ミステリ試写室 film 15 特捜部Q 檻の中の女

 今月から来月にかけて、北欧のミステリ好きには至福のひとときが訪れそうだ。ノルディック・ミステリを原作にした映画の数々が、立て続けに公開される。

 まず、5回目となる〈トーキョー ノーザンライツ フェスティバル2015〉の特集上映企画では、〈ミステリ映画特集〉が組まれている。マルティン・ベック・シリーズの映画化として名作の誉れが高い『刑事マルティン・ベック』(原作は『唾棄すべき男』)や、先ごろ来日したカミラ・レックバリ原作の『エリカ&パトリックの事件簿 説教師』(TVシリーズの中の一話)とともに、なんと今回がジャパン・プレミアとなるアーナルデュル・インドリダソン原作『湿地』の上映が実現する。すでにご覧になった川出正樹さんによれば、「アイスランドの原野の美しさと大胆な構成変更を堪能」とのことなので、原作の読者は大いに興味をそそられるだろう。

 そしてその3作に加えて、今回やっと日本公開となるもう1本がある。それが、ここにご紹介する『特捜部Q 檻の中の女』である。同題の原作はデンマークの作家ユッシ・エーズラ・オールスンの警察小説〈特捜部Q〉の第一作で、シリーズはこれまでの5作すべてが翻訳紹介されており、新生ポケミスのドル箱ともいうべき人気を誇っている。

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©2013 Zentropa Entertainments20 ApS, Zentropa Entertainments Berlin GmbH. All rights reserved

〈特捜部Q〉は、コペンハーゲン警察に新設された重要な未解決事件を専門に扱う部署で、優秀だが、はみだし者の主人公カール・マーク警部補を隔離するように作られたという設定は、原作からほとんど変更ない。(さらに原作では政治的な事情等も描かれているが)そんな周囲の思惑をよそに、たった一人の部下で人懐こいシリア人のアサドとともに、主人公は過去の難事件をとことん追いかけていく。

 では、まず予告編から。

 カールとアサドのコンビが最初に目をとめたのは、5年前に起きた美人議員ミレーデの失踪事件だった。彼女は、障害者の弟と連れ立ち出かけた船旅の途中に忽然と姿を消した。行方は杳として知れず、やがて事件は船上からの投身自殺と片付けられ、捜査は終了していた。ところが過去の調査記録を洗い直していくうち、次々と新事実が浮かび上がり、ミレーデは何らかの事件に巻き込まれた疑いが浮上する。

 ルメートルの『その女アレックス』や映画の『オールド・ボーイ』を連想させる犯人のデモーニッシュなたくらみは、息を呑むシーンとしてスクリーンの上に再現されていく。とりわけ原作にもあった被害者が歯痛に苦悶するくだりは、その凄絶さでホラー映画もかくやという描写が続く。

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 一方で、失踪の顛末や犯人の動機を明らかにしていく展開では、ミケル・ノガール監督の現在と過去を交錯させる手法が冴えわたる。とりわけ印象的なのが、粉雪が舞う中を少女が呆然と佇むシーンで、その息を呑む美しさからは、この作品で再び顔を合わせた『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(スウェーデン版ミレニアム)の脚本、撮影チームの素晴らしい仕事ぶりがうかがえる。

 主役の刑事カール・マークを演じるのは、ダン・ブラウン原作の『天使と悪魔』やTVシリーズの『THE KILLING/キリング』などでおなじみのニコライ・リー・コス(カース)。『ゼロ・ダーク・サーティ』にも出演したアサド役ファレス・ファレスとの噛み合わないコンビぶりもいい味を出しているが、この二人の対比を見ていると、移民やイスラム教徒の問題など、デンマーク社会が抱える課題を象徴しているようにも思えてくる。

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 その他、先の事件で全身麻痺となった同僚ハーディ・ヘニングスンや、義理の息子イェスパといった原作ではおなじみの脇役陣も登場し、いやでも続編への期待が膨らむが、第二弾の『キジ殺し』はすでに映画化され、昨秋デンマーク本国で公開されている。さらに3作目の『Pからのメッセージ』も現在準備中だそうだが、2作目からは二人目のアシスタントであるローセ(ヨハネ・ルイート・スミセが演じる)も仲間入りするというから、ますます賑やかな展開となりそうだ。

 ちなみに、本作は〈未体験ゾーンの映画たち2015〉という企画の中で上映される一本で、ほかに『クリムゾン・リバー』のジャン=クリストフ・グランジェ原作『コウノトリの道 心臓を運ぶ鳥(前・後編)』(ヤン・クーネン監督)などの上映も予定されている。興味のある方はぜひ映画館のサイトをチェックしてみてほしい。

『特捜部Q 檻の中の女』はヒューマントラストシネマ渋谷で1月24日より公開予定。遅れて陽春の頃にシネ・リーブル梅田でも公開が予定されている。

■公式サイト http://www.tokusoubuq.jp/

三橋 曉(mitsuhashi akira)

書評等のほかに、「日本推理作家協会報」にミステリ映画の月評(日々是映画日和)を連載中。

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