桜満開、いよいよ春本番ですね! 毎年この季節になると坂口安吾の『桜の森の満開の下』を思い出します。満開の桜の下ってたしかに幻想的ですよね。東京でも桜の木はけっこういろんなところにあって、何気なく散歩しているだけでプチお花見が楽しめます。でもいちばん好きなのは千鳥ヶ淵。六義園のしだれ桜も捨て難い。

 そして春といえば、翻訳ミステリー大賞! 第6回翻訳ミステリー大賞の2次投票締め切りは4月23日(木)です。翻訳者のみなさま、投票をお忘れなく。

 では「お気楽読書日記」、今月もお気楽にいってみましょう。

■3月×日

 スウェーデンの人気脚本家コンビ、M・ヨート&H・ローセンフェルトの〈犯罪心理捜査官セバスチャン〉シリーズは、一作目もおもしろかったけど、二作目の『模倣犯』はさらにはじけたおもしろさで、ぐいぐい引きこまれる。

 服役中の連続殺人犯エドヴァルド・ヒンデの手口に酷似した事件が起こり、トルケル・ヘーグルンド率いる殺人捜査特別斑は模倣犯が存在していると考える。かつてヒンデ逮捕に協力した犯罪心理学者セバスチャン・ベリマンは、トルケルのチームに加わることに。

 このシリーズのおもしろさはなんと言っても登場人物のキャラにある。

 とくにセバスチャンのキャラがすごい!

 二作目では変人度がさらにアップして、読みながら「最っっ低!」「ビョーキか!」とツッコミを入れずにはいられない。そして前回もそうだけど、事件捜査に関わる理由が個人的すぎ! でも、つらい過去をだれにも明かさないところはちょっといい。やせがまんの美学だね。女性に対してはがまんしなさすぎだけど。

 そのほかの登場人物たちも個性派ぞろいだ。

 前回は地方警察の警部で、今回なぜか刑務所所長になったハラルドソンは、相変わらずイライラするほどおバカ。まあ、悪い人ではないんだけどね。妻にはあんなに愛されてるわけだし。

 チームのメンバー、ヴァニヤは気分屋だし、ウルスラも家庭人としてはちょっとひどいけど、ふたりとも仕事はバリバリ。よくも悪くも北欧ミステリに出てくる女性捜査官らしい。

 そんななか、ビリーだけはほんとにいい人。キャッチフレーズは「世界の弟」(わたしが勝手につけました)だけど、ほんとはヴァニヤより歳上。今回、彼女ができてちょっとがんばっちゃうけど、ずっとかわいい弟分でいてほしい気もする。

 それぞれに問題を抱えていても、ダメダメなところがあっても、なぜかみんな憎めないキャラばかりなのがいい。

 そしてドタバタがおもしろすぎる!

 帯にもある「被害者たちの意外すぎる共通点」には思わず目がテンになったし、驚くほど巧妙な犯人の手口に対する、驚くほどずさんなセバスチャンの行動には思わず脱力。

 後半はいろんな意味ですんごいハラハラさせられて、どうなることかと思った。

 一作目の内容を知っていたほうがおもしろいので、一作目の『犯罪心理捜査官セバスチャン』から読むべし。

■3月×日

 ウィリアム・ケント・クルーガーというとコーク・オコナー・シリーズだけど、『ありふれた祈り』はノンシリーズもの。アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞受賞作ということで、期待して読んだ。

 牧師の父ネイサンと美声の持ち主である母ルース、音楽の才能がある18歳の長女アリエル、不良になりかけの13歳の長男フランク、吃音に悩む11歳の次男ジェイクの5人からなるドラム一家は、それぞれにいろいろな問題を抱えながらも、ミネソタの田舎町でそれなりに幸せに暮らしていた。

 ある夏、ひとりの少年が列車に轢かれて死亡する。それを皮切りに、いくつもの死が町を襲い、フランクは大切な人を失って、知りたくなかった秘密を知ることになる。

 物語の舞台は1961年の夏。

 線路を歩いたり、死体を発見したりという少年のひと夏の冒険と成長は、「スタンド・バイ・ミー」の世界を彷彿とさせるが、そこには深い闇もある。

 愛、欲望、差別、暴力。

 みんながそれぞれ問題と秘密を抱えていて、それらが複雑に作用しあい、悲劇が生まれる。

 真相は(わたしとしては)めずらしく早い段階でわかっちゃったけど、それでおもしろさが削がれることはなかった。たとえどんなに心のゆがんだ人であったとしても、すべての登場人物が深い愛情を持って魅力的に描かれているので、思わぬところで感情移入してしまい、自分でもびっくり。悲しく、切なく、やりきれない話なのに、どこかすがすがしさを覚えるのは、閉鎖的ではあるが古きよきアメリカの雰囲気を残す町や、ゆるぎない家族の愛、少年のみずみずしい心理描写のせい?

