これまでこの場を借りて中国ミステリの歴史や現状、ミステリ関係の雑誌や賞などを紹介していき中国が決してミステリ小説不毛の地ではないことをお伝えしましたが、作家を中心に触れたことがなかったので今回は現代中国でミステリ小説を書く作家の紹介をします。

 なお、ここで紹介する作家は本が出版されているという基準を除けば、私が個人的に選んだ人選によるもので、全体のほんの一部に過ぎず、作品が単行本化されていない作家や本を自費出版してネットで販売している作家などを含めると膨大な数に上り、またミステリ雑誌では毎月のように新人作家が誕生していることを付け加えておきます。

(編集部注:記事中の中国アマゾンの画像は該当ページへのリンクになっています)

■遠寧

 中学の国語教師という経歴を活かした『中国風格』たっぷりのミステリを書ける作家で、唐代に実在した狄仁傑を主人公にした『大唐狄公案』シリーズが代表作です。狄仁傑と言えばロバート・ファン・ヒューリックのディー判事シリーズが有名ですが、彼女の作品でも科学的な思考を持った狄仁傑が怪事を合理的に解決します。このシリーズの『看朱成碧』(2011年)は『第1回華文推理グランプリ』の一等賞に選ばれました。

■水天一色

 今回紹介する作家の中で唯一作品が日本語訳されている作家です。アジア本格リーグから出ている『蝶の夢 乱神館記』(2006年)は唐王朝を舞台にした極めて怪奇的な事件を描き、『第5回全国偵探推理小説大賽』の最優秀短編小説賞に選ばれた『我這様的人』(2009年)は冴えない中年男性の完全犯罪を描いており、それは『現代華文推理系列』の第一集に『おれみたいな奴が』という邦題で収録されています。その描写力と作風の幅の広さに定評があるのですが、最近は小説を書いていないようなので早く新作が読みたいです。

■言?

 暴力的な探偵・沈諭とその夫の助手・言?の夫婦コンビがアイドルの盗作事件や高校生の恋愛にまつわる事件などの卑近なネタの背後に、暗躍する犯罪組織を配置するというエンターテイメント性の高い小説を書く作家です。このシリーズは4年以上に渡って『歳月推理』などに掲載されていましたが、2014年になってようやくそれらを収録した短篇集『1Q84年的空気蛹』が新星出版社から発売されました。

 作者と同じ名前の助手が美人の探偵の尻に敷かれている描写が多々あって、作者の女性嗜好を垣間見ているようで読んでいてちょっと恥ずかしいところがあります。あと蛇足ですが、作者言?は村上春樹にハマって日本語を学んだことがあります。

■午曄

 中国のミステリ作家は若手でもインテリ層が多いですが、その中でも彼女は一つ飛び抜けていて北京の某大学で教鞭を振るっている先生です。彼女の代表作『罪悪天使』シリーズはもともと『推理之門』というミステリ専門サイトで連載していた作品で、現在は誌上に活躍の場を移している長寿小説です。このシリーズには彼女が過去に従事していたシステムメンテンナンスの仕事、大学での武器の研究、そして宝石の趣味など自身の実際の知識と経験が反映されていて、美しき女スパイ黎希穎(作者の昔のペンネームでもある)を一際リアリティのある存在に仕立てあげています。

■普璞

 以前は中国では珍しい『専業』のミステリ作家でしたが、現在は会社通いになった遅筆の兼業作家です。作品に非現実的な設定を使いながらもミステリ小説としての論理的な解決を忘れない執筆スタイルで、その集大成とも言える『終極密室殺人法則』(2012年)では多くの読者の度肝を抜きました。現在は『卓遊誌』というボードゲーム専門雑誌にミステリ小説を連載するなど、ミステリ作家として生きる道を探し、新境地を開拓しています。

■王稼駿

 中国語のミステリ小説を対象にして全世界中の中国語圏から作品を募っている『島田荘司推理小説賞』に過去3回全て入選している(第1回目は規定違反により失格)常連作家です。良作の長編を見つけるのが難しい中国ミステリ界で短編、長編どちらも一定以上のレベルの作品を発表しています。編者としての才能もあり、短篇集『14号推理当鋪』(2012年)や中国国内初のミステリライトノベル雑誌『推友』(2013年)を刊行するなど中国ミステリ全体の発展に貢献しています。

■紫金陳

 中国社会派ミステリの新旗手であり、過去に天涯社区という大型BBSでは公務員が殺害される『謀殺官員』シリーズを連載していました。本作品を出版する際にはシリーズ名が『高智商犯罪』に変わりましたが、彼の作品には往々にして警察の捜査の裏をかく非常に狡猾な犯罪者が登場します。

 『高智商犯罪』シリーズの『死神代行人』(2013年)や『化工女王的逆襲』(2014年)、そして『推理之王』シリーズ『無証之罪』(2014年)では犯人が監視カメラの死角を突いて警察をあざ笑うかのように犯行を重ねます。

 実力のある作家ですが彼も現代の中国ミステリ作家として避けて通れない道を通ることになり、本の帯では中国でも絶大な人気を誇る東野圭吾との比較がされています。実際『無証之罪』は途中まで『容疑者Xの献身』のパロディかと見間違う展開なのですが、実はそれ自体がミスリードになっていて、中国の多くのミステリ読者を驚愕させました。

 今回紹介したごく一部の作家に限らず、中国人ミステリ作家の作品が将来日本語訳されれば良いのですが、中国人自体も自国のミステリよりも欧米や日本の翻訳ミステリを支持しているので、中国から人気のある作品が海外に輸出されるようになるのはまだまだ先になりそうです。

阿井 幸作(あい こうさく)

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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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現代華文推理系列 第一集

(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)

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