ということで後篇です。ホント、ここまで固めて出さなくても良さそうなもんだわ。

 前篇を『もう年はとれない』から始めたので、後篇も七福神の支持を得たロジャー・ホッブズ『ゴーストマン 時限紙幣』(田口俊樹訳・文藝春秋)から行きましょう。いやもう奥さん、読み終わった瞬間にあたしゃ叫んだね。CoooooooooooooL!

 久々にうっとりできるヒーローが出てきたよゴーストマンかっけえよ超かっけえよ。熱海合宿で自分の主催部屋さえなければ、本書が課題図書の加藤部屋に参加したいくらいだわ(いや『航路』も面白いよすげー面白いよ安心してご参加されたし)。

 仕事のデキる男って女子的にはかなりポイント高いよね。たとえそれが悪事でもね。カジノから強奪された現金には48時間で爆発する爆弾が仕掛けられていて、制限時間内にそれを見つけるというミッションを受けたゴーストマンこと「犯罪痕跡消し屋」が駆け回るタイムリミット強奪サスペンス、次々と襲いかかる敵を常にクールに撃破し、またつまらぬものを斬ってしまったってな風情で次の作戦を練るゴーストマンに心掴まれずにおられようか。頭脳と銃のバランスもばっちり。

 女子ミスにはカテゴライズにしくいので金銀の冠はつけなかったけど、8月のミステリで一番面白かったのはと訊かれたら、私はこれを挙げます。

 敢えて文句をつけるなら二か所。ウルフ(という人物が出てくるわけだ)が過去に自分のやった犯罪を話す場面があるんだけど、ちっちゃな女の子をあんな殺し方をしてはいけない。あれはいけない。しかも話に関係あるわけじゃなくて、ウルフの残虐性を示すだけのエピソードなんだもん。あそこで1ポイントマイナス。ギャング同士がどんだけ撃ち合おうが、どんだけ残虐な殺し方をしようがかまわんが、あれはいけない。

 もう一か所は、ゴーストマンと絡むことになるFBIの捜査官が女性ってとこだな。ゴーストマンの師匠にアンジェラという謎めいた美女を配してるだけで女性成分は充分じゃないか。バランスとして違うタイプの女性キャラを配置したかったのかもしれないけど、そこはまた別のカッコいい男(浅野忠信に対する綾野剛みたいな! もしくは嵐の櫻井翔みたいな、育ちの良さげな坊ちゃんタイプで、でもけっこうデキる子的な!)を出して欲しかった──ってのは女性読者の身勝手かしら? てか、いい男の話に女はいらんっ!

 なかなかに愉しめたのがアレクサンダー・キャンピオン『美食家たちが消えていく』(小川敏子訳・原書房コージーブックス)。パリのグルメ捜査官シリーズ第3弾。毒舌で知られるレストラン評論家が、レストランでラビオリを食べた直後に毒死。その後、次々と評論家が殺されるという事件に、女性警視カプシーヌがグルメ評論家の夫とタッグを組んで立ち向かう。

 個人的に甘いものがあまり好きではないので、お菓子系コージーよりもパリのセレブな料理がいっぱい出てくるこのシリーズの方が唾液量が増えるのよ。しかもヒロインは警察官なので(コージーを素人探偵と定義づけるなら、本シリーズはコージーには入らないわけですが)、素人探偵の行き当たりばったりの詮索が苦手な向きには、ちゃんと手順を踏んで捜査するこのシリーズはお勧め。謎解きも実にしっかりしてるしね。それに今回は終盤、あるリスクを冒して捜査するんだけど、それについてヒロインがずっと悔やむのも良識を感じさせてくれて好感度高し。ただ、もうちょっと殺人が続いてくれないと決め手がつかめないとか警官が考えちゃいけません!

 フランスミステリということで、ディネ・アン・ブランという大規模なパーティイベントが事件の舞台になるのも楽しい。これって来春に東京でも行なわれるやつだよね(「ディネ・アン・ブラン 東京」でググってみてね)。本書を読むと参加してみたくなるわぁ。ただ、シリーズ三冊目ではあるけど、フランスの警察機構や法律がどうなってるのか、まだイマイチ掴めないところがある。

 ところで本書、読み終わってからあらためて表紙を見ると、「あっ!」と思うよ。ちゃんと出てるじゃんアレが! うわあ。

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 さて、ようやく銀の女子ミスです。やっぱりこれを挙げないわけにはいかないでしょう、銀の女子ミスマーガレット・ミラー『悪意の糸』(宮脇裕子訳・創元推理文庫)に決定!

 いやあ、まさか2014年になってミラーの初訳作品が読めるとは。長生きはするもんですなあ。しかもこれ、何に驚くって、1949年が舞台なのに、現代でもそのまんま成立する話なのよ。『まるで天使のような』とか『鉄の門』とか、往年の名作イメージを持って本書を読むともしかしたら小粒感を感じるかもしれないけど、いや、いいんです。だってこれ、ロマサスだもの! マーガレット・ミラーが意識的にロマサスを書いてるんだもの! 心理サスペンスの巨匠が1950年にロマサスを書いていた、それが2014年の現代でも成立するものだったってのがすごいと思いませんこと?

