9月3日に実施要項を載せていただき、9月10日〜22日の期間で投票を募ったオールタイムベスト選出企画「非英仏語圏ミステリベスト100」はおかげさまで67名の方からご投票いただくことができました。結果はTwitterにて9月23日に発表したのですが、こちらでも改めて書影付きで結果を載せたいと思います。ベスト100の発表は「1位〜30位」、「31位〜62位」、「64位〜100位」の3分割にし、「その4」では作家ランキングと、「北欧」「ドイツ語圏」「その他」の3つに分けた場合のそれぞれのベスト10を示します。

 この企画だけを見ると、「『非英語圏』なら分かるが、なぜフランスミステリを除いて対象を『非英仏語圏』にしたのか」と疑問が沸く方もいらっしゃるかと思います。これは理由は単純で、フランスミステリを対象とするオールタイムベスト選出企画は8月にすでに実施したからです。当初は「非英語圏」でアンケートを実施しようかとも考えていたのですが、フランスミステリは邦訳が多く、どうせならフランスミステリだけの「ベスト100」を見てみたいと思い、先に第一弾として「フランスミステリベスト100」を実施することにいたしました。今回の第二弾の企画が「非英仏語圏ミステリ」という耳慣れない言葉を冠することになったのはそのためです。

 なお、第一弾「フランスミステリベスト100」と第二弾「非英仏語圏ミステリベスト100」の投票者数はどちらも67名で、挙がった作品数も同数の195作品でした。

◆投票対象について

 実施要項に書いた通り、今回の投票の対象は言語で区切ることとしました。そのため、英語作家であるロバート・ファン・ヒューリック(オランダ)、ロジャー・スミス(南アフリカ)、ヴィカース・スワループ(インド)、ジェイムズ・トンプソン(アメリカ/フィンランド)らは対象外となっています。これらの作家には投票できるのならしたいという方がいらっしゃいました。

 また、イスラエルのマイケル・バー=ゾウハーについてもここで注記しておく必要があるかと思います。この作家については実施要項を書いた時点で、投票の対象になるとは考えていませんでした。多くの読者の方もこの作家は英語作家だと思っていらっしゃるかと思います。ところが、投票最終日の2日前に投票者の方からご質問をいただいて調べてみると、マイケル・バー=ゾウハーの小説の第1作『過去からの狙撃者』と第2作『二度死んだ男』はヘブライ語で執筆されたものだということが分かりました。この2作は英語版も出ていますが、どちらも「ヘブライ語のオリジナル版→仏訳版→英訳版」という重訳により出版されたものでした。また1978年の『エニグマ奇襲指令』以降は、各作品の英語版とヘブライ語版の両方をバー=ゾウハー本人が執筆しているようです。そこでマイケル・バー=ゾウハーは全作投票可能としました。ただ、それを私のTwitterアカウントでハッシュタグをつけて告知したのが最終日の前日、それを「翻訳ミステリー大賞シンジケート」のアカウントにリツイートしてもらったのが投票最終日でしたから、マイケル・バー=ゾウハーに投票可能だと最後まで知らなかった方もいらっしゃったかと思います。バー=ゾウハーのファンの方にはお詫び申し上げます。

 バー=ゾウハーは2010年に久々の新作『ベルリン・コンスピラシー』が邦訳出版されました。これは英語版からの翻訳ですが、英語版は出版はされていません。この作品は世界中でもヘブライ語版と日本語版しか刊行されていないようです。(ほかに『真冬に来たスパイ』『無名戦士の神話』『悪魔のスパイ』なども英語版は出版されていないようです)

◆投票があった195作品の「原産国」

 今回のアンケートでは、以下の33の国と地域の作品に投票がありました。

  • 北欧:スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、アイスランド、フィンランド
  • ドイツ語圏:ドイツ、オーストリア、スイス
  • 南欧:イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャ
  • その他欧州:オランダ、ロシア、ポーランド、チェコ、ウクライナ、ルーマニア、ハンガリー
  • ラテンアメリカ:アルゼンチン、メキシコ、コロンビア、ウルグアイ、ペルー、チリ、ブラジル
  • アジア:中国、香港、台湾、韓国、タイ、トルコ、イスラエル

 投票があった195作品のうち、世界10か国の児童文学作家によるリレー探偵童話『オレンジ色のねこの秘密』を除く194作品の内訳は、北欧55ドイツ語圏51その他88でした。北欧やドイツ語圏の作品がほとんどを占めるだろうと予想していましたが、「その他」の作品も健闘しました。ちなみに「その他」88の内訳は、南欧33その他欧州23ラテンアメリカ18アジア14です。

