金木犀の香る10月初めの土曜日、翻訳ミステリーお料理の会は第3回の調理実習を行いました。台風の足取りが気になるところでしたが、幸いなことに当日はお天気もそこそこ良好。これも世話人一同の……ではなく、ご参加くださったみなさまの日ごろの心がけの賜物ですね。

今回のメニューは、リクエストの多かったルバーブを使ったスウィーツを、欲張って2種類こしらえることに。ひとつは「ルバーブのクランブルタルト」、こちらは事前にグラニュー糖でマリネしておいたルバーブを使います。もう一品は、せっかくなので生のルバーブを使ってみよう、ということで「ルバーブとオレンジのデザートスープ」を選びました。ゲストには、スウィーツをこよなく愛するミステリー編集者、東京創元社編集部の宮澤正之さんをお迎えしました。

ところで、件のルバーブとは、いったいなんぞや? はい、ダイオウ属タデ科の植物で、写真でご覧いただければおわかりになるかと思いますが、姿形は日本のフキによく似ています。今回は鮮やかな色の赤いルバーブを使いましたが、緑色のものもあり。スウィーツに利用するのは茎の部分ですが、根茎は生薬として使用され、消炎、止血、緩下作用あり。生薬としては「大黄」とされることが多いからでしょうか、“ダイオウ”“食用ダイオウ”と訳されていることも。葉にはシュウ酸が多く含まれるので食用にはできませんが、煮出した液は真鍮や銅を磨くために使用できるのだとか。原産地はシベリア、主な栽培地も寒冷地が多く、日本では長野や山梨、北海道あたり。ちなみに、今回は長野県産のものを使いましたが、この赤い色素にはアントシアニンがたっぷり含まれ、美肌効果も期待できると聞いています。

せっかくなので実物をじっくりと観察していただいてから、調理に取りかかります。

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真っ赤なルバーブ。今回は長野県産のものを使用しました。

最近では道の駅や産直野菜のお店などでも見かけるようになりました。

まずはデザートスープのほうから。講師の森嶋マリさんのデモンストレーションを見ていただきつつ、まずは本日の主役であるルバーブを2センチほどにざくざく切ります。包丁を入れたときの手応えも、フキによく似ています。こんなごそごそしたものが、果たして時間内にスープになるのでしょうか? オレンジ、オレンジの果汁、砂糖、水少々を鍋に入れて煮ることしばし。10分を過ぎたあたりから、おや、心なしかルバーブがふっくらしてきたような……あくを取りつつ、さらに煮ていくうちにフキそっくりだったルバーブが見る見るほぐれてばらばらに。色鮮やかなスープの完成です。日本のフキはいくら煮ても煮崩れることはほとんどありませんが、そこがルバーブとのいちばんの違いでしょうか。なるほど、こんなふうにすんなりと煮崩れてくれるのなら昔からジャムに使われるわけだわ、と一同納得。このデザートスープは冷やして食べるものなので、ボウルに移し、いったん冷蔵庫に。

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オレンジとルバーブは相性抜群。オレンジ以外ならモモやリンゴなど。

ルバーブに酸味があるので、甘味のある果物がおすすめです。

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ミステリー編集者、宮澤正之氏、ルバーブに挑む!

続いて、「クランブルタルト」のほうに取りかかります。クランブルとはその名のとおり、“かけら”“ぽろぽろ崩れてくるもの”。バター、小麦粉、砂糖などを混ぜたものを、そぼろ状に崩して使います。今回はそこにココナツの細かい粉も加えました。タルトの土台には直径6センチほどの市販のタルトレット型を使用。タルトレット型にジャムを塗り、タルトの中身となるクリーム状のもの(アパレイユと言います)をこしらえ、アパレイユをタルト型に流し込み、前日からグラニュー糖をまぶしておいたルバーブの水気を切り、水気を切ったルバーブをアパレイユのなかに押し込むようにして入れていき……なんだか面倒で複雑そうに思われるかもしれませんが、森嶋さんのお手本を参考にしながら実際にやってみるとそれほどでもなく、みなさん、手際よく順調にこなしていかれます。最後に、ココナツ・クランブルをうえから振りかけて、オーヴンへ。じきに甘酸っぱくて香ばしい、なんとも幸せな匂いが漂ってきます。焼くこと25分ほど、タルトの完成にあわせて、冷やしておいたデザートスープにアイスクリームを添えて、お待ちかねの試食タイムに。