 タイトルにある「ありふれた祈り」に触れるシーンも感動的。ちょっと変わっているけど愛にあふれたドラム一家は『ホテル・ニューハンプシャー』のペリー一家みたい。

■3月×日

 ノルウェーの人気警察小説登場!

 オスロ市警の腕利き女性犯罪捜査官ハンネ・ヴィルヘルムセンがクールに殺人事件に挑むアンネ・ホルト『凍える街』は、実はシリーズ七作目。一作目から三作目までは1990年代に邦訳が出ています。

 クリスマス休暇直前、マンションで四体の他殺死体が発見される。死体は犬に食いちぎられ、現場はひどいありさまだ。殺されていたのは海運会社の社長夫妻と長男、そして身元不明の男。遺産相続がらみと思われ、残された次男夫妻に容疑がかかるが、ハンネは身元不明の男にこだわる。

 ハンネは42歳、容色の衰えが気になりはじめるお年頃だが、同性のパートナーであるネフィスとはラブラブだし、同僚のビリー・Tも部下のエリックもハンネにホの字みたい。女子から見てもかっこよくて、部下であるシルイェはハンネにあこがれ、検察官のアンマリは対抗意識を燃やす。ちょっと昔の(今もか)スカーペッタさんみたいな感じのクールビューティーなのかな。

 でも孤高のハンネは、エキセントリックでマイペース。

「オスロ市警内で、いやひょっとしたらノルウェー国内で最も優れた捜査官」と言われながら、「謎だらけ」で、「大半の者から変わり者と見られ」、年長の捜査官たちからは「頑固で一緒にやっていくのは難しい」と思われている反面、その面倒見のよさで新人たちに慕われている。

 こういう女性上司が職場にいたらかっこいいだろうな〜。でも秘密主義だから、まわりの人たちは置いてきぼりでちょっとかわいそうかも。

 同性のパートナーを持つという生き方や、ハンネの長年にわたる家族との確執など、読みどころは多いけど、とにかく冬のノルウェーは寒くて暗いんだな、というのが印象的。それだけに、クリスマスのわくわく感は得難いものなのだろう。訳註がとてもくわしくて助かりました。

■3月×日

 マイクル・コナリー『判決破棄 リンカーン弁護士』は、リンカーン弁護士ミッキー・ハラー・シリーズの三作目だが、別シリーズの主人公であるロス市警強盗殺人課の刑事ハリー・ボッシュが共演。因縁の深いふたりが協力してある裁判に臨む。

 元レッカー車運転手のジェイスン・ジェサップは、12歳の少女を誘拐して殺害したとして有罪判決を受け、24年近く服役していた。だが、このほどDNA検査によりジェサップに有利な証拠が出たため、判決は破棄され、差し戻されることに。世間の注目を集めること必至のこの裁判を担当することになったのは、ミッキー・ハラー。ただし、今回ハラーが立つのはなぜか検察側。

 ミッキー・ハラー・シリーズと言ってもボッシュ成分はけっこう多め。ハラーはおもに法廷で、ボッシュは調査員として法定外で活躍するのだが、このふたり、もっとギクシャクするかと思いきや、案外うまくいってるみたい。

 ふたりのあいだをうまく取り持っているのが、ハラーの補佐を務める元妻で検事のマギー・マクファースン。離婚してるのに、信頼できる友人のようにハラーと接しているのが不思議だけど、ハラーの秘書のローナも元妻なんだよね。ハラーの魅力はそのあたりにあるとみた。

 ハラーが陽だとするとボッシュは陰。真逆のキャラだからかえってバランスがいいのかも。

 ハラーとコラボするようになってから、ボッシュもなんかちょっと変わったような気がする。うまく言えないけど、まえより柔軟になったような。娘のマデリンと暮らすようになったことも大きいと思う。あのボッシュが娘とまめにメールしてるんだから。ちょっとまえまで娘がいることも知らなかったのにね。

 ボッシュと同じ側につくために、今回にかぎってハラーは検察側なのかな。同じ歳の娘がいたりして、お互い通じるところも多いし。

 関係ないけど、コナリー作品には、「プライベートスペース」を侵されることに敏感な登場人物が多い気がする。「近っ!」ということね。

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)

英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、マキナニー〈朝食のおいしいB&B〉シリーズなど。最新訳書はフルーク『シナモンロールは追跡する』。ロマンス翻訳ではなぜかハイランダー担。趣味は読書とお菓子作りと宝塚観劇。

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