 今回はアフリカの作家への投票はありませんでした。もっとも、アフリカの英語作家・フランス語作家は対象外としてしまいましたので、今回のアンケートで対象になったアフリカのミステリ作家は、アフリカーンス語でミステリを書いている南アフリカのデオン・メイヤーぐらいでした。この作家はアメリカ、フランス、ドイツ、スウェーデンでミステリ賞を受賞するなど世界的に評価が高く、邦訳は『追跡者たち』『流血のサファリ』があります(後者では作家名表記は「デオン・マイヤー」)。

 まだ邦訳はされていませんが、アフリカにはアラビア語やスワヒリ語、ズールー語などでミステリ小説を書いている作家もいます。2013年6月刊行の『現代アラブを知るための56章』(明石書店)によれば、最近のアラビア語圏では娯楽小説の質が向上してベストセラーも生まれており、「未発達だった本格的なSFやミステリーの登場」などの新しい現象が起こっているのだそうです(p.80)。もし20〜30年後にまた同じようなアンケート企画を実施したら、今度はアラビア語圏やアフリカ(両者は一部重複しますが)のミステリ小説もランクインするかもしれません。

 前置きが長くなってしまいましたが、「非英仏語圏ミステリベスト100」のまずはベスト30の発表です!

◆「非英仏語圏ミステリベスト100」1位〜30位

【1位(163.5ポイント/24票)】

  • 『薔薇の名前』ウンベルト・エーコ(イタリア)

【2位(137ポイント/24票)】

  • 『犯罪』(短編集)フェルディナント・フォン・シーラッハ(ドイツ)

【3位(120ポイント/20票)】

  • 『三秒間の死角』ルースルンド&ヘルストレム(スウェーデン)

 2011年、英国推理作家協会(CWA)インターナショナル・ダガー賞(最優秀翻訳ミステリ賞)受賞。

 2014年、第2回翻訳ミステリー読者賞受賞。

【4位(115ポイント/22票)】

  • 《ミレニアム三部作》スティーグ・ラーソン(スウェーデン)

 『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』は2006年の、『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』は2008年のガラスの鍵賞(北欧最優秀ミステリ賞)受賞作。

【5位(93.5ポイント/16票)】

  • 『笑う警官』シューヴァル&ヴァールー(スウェーデン)

 1970年代に全10作が邦訳されて人気を博した刑事マルティン・ベック・シリーズの第4作。このときは英訳版からの翻訳。2013年に原語(スウェーデン語)から訳した新訳版が刊行された。

 アメリカ探偵作家クラブ(MWA)のエドガー賞最優秀長編賞には今までに翻訳作品が何度かノミネートされているが、受賞したのは1971年の『笑う警官』のみである。その後はエーコの『薔薇の名前』やペーター・ホゥの『スミラの雪の感覚』、カーリン・アルヴテーゲンの『喪失』などがノミネートされたが、受賞には至っていない。

【6位(83.5ポイント/13票)】

  • 『風の影』カルロス・ルイス・サフォン(スペイン)

 《忘れられた本の墓場》四部作(本国でも第4作は未刊行)の第1作。第2作『天使のゲーム』は42位に入った。第3作『天国の囚人』がちょうど今月邦訳出版される。

【7位(54.5ポイント/10〜11票) 2作】

  • 『猫たちの聖夜』アキフ・ピリンチ(ドイツ)(11票)
  • 『オックスフォード連続殺人』ギジェルモ・マルティネス(アルゼンチン)(10票)

 『猫たちの聖夜』のシリーズは第2作『猫たちの森』も邦訳されている(本国では第8作まで刊行されている)。

【9位(51.5ポイント/9票)】

  • 『香水 ある人殺しの物語』パトリック・ジュースキント(ドイツ)

【10位(48.5ポイント/7票)】

  • 『粛清』ソフィ・オクサネン(フィンランド)

【11位(45.5ポイント/9票)】

【12位(44.5ポイント/8票)】

  • 『緑衣の女』アーナルデュル・インドリダソン(アイスランド)

 2003年、ガラスの鍵賞(北欧最優秀ミステリ賞)受賞。

 2005年、英国推理作家協会(CWA)ゴールド・ダガー賞(最優秀長編賞)受賞。

【13位(40.5ポイント/7票)】

  • 『テロリスト』シューヴァル&ヴァールー(スウェーデン)

 刑事マルティン・ベック・シリーズの最終作(第10作)。

【14位(39.5ポイント/7票)】

【15位(38.5ポイント/7票)】

  • 『湿地』アーナルデュル・インドリダソン(アイスランド)

 2002年のガラスの鍵賞(北欧最優秀ミステリ賞)受賞作。

【16位(37.5ポイント/6〜7票) 3作】

  • 『冬の灯台が語るとき』ヨハン・テオリン(スウェーデン)(7票)
  • 『特捜部Q 檻の中の女』ユッシ・エーズラ・オールスン(デンマーク)(6票)
  • 『ブエノスアイレス食堂』カルロス・バルマセーダ(アルゼンチン)(6票)

