようとするマティの奮闘、更には下院議長と副大統領候補が繰り広げる熾烈な継承権争い、と視点が目まぐるしく変わりながら複数の物語が進行するが、作者は巧みに読者の予想をうまくかわしながら進めていく。

 そして被害をくい止めようと悪戦苦闘するマティはもちろんのこと、〈ダテュラ〉のメンバーや下院議長のジャクソンといった個性豊かな登場人物たちも丁寧に描かれ、更にはワシントンDCとその周辺のちょっとした名所案内もあり、デビュー作として読み応えのある作品に仕上がっている。

 第二作の Allegiance (2014年)は、テキサス州知事候補のドン・カルロス・ブエルがヒューストンの演説会場で狙撃される場面から幕を開ける。

 ブエルは一命を取りとめ、警察は現場付近で発見されたライフルの持ち主であり、テキサス州を連邦政府から独立させる運動のウェブサイトを管理しているロズウェル・リプリーという男を逮捕する。

 一方、現州知事の側近であるジャクソン・クイックは知事の指示に従い、ロンドン、カラカス(ベネズエラ)、オマハ、アンカレジ、バトンルージュ、オクラホマシティー、タラハシー、リオデジャネイロ(ブラジル)と世界各地にiPodを直接届けていたが、〈セイント〉と名乗る男に突然拉致され、狙撃事件の映像を見せられた上にiPodの中身を問い詰められる。

 突然解放されたクイックは自分が巻き込まれた陰謀を解明するべく、リプリーをインタビューしたヒューストンのテレビ局の記者、ジョージ・タウンセンドと連絡を取る。リプリーは犯行を否定し、「鍵は息子のジュニアが握っている」と発言していた。

 かつて州知事もテキサスの独立を仄めかしていたことが気になるクイックは〈セイント〉の出現に怯えつつ、友人のボビーの車でヒューストンへと向かうが、途中でボビーは殺されてしまう。

 何とかタウンセンドと合流したクイックは、ジュニアがナノテクノロジーの研究に従事しているライス大学へ向かう。タウンセンドの調査によるとブエルは石油で財を成し、州知事選挙立候補前に一転してナノテクノロジーを応用した新エネルギーの研究開発を行うエナジェティックス社を立ち上げていた。そしてジュニアも石油の効率を飛躍的に高める添加剤を開発に携わっているらしい。

 研究室にはジュニアが州知事と一緒に移っている写真が飾られていたが、その写真にはクイックが各々ロンドン、カラカス、アンカレジでiPodを手渡した三人も写っており、各人が石油会社の幹部であることが分かる。

 クイックとタウンセンドは、ジュニアが滞在しているテキサス州の西端部にある天文台に向かう途中、謎の男たちに襲撃される。一人で逃走したクイックは追い詰められたものの、あわやというところで〈セイント〉に救われ……

 Sedition と違い、Allegiance はほとんどクイックの視点で語られ、iPodの中身、〈セイント〉の正体、ブエルが狙撃され、自分が狙われる理由等々、探れば探るほど謎が深まる展開に加え、誰を信じてよいのか分からないままテキサス州を駆け巡る彼の不安感が生々しく読者に伝わってくる。

 また本作ではテキサス州独立という特異なテーマや、クイックが高校生の頃、彼を目の敵にしている同級生との確執が時折はさまれ、最後にその意味が明かされるひねりが加わっている点も見逃せない。

 作者のホームページには “Political Fiction with a Punch” と作風に相応しいキャッチフレーズが掲げられており、読者を惹きつける導入部や、長く身を置いているテレビ局の世界を巧みに取り入れている点も面白く、今後を期待させてくれる。

寳村信二(たからむら しんじ)

20世紀生まれ。今年のお薦めは、『ROOM237』(監督:ロドニー・アッシャー、2012年)と『ホドロフスキーのDUNE』(監督:フランク・パヴィッチ、2013年)。 

●AmazonJPで寳村信二さんの訳書をさがす●

【原書レビュー】え、こんな作品が未訳なの!? バックナンバー一覧