早川書房のミステリマガジンが2015年から隔月発行になるというニュースを受けて、以前に中国ミステリに関する拙文を寄稿した身としては少なからず驚き、今後またレビューなどを書かせていただけるのかと考えてしまいました。

 今回はミステリマガジン隔月化に触発されて中国のミステリ雑誌について書いていきたいと思います。

 まず中国で今までどのようなミステリ雑誌が発行されていたのか、このコラムを書くにあたって毎回お世話になっている劉翔の『中国偵探小説理論資料』の巻末付録には1902年から2011年までに発行された主要なミステリ雑誌及びミステリ関連雑誌の目録が掲載されているのでそれを参考にします。

 この巻末付録によると1902年発行の『新小説』を皮切りにこれまで中国では60以上のミステリ雑誌が生まれては消えています。例えば程小青『霍桑シリーズ』の1篇『断指党』(1921年)を掲載していた雑誌『礼拝六』は1914年に創刊され1916年に休刊するものの1921年に復刊しており、孫了紅『魯平シリーズ』の1作である『玫瑰之影』(1924年)や『雀語』(1928年)を掲載していた『紅玫瑰』は1924年から1930年と比較的長い。

 そして、第4回の『外部から内部へ向けられる視線』でも触れましたが、ミステリ雑誌にも大きな空白期間があることがこの巻末付録からわかります。1949年に創刊され同年に休刊になった『紅皮書』を最後に中国では30年以上ミステリ雑誌が存在しない時期が続きました。

 長い空白期間を超え1984年からミステリ雑誌は中国で再び発行され始めます。1984年に創刊された『啄木鳥』は公安部が主管する公安法制雑誌でミステリ小説の他に現実に起きて公安部が処理した事件等のルポが掲載されていて、現在も刊行されています。

 この目録によると2011年までに11の雑誌が残っているとのことですが、あくまでも『主要』ミステリ雑誌をまとめた目録でありそこには記載漏れと思われる点もあります。例えば2008年には既に刊行されていたはずの『推理志』の名前がここにはありません。

 また編者・劉翔とは異なる視点でミステリ関連雑誌を選ぶとその総数は更に増えます。2013年12月に一度だけ刊行された中国初のミステリライトノベル誌『推友』のような単発刊行物や、早安夏天『推理筆記シリーズ』(2010年)や風魂『白夜霊異事件簿』(2011年)等の正統派とは言いがたいがタイトルに『推理』や『偵探』の名前が付いたり、探偵が登場する作品を掲載している『漫客・小説絵』などの雑誌も含めると、現在の中国で『ミステリ小説』と呼ばれる作品がどれほど誌上に溢れているかがわかります。

■『偵探』ではなく『推理』雑誌

台湾では1984年に『推理』という雑誌が生まれ、香港では1996年に『推理小説』が相関されていますが中国大陸で『推理』の名を冠するミステリ雑誌が生まれるのは2000年以降です。それが『大家故事・偵探推理』(2004年)、『歳月・推理』(2006年)、『推理世界』(2007年)、『最推理』(2007年)の4誌です。なお『歳月・推理』は2012年に『推理金版・銀版』と改名し月に2冊発行となっているので以降『推理金版・銀版』に統一します。また『推理世界』は『推理金版・銀版』の姉妹誌です。

 これら雑誌は一般書店やアマゾンには置かれていなく、路上に設置されているキオスクで購入するか、または定期購読という形で直接出版社から買うのが一般的です。また全てのキオスクに陳列されているわけではありません。

 掲載物は中国人作家によるオリジナル作品とミステリ関係のコラム、そして外国人作家の作品が主です。『推理金版・銀版』と『推理世界』を例に挙げますと、中国唐代を舞台にし狄仁傑(いわゆるディー判事)が活躍する古代中国の雰囲気が満ちる遠寧『看朱成碧』(2011年)、第五回全国偵探推理小説大賽の優秀短編小説賞に選ばれた倒叙モノの佳作、水天一色『我這様的人』(2009年)、そして島田荘司作品をオマージュし掲載当初から中国ミステリ業界を揺るがした問題作、御手洗熊猫『人体博物館殺人事件』(2008年)などの個性派、実力派の作品を掲載し続けています。中には御手洗熊猫のように日本や欧米の有名なミステリ小説のパロディを書く作家もおり、同人誌めいた作品が掲載できるのも今の中国ミステリ雑誌の強みでしょう。

 またこの雑誌はこれまでに二度、華文推理大賞賽というミステリ賞を開催しており、中国ミステリ業界に精力的に貢献しています。そして、『推理世界』2014年11月号には日本人作家、白樺香澄が自身の作品を中国語訳化させたものを掲載されました。遂に外国人作家が自分から作品を投稿したことで今後の雑誌方針に注目が集まります。

■雑誌の将来

『推理金版・銀版』と『推理世界』が主催していた華文推理大賞賽が第3回目が行われる様子が見られないように、近年中国ミステリ各賞の活動が低迷しています。上述した全国偵探推理小説大賽は2011年を最後に開かれず、台湾で開かれている『島田荘司推理小説賞』は最近4回目の告知がされましたが、受賞作品の簡体字訳及び日本語訳化が進んでおりません。

 おかしな話ではありますが中国人読者にとってミステリ小説とは日本あるいは欧米のものというイメージが未だに強く、中国ミステリ業界の中で中国ミステリ小説はマイナーな存在です。

 そのため、中国ミステリ読者の母数を増やすことが現在の中国ミステリ雑誌の課題です。今後も読者を取り入れるために試行錯誤をした雑誌が次々と生まれては消えていくことでしょう。

【注】現在、水天一色『我這様的人』御手洗熊猫『人体博物館殺人事件』など一部の中国ミステリは日本語に訳されてKindleで読めるようになっています。

阿井 幸作(あい こうさく)

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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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現代華文推理系列 第一集

(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)

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