 『冬の灯台が語るとき』は2009年のガラスの鍵賞(北欧最優秀ミステリ賞)受賞作。また、2010年には英国推理作家協会(CWA)のインターナショナル・ダガー賞(最優秀翻訳ミステリ賞)を受賞している。

 『特捜部Q 檻の中の女』は邦訳が5作出ている特捜部Qシリーズの第1作。

【19位(34ポイント/6票)】

  • 『イデアの洞窟』ホセ・カルロス・ソモサ(スペイン)

 2002年、英国推理作家協会(CWA)ゴールド・ダガー賞(最優秀長編賞)受賞。

【20位(33.5ポイント/5票)】

  • 『殺人者の顔』ヘニング・マンケル(スウェーデン)

 ヴァランダー警部シリーズの第1作。1992年(初回)のガラスの鍵賞(北欧最優秀ミステリ賞)受賞作。

【21位(32.5ポイント/6票)】

  • 『深い疵(きず)』ネレ・ノイハウス(ドイツ)

 第1回(2013年)翻訳ミステリー読者賞受賞作。(スティーヴ・ハミルトン『解錠師』、キャロル・オコンネル『吊るされた女』との3作同時受賞)

 刑事オリヴァー&ピア・シリーズの第3作。第4作『白雪姫には死んでもらう』は11位。シリーズ第1作『いけすかない女』(仮題)は2015年に邦訳出版予定。

【22位(30.5ポイント/5票)】

  • 『サイコブレイカー』セバスチャン・フィツェック(ドイツ)

【23位(30ポイント/4票) 2作】

  • 『喪失』カーリン・アルヴテーゲン(スウェーデン)
  • 『虚擬街頭(きょぎがいとう)漂流記』寵物先生[ミスターペッツ](台湾)

 『喪失』は2001年のガラスの鍵賞(北欧最優秀ミステリ賞)受賞作。

 寵物先生(と書いて「ミスターペッツ」と読む)の『虚擬街頭漂流記』は台湾の出版社が主催する公募の長編ミステリ賞、島田荘司推理小説賞の第1回(2009年)受賞作。

 ちょうど今月、ミスターペッツの短編の邦訳「犯罪の赤い糸」がKindleで発売になった。2007年の台湾推理作家協会賞の受賞作である。

(この作品を含む台湾の短編ミステリ2編、中国の短編ミステリ2編、計4編の翻訳短編を収録した『現代華文推理系列 第一集』も同時に発売になっている)

(上記リンクが不調の場合は下のURLをクリックして『現代華文推理系列 第一集』商品ページへ)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00O3XC7VA/honyakumyster-22/

【25位(28ポイント/5〜6票) 3作】

【28位(27.5ポイント/5票)】

  • 『伝奇集』「死とコンパス」「八岐の園」等収録)ホルヘ・ルイス・ボルヘス(アルゼンチン)

 「八岐(やまた)の園」は米国『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』の1948年の短編ミステリ・コンテスト入選作。ほかにアーサー・ウイリアムズ「この手で人を殺してから」など計5編が入選し、1948年8月号に掲載された。

【29位(26.5ポイント/5票)】

  • 『目くらましの道』ヘニング・マンケル(スウェーデン)

 ヴァランダー警部シリーズ第5作。2001年、英国推理作家協会(CWA)ゴールド・ダガー賞(最優秀長編賞)受賞。

【30位(25.5ポイント/4票)】

 上位にはガラスの鍵賞(北欧最優秀ミステリ賞)の受賞作が多数ランクインした。ガラスの鍵賞の受賞作で、昨年(2013年)までに邦訳が出た11作品はすべてベスト100に入っている。今年8月下旬に邦訳が出たジョー・ネスボ(ノルウェー)『ザ・バット 神話の殺人』は出版直後だったこともあってか票が入らなかったが、1998年のガラスの鍵賞受賞作である。また10月下旬にハヤカワ・ミステリ文庫で刊行予定のエリック・ヴァレア(デンマーク)『7人目の子』は2012年のガラスの鍵賞受賞作である。

 ガラスの鍵賞の2007年の受賞者はフィンランドのマッティ・ロンカ。この作家は今年、探偵ヴィクトル・カルッパ・シリーズ第1作『殺人者の顔をした男』が邦訳された。このシリーズの第3作がガラスの鍵賞の受賞作である。

「非英仏語圏ミステリベスト100」結果発表!(その2)に続く。

松川 良宏(まつかわ よしひろ)

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 アジアミステリ研究家。『ハヤカワ ミステリマガジン』2012年2月号(アジアミステリ特集号)に「東アジア推理小説の日本における受容史」寄稿。「××(国・地域名)に推理小説はない」、という類の迷信を一つずつ消していくのが当面の目標。

 Webサイト: http://www36.atwiki.jp/asianmystery/

 twitterアカウント: http://twitter.com/Colorless_Ideas

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