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クランブルタルトは、ルバーブを押し込むようにして詰め込むのがコツ。

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焼いているあいだも、香ばしくて甘酸っぱい匂いで、幸せな気持ち

ルバーブの味の特徴である、さわやかな酸味、タルトの香ばしさ、オレンジの甘味を存分に堪能していただきつつ、ゲストの宮澤さんにミステリーに登場するスウィーツについて、お話をうかがいました。担当なさった作品のなかでルバーブが登場するものは、いくつもあるとのこと。欧米圏ではやはり、かなりお馴染みの食材のようです。そのせいか、作品中での扱いは比較的地味で「デザートにはルバーブのパイが出た」というような具合。『若草物語』の作者であるオルコットを主人公にした、アンナ・マクリーンの名探偵オルコット・シリーズでは、主人公のお父さんが(ベジタリアンでありながら)「ルバーブのジャムは好かん!」と言う場面が出てくるのだとか。確かにあの酸味は、好き嫌いが分かれるところかもしれません。

【追記:……と、当日このようにお話ししたのですが、あとで『ルイザの不穏な休暇』を再度確認したところ、ルバーブのジャムに難色を示したのは別の登場人物(胃弱の老人)で、ルイザの父オルコット氏は畑の片隅に植わっていたルバーブを見つけて「神の恵みだ」とむしろ喜んでおりました。参加者の皆さまおよびオルコット氏にはここにつつしんで訂正しお詫びします。——東京創元社・宮澤】

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デザートスープにはアイスクリームを添えて。

話はやがてスウィーツを離れて、ミステリーに出てくる食べ物のことに。食べ物の描写がうまいのが、リディア・チン&ビル・スミス・シリーズのS・J・ローザンというのは、なんとなくうなずけます。「いかにもおいしそうで、またそのおいしそうな味が想像できる」ように描かれているのだとか。反対に「おいおい、それってどういう料理だよ」というのもあって、その例として挙げていただいた beered chicken なる一品には、一同騒然! ご興味のある方はぜひ画像検索を。いやいや、ミステリーに登場するお料理の奥深いこと。当然のように後片付けのあいだも、話は尽きず、お皿を洗いながら読んだ本の情報交換も。こんなふうにしてミステリーの魅力が人づてに伝わっていくきっかけになれたら、翻訳ミステリーお料理の会としては嬉しい限り。最後に「ルバーブって苦手と思っていたけれど、これはおいしかったです」という声も聞かせていただき、おかげさまを持ちまして、第3回調理実習も、無事に打ち上げることができました。

今回、改めて、ミステリーに登場するお料理の魅力を再確認した世話人一同。とはいえ、世話人だけでは集められる情報にも限りがあります。というわけで、当会は、引き続きみなさまからのリクエストを募集しています。「あの作品に出てきた、こんなお料理をこしらえてみたい」というご希望がありましたら、mys.cooking@gmail.com までお寄せください。

翻訳ミステリーお料理の会、世話人一同

芹澤 恵(せりざわ めぐみ)

翻訳者。〈翻訳ミステリーお料理の会〉世話人。食いしん坊兼呑み助。自称料理好き。ありものでこしらえるシンプルな料理(別名“手抜き”)を得意とする。訳書にウィングフィールド『冬のフロスト』、パチェット『密林の夢』、サーバー『傍迷惑な人々』他。

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