■シートノック

「瀬戸川(猛資)君が言っていたけども、君が好きなレナードは西部小説の枠を使ってクライムノヴェルを書いているんだよ」

 石上三登志さんは生前、まだ駆け出し編集者の頃の僕にそう語った。一九九九年の正月過ぎあたりだったと思う。アクション映画に関する映画論集の相談だったのだが、話はブームとなりつつあったホラー小説、瀬戸川猛資の探偵小説観、クライムノヴェルに飛んでエルモア・レナードの話になったのだ。長く四角い顔に白髪のオールバック。石上さんの相貌はクリストファー・リーの相似形だと思った。甘い香りのシガリロを燻らせて、西部小説の話へ移る。

「基本的にはですね、あなたが言うように西部小説はつまんなくてね、映画の原作に使えないものばかりだから『脂肪の塊』『駅馬車』にE・ヘイコックスが翻案したりする」

「でも石上さん、マックス・ブランドはそこそこ面白かったですよ。『砂塵の町』『峡谷の銃声』しか読んでないけど」

 すると石上さんは大ぶりのホーンリムのレンズを光らせて「本気で面白いと言いましたか?」と来た。僕はたじたじになり、石上さんのオフィス(新橋にあった太陽企画)のソファの背に釘付けになった。

「そこそこの出来ですよ。血なまぐさい復讐劇をまともに描いただけです」

 スパッとそう片付けられて、僕は二の句も告げず、実際に原書で捜して他の西部小説がつまらないかどうか読んでみようと思い、イエナ書店へ走った。『牧場の女主人』レス・サヴェージ、『悪人への貢物』ジャック・シェーファー、『大草原』コンラッド・リクターあたりはまあまあ。ほかはゼーン・グレイ、フランク・グルーバーなどなど玉石混淆。面白いと言えない。

 けれど、一冊、エルモア・レナードによる〇四年に編まれた自作西部短篇集 The Complete Western Stories を読むと、面白い! 五一年の処女短篇“Trail of the Apache”や映画になった“3:10 to YUMA”は会話の妙で西部小説の枠を超えていた。初長編 The Bounty Hunters も読んだが、トリッキーな展開などレナード節が見え隠れする。勧善懲悪の西部小説ばかりのなかで、悪も善人半分、善も悪人半分という登場人物造形は新しい。僕はある集まりで再会した石上さんへそのことを伝えた。すると厳しい先輩は「けっこう集めるのは大変だったでしょう。けれど、面白さだけじゃなくつまらなさを味読していくのは大事なんですよ。読書は積み上げだから」と微笑んでくれた。

 読み巧者のシートノックを受けた結果は時間がかかったが、まずは及第というところだ。

■ダッチ愛

 エルモア・〈ダッチ〉・レナードは一九二五年ニューオーリンズ生まれ。GM勤務の父に従いダラス、オクラホマ、メンフィスを経てデトロイトに落ち着く。三〇年代のギャングエイジにどっぷり浸かり、その結果が『ホットキッド』に結びつく。悪人をヒーローとする視線はギャングエイジで培ったものだと思い至る。傑作『ザ・スイッチ』での主人公は誘拐される主婦だが、実質はオディールらの小悪党たち。レナードも愛着があるのか彼らのその後を描いた『ラムパンチ』も哀感もある傑作となった。映画化は『ジャッキー・ブラウン』で監督Q・タランティーノ。

 レナードの小悪党趣味に惹かれる話を石上さんにすると「あなたのお父さんが詐欺師だったから」と喝破される。そうなのだ。僕の実父は詐欺師でケチな悪党。誰からもロクデナシと呼ばれていた。だからこそ僕は父に愛着があった。その太い感情のパイプでレナードの作品に繋がっていたのだ。

 レナードであれば何でも読む。全作を原書でも読み、じつはかなりの文学ファンであることも発見して一人で喜んでいた。悪党、善玉の登場と最終的には決闘で終わるレナード小説の中には映画の話題も多い。けれど『プロント』にはエズラ・パウンドを織り込むし、『ラムパンチ』にはバリー・ギフォードの詩を挿入する。パウンドはエリオットに影響を与えた大型詩人で難解とされるが、俳句に影響を受けた短詩など言葉の濃縮ぶりが素晴らしい。またギフォードも『ケルアック』というインタビューブックと共に自身、詩作や『セイラーズ・ホリデイ』のような傑作ノワールも書く。一筋縄ではいかない御仁なのだ。

 読めば読むほどダッチ愛は深まり、犯罪がらみではないファンタジー『タッチ』で感動し、遺作の Road Dogs は老いなどどこへやらの傑作だった。お気に入りの強盗J・フォーリーが登場。決して勝ち組ではないが負け犬でもない小悪党を描き切っていた。ダッチは死ぬまでアウトサイダーの味方だった。

岸川 真(きしかわ しん)

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  小説家。助監督、脚本家を経て1999年から編集者として働く。1997年に『フリーという生き方』(岩波ジュニア新書)で執筆業を兼。小説作として『蒸発父さん』(幻冬舎文庫)『半ズボン戦争』(幻冬舎)『あくたれ!』(双葉社)の自伝的三部作。最新刊に『赫獣』(河出書房新社)がある。デトロイトと阪神の両タイガース狂。さいきんは暗黒殺戮小説家と呼ばれる。

 ツイッターアカウントは @K_shin1972

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