 しかもすごく読みやすい。もしもこれまでミラー作品が読みにくかったと感じてる女子読者がいたら、これ試してみて下さいな。

 主人公は女医のシャーロット。彼女のところにヴァイオレットという女性が中絶を頼みに来ます。それを断ったシャーロット(そういう時代なのね)だけど、気になってヴァイオレットを訪ねていくと──。

 このシャーロットは医者という仕事があって、お金もあって、恋人もいる。その恋人のルイスってのが、妻持ちなのね。結婚に興味はなくて不倫の恋をするという、ここいらも含めて実にイマドキっぽいヒロイン。しかもシャーロットは、ルイスの妻グウェンの主治医でもあるのよ。この妻が、体のどこが悪いっていうより、今でいう不定愁訴でシャーロットを頼ってるのね。恋人の妻の口からのろけと愚痴を延々聞かされる女医という構図がもうね、シャーロットの嫉妬と優越感がないまぜになった心理描写はたまらんですよ。

 これ、これまでのミラーの作品の中でも女子ミス度はピカイチ。女子ミスとしてのいちばんの読みどころは、異なる個性の複数の女性のありようとその比較なんだけども、そこはぜひ読んで確かめてみて下さい。川出正樹さんが解説で「個性の違い」をわかりやすく解説して下さってますのでご一読を。この解説を読めば、これが女子ミスだという理由がおわかりいただけるかと。

 そして読み進むと、なんとなくこんな背景なんじゃないかなと見当はついて、でも背景がわかるのと真相がわかるのとではぜんぜん違うというサプライズが待ってます。特に真相が分かる章がもう、めっちゃ怖い。そしてめっちゃ巧い。怖い巧い怖い巧い、こわうまい。マジでこわうまいわミラー。さすがだわミラー。

 ただこれ、刑事がシャーロットに一目惚れというくだりは、男性読者的にはどうなんだろ。ロマサス構造ならこういう設定(自分に言いよる男に剣突食らわす展開)もありっちゃありなんだけど、この刑事の言動はもしかしたらロマンス小説に対するミラーなりの茶茶入れだったのかな、とも思ったり。

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 そして大豊作にして大混戦の8月、金の女子ミスに輝いたのはジェーン・ケーシー『震える業火』(中井京子・ヴィレッジブックス)だ!

 若い女性ばかりを狙った連続殺人鬼〈バーニングマン〉を追うロンドン警視庁の特捜班。女性刑事メイヴは、最新の事件の被害者を調べる途中で、その被害者の親友を名乗るルイーズと知り合う。ルイーズから聞いた被害者の素顔を知り、もしやこれは連続殺人とは別の事件なのではと疑うメイヴだが……。

 まずメイヴが特捜班でただ一人の女性であるということ、そして彼女がアイルランド系であるということがポイント。彼女は特捜班の中で二重に差別される立場にいるわけよ。しかも上司がすっげえデキる男で、特捜班のメンバーは何とかこの上司に気に入られようと出世競争が激しいのなんの。そしてこの手の話には付き物の障害──仕事に対して理解のない恋人と母親、というふたつの存在がプライベートでも彼女を追いつめる。そんな環境で彼女がどう結果を出していくかってところが最大の読みどころですね。

 てなふうに書くと辛い話ばかりって感じだけど、特捜班の中にも前述の上司をはじめとして彼女にフェアに接してくれる人がいるし、何よりメイヴが女であることに甘えず、やるべきことをきちんとやっていくのが実に気持ちいい。応援せずにはいられないヒロインなのだ。と同時に、本書に登場する他の女性たちも、それぞれに抱えているいろんなものがあって、こうありたい自分と現実の自分の齟齬をそれぞれがどう受け止めるのかってとこも見て欲しい。

 ミステリとしては、ぶっちゃけ犯人は比較的早く見当がつきます。てか、あまり隠す気もないって感じ。だから犯人がわかった時点でのサプライズは正直言って薄い。「まんまかよ!」と思ったくらい。でも、だからこそ「いつ気付くの?」「どうしてそうなったの?」という部分で引っ張られちゃうんだよなー。たぶんこの人が犯人だろう、でもだとしたらあれはどういう意味だったんだろう、という謎のまぶし方が秀逸なのね。

 そして犯人が判明してもそこで終わりじゃない。そこから次の戦いが始まる。最後まで息を吐かせない。ロマンスもアクションもイギリスの文化風習描写も程よくあって、猟奇的な犯罪と頭脳的な攻防のバランスもよくて、「うそっ!」と声が出るような展開もあって、これは二重丸のサスペンスです!

 ということで拡大版でお送りした金の女子ミス・銀の女子ミス8月度でした。今月は他にもヘレン・マクロイの『逃げる幻』とかアリエル・S・ウィンターの『自堕落な凶器』とかジョー・ネスボ『ザ・バット 神話の殺人』とか、佳作力作目白押しでしたね。女子ミス的に言いたいことがあるものだけに絞りましたが、いやもう、もうちょっと分けて出してよねホントにね!

大矢 博子(おおや ひろこ)

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  書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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