今回は第7回の『中国のミステリ・サスペンス短編小説集』でちょっとだけ触れた『季警官的無厘頭推理事件簿』(季警官のおかしな推理事件簿)(2014年12月)を取り上げてみたいと思います。

 なお、中国語の書名や作品名の後ろに書いてある日本語訳は全て仮訳です。

 またレビューの性質上ネタバレを含みます。

20150413232607.jpg

 中国の映画監督・寧浩のコメデイ映画と日本人ミステリ作家・東川篤哉のユーモアミステリを好む作者・亮亮が放つ短編小説集は『中国の東野圭吾』と言われるサスペンス作家・周浩暉に「巧妙な伏線、意外などんでん返し、緻密なロジックと生き生きとした人物描写」と賞賛され、中国短編サスペンス小説の王・荘秦からは「この本は悪趣味でいっぱいだ」と評されました。

 この二人は中国の著名なサスペンス作家であり、ミステリ・サスペンス小説によく帯文を書くので、彼らの推薦文が必ずしもその本の傑作を確約するわけではないのですが、彼ら二人のコメントは的を射ており、本書には確かに彼らの言う通り読者を驚かせるどんでん返しが用意されており、事件が未解決のまま終わっても全然後味の悪さを感じさせないユーモアたっぷりの内容になっています。

 本書は要するに、名探偵がいないミステリです。一般的なミステリならば名探偵に否定されるためだけに用意されている警察官の誤った推理によって事件が解決されてしまい、ラストに読者のみに向けて真相が提示されます。

 主人公季警官は若くして優秀な警察官ですが、自信家であり自分の推理の瑕疵を認めようとはしません。とは言え本書には彼と意見を対立させる名探偵が出ないので、彼の推理を否定する人物が誰もいないまま事件が解決されていき、作中の人物も読者もそして季警官自身もミスリードされてしまいます。

 作者・亮亮がこだわったのは一般的なミステリ小説の構造からの脱却でした。つまり死体が見つかり、現場検証し、証人を探し、手がかりを見つけ、容疑者を推定し、決定的証拠を発見し真犯人を捕まえるという従来のパターンを変え、冒頭で犯人と犯行の手段を明示してミステリ小説の核心部分である『謎』を全て読者に曝け出す代わりに、『意外性』を付け加えることで読者の興味を引きつけました。そのため作品はみな二転三転するストーリー運びになっており、中国ミステリ評論家の華斯比が序文で『紙上のサスペンスミステリドラマ』と本書を評しているだけあります。

 例えば、卒業できないほどの大量の追試を課せられた大学生が当て付けに自分を追い込んだ教授に殺されたように見せる自殺計画を思いつき、同じ境遇の友人に話したところ、その友人が教授にその計画を教える代わりに恩を売って追試を免除してもらおうとしていた『堕楼要在卒業前』(飛び降り自殺は卒業の前に)【※1】、犯人のアリバイ作りのために共犯者が時間を見計らってターゲットの部屋まで行ったところ、犯人自身が死んでいたのを見つけてしまい更に警察に容疑者にされてしまったという『凶手還没出手就死了』(犯行に及ぶ前に犯人が死んだ)、銀行でお金を下ろした人にのみターゲットを絞った小規模な銀行強盗を謀った一味が本物の銀行強盗が持っていた多額の大金を奪ってしまい一転して大犯罪者になってしまったという『銀行劫匪X的被迫献身』(銀行強盗Xのやむを得ない献身)【※2】、経営の行き詰まった物流会社が麻薬取引で金儲けをしようと取引を持ちかけた相手が実は有名な詐欺師で何も知らない警察から親切な忠告と善良な一市民としての捜査協力の依頼が来てしまうという『只有騙子知道』(詐欺師だけが知っている)など、どれも完璧な犯罪計画を立てていた犯人側がアクシデントによって途端に窮地に追い込まれるというドタバタコメディ色の強いミステリです。

 このようなストーリーの中で季警官は探偵の役割を担って登場するのですが、一般的な小説ならば物語の狂言回しや名探偵の引き立て役程度の推理力しか備えていないのに関わらず名探偵がいない物語で彼は、

「我和一般警察的不同之処就在於我不一般!(俺が普通の警官と違うところは、俺が特別だということだ!)」

 という決め台詞を述べて一見すると完璧に見える推理を披露し事件を解決してしまいます。しかし、大団円を迎えて満足している季警官の背後で真犯人がほくそ笑んでいるのです。

 普通のミステリ小説ならばそこで真打ちが登場するのでしょうが、そこで終わってしまい、探偵は事件を解決できて満足、犯人は逃げ切れて満足という『Win-Win』の形で決着を着けてしまうのが本書の恐ろしくもあり面白いところです。

 このようなミステリ小説を揶揄した変化球の作品が生まれた背景にはミステリ評論家であり元『懸疑世界』編集者の華斯比というミステリマニアの存在が大きかったと思われます。事実、作者・亮亮はこのシリーズを書く前までは横溝正史アガサ・クリスティぐらいしか読んだことはなく、東野圭吾の名前すら知らなかったと告白しています。それが今では作品名に日本の有名ミステリのタイトルのパロディを付けるまでになったので【※1、※2】、発展途上にある中国ミステリには指導者が大切だということが改めてわかります。

『意外性』を重視してどんでん返しにこだわったが故に叙述トリックに頼りきりになっているのが本書の難点とも言えますが、読者のニーズを理解した上でミステリを書くことができる亮亮には今後も知識を吸収して書き続けていって欲しいです。そして、本書が目の肥えた日本人読者の目に留まり、中国ミステリにもこんなものがあるのかと驚いて貰えたらと思います。

【※1】東川篤哉の著書『謎解きはディナーのあとで』の中国語タイトルは『推理要在晩餐後』である。

【※2】東野圭吾の著書『容疑者Xの献身』の中国語タイトルは『嫌疑人X的献身』である。

阿井 幸作(あい こうさく)

20131014093204_m.gif

中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/

・Twitterアカウント http://twitter.com/ajing25

・マイクロブログアカウント http://weibo.com/u/1937491737

現代華文推理系列 第一集

(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)

【毎月更新】中国ミステリの煮込み(阿井幸作)バックナンバー

【毎月更新】非英語圏ミステリー賞あ・ら・かると(松川良宏)バックナンバー